エデン
俺の名はエデン。
前は結構有名な冒険者……だった男だ。
だった、というのは俺が既に冒険者ではないからだ。
俺は王都の冒険者協会で「クロヘイ」という六人で構成されたAランクパーティーとして活動していた。
斥候のライ。
前衛は俺エデンとトール。
中衛にアルミ。
後衛にはジンとテル。
ライは元々暗殺組織に属していた。
何故冒険者をしているのかは知らないが浪費が激く借金もよく作る馬鹿だ。
しかし、情報収集や工作において右に出るものは居ない。
トールは元傭兵。
死ぬまで戦いに生きる変わり者な男だがクロヘイの中でも屈指の常識人であり、俺と同じ前衛だからかよく飲みに行く仲だった。
よく飲み比べをしていたな。
アルミは元騎士という冒険者の中でも異色の経歴を持っている。
庶子として生まれ、余計な家督騒動を起こさない為に御家とは関わりの無い騎士として国に仕えるか、他貴族の侍従となるしかなかったと愚痴るように言っていた。
騎士を辞め冒険者になった理由までは語らなかったが、戦闘視野が広く前衛から後衛まで、俺達をよく支える大きな存在だ。
ジンは元宮廷魔術師。
魔法の扱いに優れ、平民でありながら王宮に務めるまで成り上がったが権力争いから険悪な雰囲気の漂う職場に嫌気が差し地位を手放した。
クロヘイでは金の管理を任せていたがライのせいで苦労していたな。
テルはどこぞのお嬢様……と、俺は勝手に思っている。
言葉の端々から素養の良さが伺え、更には日常生活における所作が美しい。
平民では身に付かない動きを当たり前の様にして生活いるあいつは確実に豪商の娘以上の家出身だ。
だが、テルは自分の素性を明かさないので詮索はしない。
「エデン!爺さん達が森で狼に襲われたらしいぞ!」
俺の家に騒々しく入り込んできたのは村の自警団に所属する若い男。
「本当か!?」
「あぁ、命からがら逃げたらしい。今は村長の家で休んでる!取り敢えず来てくれ、状況を聞き出さないと!」
「すぐに向かう!」
俺は胸当と革の防具を装備し、剣を右手に持ち外へ出る。
ここはファーター村という俺が生まれ育った小さな小さな村。
王都からは離れ、領主様が管理する領地の端。
つまるところ田舎。
田舎も田舎なので、獣や魔獣、盗賊等が現れた時は自警団だけが頼りとなる。
「来たぞ!怪我人は!?」
「おぉ、エデン」
駆け足で村長宅へ向うと、広間にはぐったりと座り込む老人と体を横にした少年二人。
少年のうち一人は包帯を巻いてもらっているが、大した怪我では無いらしい。
「爺さん、何があった?」
村長と話をしている老人に話しかける。
「孫を連れて山に仕掛けた罠の確認に行ったら狼の群れを遠目で確認してのぉ。息を潜めて戻ろうとしたんだが……」
爺さんが視線を動かし、包帯が巻かれていない方の少年を見る。
「音を立てずに時間を掛けて退くぞとは言ったんだが、狼がこっちを見て耐えきれんかったんだろう。慌てすぎて転びそのまま気絶してな、背負ってきた」
爺さんは腰を擦る。
老人でも山に登り罠猟をしているだけあって体はまだまだ元気という訳だ。
化け物だな。
村の裏には山があり、稀にそこから獣や魔獣が村に降りてくる。
畑を荒らされない為に月に何回か山へ罠を仕掛け獣の数を減らす。
魔獣を確認した場合は村の自警団が集まり山へ入る。
伊達に山と共存しているだけあって、この村の自警団はCランク相当の魔獣までであれば難なく対処出来る。
「何匹いたか分かるか?」
「三匹までは見えた。親子だとするのならもう二、三匹くらいか?」
「流石に居付かれると困るよな?」
「そうなぁ、山から降りてこないのであれば放置するが……無理な話だろうな」
「そうか……」
なら話は早い。
村そ襲う危険の目は早々に摘み取るに越したことはないだろう。
今日中が難しいだろうから、自警団を呼び寄せた後は全員で狼を狩る計画を立てるとしよう。
「自警団の若いもん達は使えそうか?」
「まぁまぁだな。今の俺から一本でも取れたらいいんだが、先は長そうだ。俺が居た頃と比べると少し弱くなったか?」
「世代が変わったんだから仕方あるまい。お前が小さい頃は俺も自警団に入っていたが、今じゃ孫に罠猟を教えている」
「年食ったな、爺さん」
「お前もだろうに。まったく、腕を失くし帰ってきおって……エノラが知ったらどやされるぞ」
エノラとは妹の名前だ。
昔、村が魔獣に襲われた事があった。
俺は自警団として爺さんと一緒に魔獣を相手にしていたのだが、村内に入り込んだ魔獣が運悪く俺の家を襲った。
運悪くというのも我ながら酷い言い草だと思うが、それ以外言い様がない。
いや、それ以外の言葉が無かったな。
母はエノラを床下の収納に押入れ魔獣に応戦。
父も魔獣が家を襲っていると聞きすぐ家に向かったが、そこには魔獣に食い荒らされている無惨な母の姿。
何度、我が家を襲った魔獣を憎んだ事か。
何度、他の家を襲えばと思ったことか。
何度、言葉を飲み込んだことか。
誰も悪く無いのだから、変に言葉を吐き出せなかった。
魔獣は獣と違い魔法を行使する。
体格の大きさから戦いを専門とする冒険者でも一人で戦うに手に余る相手であり、普通はチームを組んで討伐に当たるのだが……父は一人で戦った。
何故か?
床下にエノラが居たからだ。
結果として、父は魔獣と相討つ形でエノラを守った。
魔獣を相手に、一人で相討ちまで持ち込む。
どれだけの大立ち回りをした事か。
あの時の父はきっと村の誰よりも、王都にいる冒険者や騎士よりも強くあったのだ思う。
そして残った、たった一人の家族、エノラ。
今は隣町の男と結婚し穏やかに暮らしているだろう。
彼女の幸せを願うのならば、金を稼ぐため、エノラを家に一人残して冒険者になった俺の話などするべきではない。
「教えるつもりも無いから大丈夫だろ。あいつは向こうで幸せに暮らしていれば、それでいい」
「仕送りが来る度に手紙の一つや二つ書いてほしいと嘆いておったぞ?」
そんな事を言っていたのか。
家を出る前はずっとエノラに怒られていたから想像出来ないな。
「たった一人の家族なんだ。大切にしてやらんとこっちに来るぞ?」
「その時は頬を差し出して熱い抱擁でも強請ろうかね」
「いい覚悟ね、兄さん」
聞き慣れた、刺々しく、けれど親しみのあるその声に惹かれ振り向くと、強く頬を叩かれた。