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「ここを押せばお湯が出るのですね?」
「はい。茶葉はここから好きな物を……あー、パッケージに入ってたら選びようもありませんよね」
「……お嬢様は普段どの茶葉をお使いになられているか分かりますか?」
「ハルは手前のティーバッグをよく使いますね。香りが好みなんだとか」
そう言って一つの袋を手に取り中から三角形の透けた小袋を取り出す。
中には茶葉らしき物が入っており、彼の者は袋に纏わりついた紐を剥がして私に差し出してくる。
「これをお湯に入れて紅茶が抽出されたら取り出して完成です。茶漉しの手間が無いのでこちらの世界ではよく使われているんです」
本当にそれだけで美味しい紅茶を淹れることが出来るのだろうか。
このティーバッグという三角形から作られる紅茶の結果次第では、あちら側の世界は貧相な舌の世界であると解き明かしてしまうかも知れない。
食は大切だ。
出来上がるまでの過程があってこそ今の食がある。
だから紅茶を淹れる工程をこんな三角形の小袋をお湯に浸すだけで終わらせるなど私は断固として認めない。
これでも私は一端のメイド。
お嬢様に美味しいお茶を汲む為に多くの努力をしてきた。
私は内心疑いながら指示された通りに紅茶を作り始める。
「すみません。私もその魔導具を使ったお茶汲みをやってみたいのですが、もしよろしければ後で使わせて頂く事は可能でしょうか」
後ろから彼女が丁重な態度で彼の者へ語り掛ける。
「はい、お湯が無くなるまで作ってもらっても大丈夫ですから」
「本当ですか!?」
「待て時生、誰がその作られた大量の茶を飲む羽目になると思っておるのじゃ。少しは考えてから返答せい」
喜ぶ彼女と呆れたように諭す不届者。
そう、実は入店時の騒動は既に終息し今は憩いの時を迎えている。
と、言っても私にとしてはとても不本意な収まり方をしたのだが。
「飲まないならお前の分は俺が貰うぞ」
「尿意を授かってそのまま空へ飛んでいってしまえ」
「美味しいお菓子と一緒に飲んでやる」
「待て、待て待て待て。気が変わった、妾も時生と共に尿意を授かるとしよう」
本当に先程まで馬乗りになっていた者と、されていた者の会話だろうか。
いつの間にか立場が入れ替わっている様に見えて仕方無い。
「お菓子持ってくるから運ぶの手伝え」
「妾に給仕のままごとさせるつもりか?随分と偉くなったのぉ時生」
「昔も今も変わらないから手伝わせてやってるんだよ。ほら、行くぞ」
「やれやれ、仕方無いのぉ……」
笑みを浮かべて席を立ち廊下へと出ていく不届者と彼の者を目で追いながら、私は紅茶が出来上がるのをただ待ち続ける。
隣で楽しそうに、けれど悩ましげに茶葉を選ぶ彼女の声が客間に響く。
紅茶が抽出され色が変化していく透明のティーポットを眺めながら、私は無意識の内に先程の戦闘を思いだしていた。