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万屋とこしえ  作者: もどき
欲望の縁
96/146

6

 窓から侵入した廃屋の中は外から見ても想像出来る通りの様子で、調理場らしきこの場所は隙間風が抜けていた所を除いて酷く埃に塗れ、所々に蜘蛛の巣が張り巡らされていた。


 ギシギシと軋む床板は今にも抜け落ちてしまいそうで、歩く面々は一歩一歩を慎重に繰り出す。


 暗闇の先頭を歩くのはサイ、その後ろに時生。


 真ん中をハルレイン、そしてマリー、ケビンと続いていく。


 廊下に出ると向いにある半開きの扉から倒れた椅子の様な物が覗き、玄関のある方を向けば前に上にのぼる階段が見える。


「何処から調べる?」


 サイは声を潜め時生へ問う。


「向いの部屋から見てみましょう」


 一番近場の部屋を指差し、サイと他の面子は時生の指示に頷きで応える。


 音が鳴らないよう慎重に半開きの扉を開け、ゆっくりと中を覗くとそこには既に見えていた椅子の他に暖炉と机、そして柵によって部屋半分を仕切られた謎の空間があった。


 柵の向こうには毛布と底の抜けたバケツ、そして陶器とその破片が散乱しており、まるで此処で何かを飼育していたかのよう。


 けれど部屋の半分を柵で仕切るほどの愛玩動物とは何か。


 ハルレインを始めとした貴族組は一瞬疑問を浮かべたが時生から事前に受けていた説明を思い出し一転、おぞましさから寒気が全身を襲いだす。


「もしかして、此処でアレを飼っていたという事ですか?」


 ハルレインが恐る恐る訊ねた。


「多分」


「いや、確定であろう」


 半信半疑な時生に反し、サイは確信に満ちた様子でハルレインの疑問に答える。


「床の染みを見よ。恐らく血であろうが滲んでいる範囲が広すぎる……随分と大きな餌を与えられていたか、飼っていた生物が小さく餌を引き摺り回したか」


 サイは柵の中にある変色した床を指し、中で飼われていた生物が何をどの様に食べていたのか想像する。


 だが、時生の言っていた事を信じるのならば中にいた生物は相応には大きかったのだろう。


 散乱した陶器の破片も大きく、人が使う事を想定すれば水瓶でご飯を食べるようなもの。


 明らかに人や愛玩動物を想定して作られたものではない。


「少し漁ってもいいですか?」


 時生がそう訊ねると、全員がどうぞと言って各々部屋を見て回る。


 しゃがみ床をなぞりながら何かを摘んでは捨てる時生。


 対してサイは柵の中へ入り床に滲んだ血をまじまじと見つめ血痕を目で追う。


 ハルレインはというと、マリーやケビンが側を離れないので棚の引き出しや暖炉の前に散乱した書物などの資料とみられる物を手に取り眺めていた。


「夜目が効くと言っても、流石に文字は読めませんね」


「明かりを灯しましょうか?」


「いえ、内も外も人気が無いと分かっていても店長が警戒している以上明かりを付けるべきではありません。なので、こう月明かりで何とか……」


 月明かりを頼りに手荷物書物に書かれた文字を読み取ろうとするハルレインであったが、偶然開いたページに書かれたとある文字を目にした途端バタン、と音を立てて本を閉じると素早く胸に寄せた。


「レインお嬢様?」


 ハルレインの突飛な行動にマリーがどうしたのかと聞く。


「本を開いたら虫が入っていてつ、つい力強く閉じちゃった」


 あはは、と苦笑いを浮かべながらそう説明するハルレインにマリーとケビンは疑問を抱くことなく心配の素振りを見せる。


「私は大丈夫だから、マリーやケビンはそのまま側に立ってて」


「分かりました。ですがあまり無理をなさいませぬよう、レインお嬢様もお気を付けください」


「どんな罠があるか分からないですからね。まぁ、魔力の残滓は感じないのでそこまで心配はしていませんが」


 気を抜くべきではないとケビンを叱りつつ一歩下がるマリーと平謝りで返すケビン。


 しかし、ハルレインは一つ隠していた事があった。


 咄嗟の事であり、本来は今にでも時生へ伝えるべき情報であるかも知れないのだがハルレインは己だけに秘匿してしまった。


 なぜか?


 それは、手に取った書物に書かれていた内容がハルレインにとって今一番求めている技術かも知れなかったから。 


「ごめんなさい」


 心の中でそう呟きながらハルレインは月明かりを頼りに読み取っていく。


 最悪持ち帰る事も視野に入れつつ、目を凝らして一つでも多く書かれた内容を頭に入れていく。


 影になって読むことの出来ない書物の表紙には汚い字で“禁術について”と記されており、暗闇も味方してこの室内でハルレインの異変に気付くものは誰も居なかった。

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