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万屋とこしえ  作者: もどき
始まりの縁
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エデン 2

「お爺さん、お久しぶりです」


「久しいなエノラ、随分と綺麗になった」


「ふふっ、ありがとうございます」


「昔はあんなめんこかったのに、今じゃ別嬪さんだ」


「もうっ、そんなに褒めたって何も出ませんよ!」


 と、言いながら脇から土産として持ってきた酒を差し出すエノラ。


 用意周到なところは昔から変わらないな。


「しかし、急に帰ってくるなんてどうした?エデンはまだ帰ってきて余り時は経ってない筈だが……」


「私の住む町で兄さんの知り合いだという方と会いまして、“色々”とお話を聞かせて頂いたので兄さんの元へ案内するついでに、手紙も寄越さない兄さんへ一発お見舞してやろうかなと」


「ガハハ、そりゃ面白い!宣言通りデカい一発をブチかましてやった訳だ!」


 愉快そうに笑う爺さんは腹立たしいが妹の居る手前怒ることも出来ない。


 エノラを前にすると、どうしても後ろめたい気持ちが勝ってしまう。


「ところでお爺さん、この子達はどうしたんですか?お孫さんみたいですけど……」


「山に連れて行ったら狼に襲われてな。慌てて逃げてきたんだ」


「それは、無事に帰ってこれて良かったですね……」


 表情を曇らせながらも少年達を見てホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃあ今から山狩りですか?」


「今からかは自警団次第だが……どうなんだエデン?」


「今からだと最悪日が暮れちまうから今日は作戦会議に留める予定だな」


 エノラが驚きの表情を浮かべながら俺を見る。


 腕を失っていながら自警団に参加しているとは思っていなかったらしい。


「兄さん、自警団に入ってるの?」


「入ってるぞ?何なら指南役だ」


「右腕を失くしたって、聞いてるけど?」


「……あぁ、無いぞ」


 袖を捲り、手袋を外して義手を見せる。


 エノラは目を見開き、一瞬伸ばされた手が宙を掴み、引っ込める。


「馬鹿……兄さんの、馬鹿」


 そっと、俺の義手を包むような手付きで持ち上げ、優しい擦るエノラ。


 義手に憑いている精霊エイキチのお陰で動かすことは出来るが、エノラの熱までは感じ取る事は出来ない。


 あぁ、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。


 お前には笑顔で過ごして欲しいんだから。


「そんな顔をするな。ほら、この義手凄くてな?こうやって、思い通りに動くんだよ!」


 包まれていた手を離し、掌をぐっぱと閉じたり開いたりして見せる。


「そういう事じゃない!何の魔道具か知らないけど腕を失くした事には変わりないんだよ!?」


 安心させる為に見せたのだが、逆効果だった。


 爺さんには大きな溜め息と共に目を覆っているようだ。


「兄さんは昔からそう!私を置いて何処かに行っては大きな怪我を負って帰ってくる。私の為にとか言ってる癖に、私の気持ちなんてひとつも考えてない!」


 エノラは涙を浮かべながら怒鳴る。


「エ、エノラ」


「村でも充分生活出来ていたのに、何の相談もなく勝手に冒険者になって……外へお金を稼ぎに行って……」


 俯き震えるエノラを前にして、俺は今まで妹に対して行ってきた行動が身勝手なものだったと思い知った。


 エノラの兄として、親代わりとして、エノラの生活、人生はこう有るべきと決めつけ金を稼いできたが……それらは家族として大きな間違いを犯してる。


 俺の独り善がりな行動が、何年もの間妹を傷付けていたのか。


「こんなの、父さんも母さんも悲しんでるよ……兄さん」


 何も言えなかった。


 妹を想い、身を粉にして金を稼ぐ事に注力するあまり家族としての関係を蔑ろにしていた。


 俺は、本当に。


「あんなに大切だと仰っていた妹を泣かせるなんて、本当に情けない男ですね」


 後から俺を叱責する声が響く。


 少し前まで、毎日のように聞いていた声だ。


 凛としていて、なのに包容力が感じられる不思議な声。


 俺の知り合いだと言って妹と共に村へ来た人物にはある程度当たりをつけていたが、まさかお前がここに居るとは思わなかった。


「なんで此処にいるんだ……テル」


 振り返れば、肩口まで伸ばされた輝く金髪に、綺麗な青色の瞳。


 その整った顔立ちは人を惹き付けるが、ツリ目がちな目から放たれる鋭い眼光が寄り付き難い印象を強く与える。 


「しばらくぶりね、エデン。エノラさんの荒らげた声が聞こえたので勝手ながら家に入らせていただきました。が、まさか喧嘩で兄が妹を泣かせている現場に遭うとは思いませんでした」


「お前は……」


 ふふふ、と妖艶に笑う姿は、知らない人が見ればまるで女神のようだと形容するだろう。


 テルをよく知っている俺からすれば、これは悪魔の笑みだ。


「えっと、その……ごめんなさい」


 エノラが耳を赤くしながらテルに謝る。


「あら、謝るべきはエノラさんではなく、この馬鹿者ですよ?ほら、エデン。誠心誠意、心から気持ちを込めて、エノラさんに謝罪をなさい」


「な、なんでお前が仕切るんだよ」


「いいから、さっさと謝罪なさい!頭を地面に擦り付けるまで下げて今まで押し付けてきた貴方の身勝手を謝るのです!」


「うっ……分かった、分かったから」


 凄まじい剣幕に俺は直ぐに折れる。


 テルは昔からそうだ。


 人の面倒事に割って入っては仲介し解決しないと収まらない、厄介な質。


 口に出して言った事は無いが、テルが冒険者をやっているのはこの厄介な性質が原因なんじゃないかと思っていたり、いなかったり。


「……ッ、エノラ」


 床に膝と手を付き、エノラに向けて頭を下げる。


「今まで、済まなかった……ッ!」


 頭を床へ擦り付け、想いの全てを吐き出す。


「俺の勝手な想いが、お前と家族としての関わりを無くした。もっと、寄り添って生きていけた筈なのに、俺はそれをしなかった。変な意地を張って、お前を傷つけた。済まない……ッ!」


「わ、私は……もっと、もっと相談して欲しかった。何でもひとりで抱え込む兄さんに、悩みがあるんだって相談して、頼って欲しかった……!」


「済まない……」


「冒険者になる時だって、連れて行って欲しかった……!」


「エノラ……」


「一人にしないで、ずっと傍にいて欲しかった……」


 また、エノラの目から涙が溢れる。


 俺はこうやって、何度も泣かせていたのだろうな。


 これじゃあ本当に、兄として失格だ。


 家族以前の問題だ。


 空にいる父さんや母さんにぶん殴られちまう。


「エノラ、もう遅いかも知れないがどうか、俺を許してくれ」


「許すも何も……」


 エノラは俺の前に移動し膝を折ると、俺の体を包み込む様に抱き締めた。


「家族なんだから、最初から受け入れてるに決まってるでしょ……兄さん」


「……ごめんな、エノラ」


 そっと抱き返し、今度は兄妹、家族としての距離感で謝罪を口にする。


「一生、根に持ってやるんだから……反省してよね」


 その日、妹との間にあったわだかまりが無くなった。


 後でニコニコと微笑む爺さんとテルの二人がこの上なく恨めしいが、今日だけは素直に感謝の気持を送っておこう。





「不思議な義手を付けているのね、どこで手に入れたのかしら?」


「秘密だ」


「あら、残念」


「……んで、何で此処に居るんだ?」


 俺はテルを村長宅から連れ出し村に来た理由を聞き出していた。


「強いて言うのなら、勝手にパーティーを抜けるという伝言だけを残して王都から去った馬鹿者を探していますわ」


 彼女の言葉に心当たりがある俺は眉がピクッと動く。


「実は私、その馬鹿者にある恩がありまして。どう返すべきかと考えていたら、居なくなってしまい困惑しておりました」


「……それで?」


「そしたら冒険者協会が急に私たちのパーティーを組織に取り込もうと躍起になり、人員を送り込まれては追い返えすの繰り返し」


 王都の冒険者協会は国の中心部なだけあって色々な思惑が錯綜している。


 地方と違い貴族との距離が近いからなのか、獣や魔獣から街を守る冒険者よりも貴族を重視する傾向にあるため権力に影響された協会長などがよく現れる。


 故に、王都の冒険者協会は必然的に不人気な拠点場所となり自然と人が出ていく。


 なお、王都の協会は人の流出を抑えようとしているが根本が我々冒険者と合わない為に現状を変えられないままでいる。


「流石に私達も堪忍袋の緒が切れたので、休暇と称してバラバラに旅をすることにしました。私は古い記憶を引っ張り出し、南を目指して街や村を移動していると偶然エノラさんと出会い、話をしている内に我々のよく知る馬鹿者の大切な妹さんと分かりました」


 テルの青色の瞳が俺をまっすぐに貫く。


「ねぇ、馬鹿者。どうして私に何も言わず行っちゃったの?」


 その綺麗な顔も今は冷たく、俺を責める口調は鋭利な刃物に近い。


「……すまん」


 何だか今日は謝ってばかりだ。


 俺は、本当に馬鹿な人間だな。


「まぁ、貴方の事ですから聞かなくてもおおよその予想は付きますけど」


 彼女は俺から視線を外し、華奢な両の手で義手を包む。


「ねぇ、あの時の真相に辿り着けるかも知れないって言ったら……どうします?」


 急に何を言い出すかと思えば……何だ?


 あの時とはいつの事だろうか。


 さっぱり分からない。


 ……違うな。


 心が過去を掘り起こすのを拒絶しているのが分かる。


 今の俺は、腕を失った理由を知りたくないんだ。


 仲間を厄介事に巻き込みたくない。


 俺ひとりが居なくなれば済む話なのに、何故こいつは今になってそれを掘り起こすのか。


「こっちを向きなさい、エデン」


 頬に手を添え、グイッと俺の首を回し無理矢理死線を合わせるテル。


 テルってまつ毛が長いんだな。


 キツめな印象を与えるツリ目も近くで見ればぱっちりお目々で年相応に可愛らしく映る。


「王都の冒険者協会は腐っているわ。それはもう腐敗に腐敗を重ねている、それは分かるわね?」


 顔を抑えられながらもコクコクと頷くと、テルはよろしいと言って話を続ける。


「貴方という馬鹿者が消えて、ライは古巣に力を借りて、アルミは貴族との伝手を使い協会を探ったわ」


 あぁ、どうやら既に全ての事情を知られていみたいだ。


 協会はクロヘイに対し王都冒険者協会直属のパーティーになることを迫ってきていた。


 俺はその話を聞いたとき、直ぐに断った。


 王都冒険者協会直属の冒険者、事情を知る者であれば世界一要らない肩書であろう。


 冒険者の中には貴族を嫌うものが多い。


 これは貴族からの依頼を受けたとき、ぞんざいに扱われる事が殆どだから。


 勿論全部が全部という訳ではないが……言い淀んでしまう程度には冷遇される。


 奴らの依頼は非常に厄介で、醜悪だ。


 王都冒険者協会直属の冒険者とは、そんな貴族からの依頼を率先して受ける。


 誰も受けたがらない依頼を消化する体の良いパーティーというわけだ。


 協会も貴族との繋がりも保持することができ、協会としてはいいとこ尽くし。


 本当に、権力に侵された王都の冒険者協会は歪んでいる。


 ライはこの話を何処からか拾ってきたのか、その日のうちに俺に会いに来たのを覚えている。


 俺達は貴族と協会、そして権力の狭間に居るべきではない。


 ライもおおよそ同じ意見であり、その場で断ったのは良い判断と言っていた。


 しかし、怪しい動きもあるとして警戒しながら活動しようと話を纏め、協会との間にひとつの仕切りを作ることにした。


 依頼を受けるときは俺かライ。


 ジンとテルは基本的に俺達男共の誰かを側に置く。


 数日はこの体制で準備が整い次第王都を出る算段を立てた。


 だが、一日もしない内に事故を装いながら貴族の私兵まで借りて俺の首を跳ねに来るとは思わなかった。


 俺が狙われた理由は、正直分からない。


 パーティーリーダーではないのだが、依頼を受ける時は俺がよく窓口に行っていたから勘違いを起こされたのか。


 俺を殺せばパーティーが手に入るとでも思ったのか。


 協会の目的も連れてきた貴族の私兵から見れば大方の予想が付く。


 協会は俺達パーティー、貴族はテルが欲しかったんだ。


 腕を失くした事で俺は剣を振れなければ只の足手まとい、最悪人質として連れ去られる可能性が出来てしまった。


 俺は、その日の内に他の男共にジンやテルを守りなるべく早く王都を出ろと伝え姿を消した。


 パーティーの弱みとならぬように、王都を離れるしかなかった。


 ポーションを掛けながらの旅は本当に辛かった。


「エデン、よく聞きなさい」


 テルは手に力を込めてグッと俺の顔を引き寄せる。


「……聞きたくない」


 嫌な予感がする。


 テルは何にでも足を突っ込む厄介な質。


 いくら注意しても改善されないその性質が今、いや……俺が消えた辺から発揮されている。


 恐らく、彼女はもう止まらないだろう。


「いいから聞きなさい馬鹿者。私は、貴族と癒着し冒険者を捨駒の様に扱う今の王都協会の在り方を認めません。仲間を害し、内へ引き込もうとするなんて……絶対に許しませんわ」


 何時にも増してその鋭い眼光に強い意思を宿し放つテル。


「なので私、決めました」


 その悪魔のような言葉を口にした彼女の表情はとても綺麗で、見惚れるほど美しかった。


「王都の冒険者協会を潰してしまおうと。だからエデン、私と一緒に来なさい」



 この瞬間、悪魔の笑みを浮かべるひとりの女神によって元冒険者であるエデンの運命がキリキリと動き出した。


 気まぐれな神は朗らかに笑いながら、強い運命に導かれし二人のこれからを見守ろうと心に決めた。


 何て事ない、暇潰しのために。

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