表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万屋とこしえ  作者: もどき
欲望の縁
94/146

4

「宿屋周辺に怪しい人物は居ない。部屋の中も大丈夫そうだ」


「そう、なら入りましょう」


「レインお嬢様は影に入れたままでいいのか?フードを被った奴だけ居ないって怪しまれそうだが」


「フードを被っているだけで顔や声は知らないはずよ」


「それもそうか」


「……ケビン、一応もう一回周囲を見て来なさい」


 ケビンは呆れるような、それでいて諦めのような仕草をして姿を影の中へ消していく。


「警戒し過ぎるのもどうかと思うぞ」


「お嬢様の安全を考えれば足りないくらいです」


「そうか……大変だな」


 何が、とは決して言葉にはしなかったサイ。


 第一王子殿下の確かな年齢は分からないが、国王陛下の第一子、それも男子であるという知らせが国中を巡っていたのがサイの記憶の中に残っていた。


 歩きながら、アレは何年前であったかと記憶を手繰り寄せると同時にハルレインというマリーの手によって隠された高貴な身分の若人。


 そして、殿下を異様なまでに警戒する従者の二人と直後にされた時生とマリーの僅かな会話。


 恐らく、ハルレインの年齢を聞けば点と点は繋がり疑問を真実へと導く線となるであろうなと思いつつ、サイは口を閉ざし気を遣う言葉だけをかけた。


 時期国王と同年代、さぞ面倒くさい幼少期を送ったことだろ。


 幼い内に婚約者を決めたと宣言するか他国の姫でも娶っていればとタラレバを浮かべ、意味の無い考えであったと思考を閉ざす。


 自分に貴族の事情など分からないのだと、そう言い聞かせながら。


「マリー、周囲に怪しい人物なし、部屋も変化なし」


 いつの間にか姿を現したケビンがマリーへ先程と変わりない状況報告。


 二度確認しても警戒を解かないマリーであったが、ここに立ち続ける訳にもいかないので宿屋に戻ることを決意。


 怪しまれぬよう自然な会話を挟みながら、取った部屋まで向かうのであった。







 宿屋に戻ると、五人は男性陣が取っていた部屋に集合していた。


 部屋の大きさ的には女性陣が取った部屋の方が大きかったのだが、流石に女性の部屋に入るのは如何なものかとなった結果こっちの部屋に集合という形に。


 冒険者であればどちらの部屋に集まろうが相部屋であろうが構わないのだが、ハルレインも一応貴族でマリーも決して許さなかっただろう。


「殿下は……少々面倒くさいですね」


 影から出てきたハルレインが開口一番に言った言葉に、全員があんぐりと口を開けて驚いてしまった。


「ハルって王子様と仲が悪いの?」


 今度は内容を具体的にして的を絞り、はっきりと聞く時生。


 するとハルレインは眉尻を下げ少し困ったような、悲しいような表情で時生の質問に答えた。


「私は一度殿下の求婚を断っていますので会いにくいといいますか、何と言いますか」


「あぁー、それは会いにくい……」


 時生はハルレインの悲しい表情につられて眉間に皺を寄せながら同情の声をこぼす。


 好きな人がいるからお断りしますと啖呵を切ってまで求婚を断ったにも関わらず未だ想い人を落とせずにいる現状、ハルレインとしては本当に会いにくい相手。


 殿下が未だ婚約者を決めていない事を含め、スリーグルス家の人間として王族に関わる者全般会いたくない。


 故に、今は領地と店でぬくぬくと過ごす日々がとても恋しいハルレイン。


 わたしは彼の仕事を手伝いたかっただけなのに!


 そしてサクッと仕事を終わらせて二人で街をぶらぶらと歩きたかっただけなのに、これじゃあ外を歩けない!


 と、遅れてふつふつと湧いた怒りの炎が心を染める。


「しかしこれで守衛に目を付けられていた理由が分かった。王族が来るとなれば外から来た怪しい人部を見張るなんて、当たり前だ」


「ケビン、今はもう誰も私達をつけていないのよね?」


「串焼きを買ってのんびり食べ歩いた甲斐があったてもんよ」


「ケビン……」


 マリーがジロリと睨むが、ケビンは気にした素振りを見せることなくハルレインへ問いかける。


「それで、仕事の方はどうしますか」


「勿論続行します。ですよね、店長?」


 ハルレインを介した質問に、時生は少し考える素振りを見せた。


「ハルが構わないのなら予定通り夜に目的地へ向かうけど……大丈夫?」


 時生の心配が王族を警戒するハルへの心遣いか、それとも夜更かしでお肌の調子が狂う乙女への思いやりかは分からない。


 けれど、今更予定を変更するつもりもない。


 何より殿下が夜中出歩く事を許されるとは思わないのだ。


 鉢合わせてしまう確率は限りなく低いだろう。


 だからハルレインは胸を張って応えた。


「大丈夫です!」


 そんな彼女の言葉に、従者である二人は気を引き締め、サイは拳を強く握り込み自分達もやる気十分であると意志を示す。


「そっか、でも無理だけはしないように」


「はい!帰ったら皆でお菓子食べましょうね」


「いいね、そうしよう。サイさんにマリーさん、ケビンさんもどうか無理だけはせぬようお願いします」


 時生はハルレインの仕事終わりの打ち上げ提案を受け入れつつ、それぞれに軽く頭を下げながら改めてお願いをする。


「心配せずとも儂は大丈夫だ」


「サイ殿の言う通りです」


「ドンと任せてください」


「ありがとうございます。では、仮眠を取る前にもう一度夜の予定話し合いましょうか」


 頼もしい返答を受けた時生は、それから今後の予定を軽く話し終えると女性陣を部屋に返し仮眠を取ることにした。


 ハルレインは部屋に戻りベッドに入ると目をタオルで覆い、外から差す明るい光に逆らいつつ目を閉じる。


 仕事終わりにどんな菓子が出てくるのかと楽しみに胸を弾ませて、マリーに注意されながらゆっくりと浅い眠につくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ