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あれからほどほどの時間をかけて、私に憑いているというモノの認識を共有するために様々な方法を用いた儀式に付き合う事となった。
店長から差し出された浅い水盆を覗いてみれば仕事をしている時の私が映し出されたり、浅いはずの水盆に腕を深く突き刺した店長が中から黒く蠢く幼虫のような生き物に似た何かを取り出したり。
外に見えていた桜の木がいつの間にか窓際に沢山の枝を伸ばし、それに気付いた店長が大きな窓を開けて枝と戯れたり。
それを見て何故か嫉妬を露にする女性店員であったり、戦々恐々といった様子で桜の木に怯えるカダンさんであったり。
傍から見れば常軌を逸する光景の数々を目の当たりにしながらも、冷静にいられたのはここが夢の中だと割り切っていたから。
「みちるを理不尽に叱りつけて、ついでに仕事を押し付けていた奴から強い念を感じた。悪夢の原因はこいつか?」
「気配は似ていますが元の原因ではないかと。彼からはみちるさん含め何名かに伸ばされた呪の線が見えましたが、その者らとは別に天から動脈した、まるでへその緒で繋がれた母と子の様な線も見えました」
「人間ひとりを間に介し、更に数名を養分として繋ぎ遠く離れても悪夢を見せて力を発揮できるあたり強大な霊か、又は名のある妖怪か、墜ちた神か。厄介だな」
「最終手段としては縁を切ってしまえばいいので何の問題もありませんよ」
「本体は野放しのままでいいのか?」
「一応知り合いの神様には伝えておきます。滅するとなると流石に手に余るので」
「あんたでも躊躇する相手か。そりゃあ賢明な判断だな」
「普通の人間や力のある人と比べ月並みであるとは言いませんが、それでも長く生きた分だけの実力しか持ち合わせていない、相応の人間なのですよ」
一旦話に区切りがついたのだろう。
二人は一切手を付けていなかった紅茶をお菓子に手を伸ばし始めた。
私は聞いているだけで殆どカダンさんと店主が話を進めていたが、どうやら解決への道筋は既に立っているらしい。
また水盆を覗き込めば終わるのだろうか。
時間の掛からない儀式であれば嬉しいな。
ふと隣の席へ目をやると、女性店員がそれはそれは美しい動作で紅茶を飲んでおり思わず息をのんでしまった。
見惚れるほどの動き、所作が綺麗とはこのことかと小さく唸る。
しかし、紅茶を飲み、そしてお菓子を食べるとその美味しさに頬を抑え可愛らしく笑みをもらす姿に思わず胸がキュンとしてしまう。
かわいい。
「取り敢えず、悪夢を見せるモノとの縁を切ってしまいましょうか」
「助かる」
「よろしくお願いします」
カダンさんが店主へ頭を下げる。
女性店員の可愛らしい一面にやられて少し呆けていたが、慌てて彼に続き頭を下げた。
「では一度失礼します。準備が出来次第お呼びしますので。ハル、ちょっと手伝って」
「はい店長」
静かに席を立ち客間から出ていく店の従業員二人。
客間に残されたカダンさんと多少の気不味さを感じながら、彼らに呼ばれるまでの間をただ静かに過ごしたのだった。
奈落とは違う、ちょっと苦い夢だと思ったのは秘密の話。