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万屋とこしえ  作者: もどき
始まりの縁
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6

 男性が動く義手に気付いたとき、それはもう大きく混乱していました。


 当然です。


 なんせ木製の義手が動いているのですから。


 ですが男性はこれを骨に宿る精霊の力としてあっさりと受け入れました。


 加護の瞳とやらも関係しているのでしょうが、胆力が凄い。


 素直に尊敬します。


「店主、お代はいくらなんだ?俺はこれでも有名な冒険者パーティーの一員だったからな、言い値で払うぞ?」


「お代は永吉から頂いているので結構ですよ」


「結構ですって……それでいいのかよ?この店大丈夫なのか?」


「はい、義肢に関する願いは永吉の骨が有る限り永吉持ち。私はそれでいいと思っています」


「ハハッ、面白い!」


 男性は義手を撫でる。


「あぁ、これから宜しくな」


 埋め込まれた骨が男性と会話でもするかのように鈍い光を放つ。


 やはり、彼や男性の言う通り精霊の様な類が宿っているのでしょう。


「義手のメンテナンスは基本的に従来どおりのやり方で構いません。ですが、破損や新しい義手に替える時はまたこの店にいらっしゃってください」


「店に来いって言われてもなぁ……門は森の奥にあったから大変だぞ?」


「エデンさんはもう縁を持っていますので、願えばいつでも門が迎えてくれます」


「縁、か……本当に面白い店だ。分かった。素直に奢られておくとするよ……あと、少し外で剣を振ってもいいか?」


「いいですけど、何かするんですか?」


「何が出来るのかを確かめたくてな」





「……ふんッ!」


 ここは店の裏庭。


 男性が荒々しく剣を振り下ろす。


 剣を持つのは右手。


 義手が柄をしっかりと握り込み、岩をも断ち切りそうな剣筋から男性の膂力を見て取れます。


 短剣を得物とするわたしには出来ない芸当。


 思わず魅入っていまう。


 男性は一度深呼吸をした後、今度は緩やかな動きで剣を振り始めました。


 剣術の基礎となる型をひとつひとつ丁寧に振るっているだけだが、その動きには一切無駄が無く舞を踊っているのかと錯覚してしまいそうになる。


 洗練された型の動きとはこんなにも美しく見えるものなのかと、わたしの心が揺さぶられます。


「ふぅ……」


 男性が剣を止め一息ついた。


「義手はどうですか?」


「怖いくらいに馴染みやがる。どんな動きをしてもコイツ……永吉が俺の意志を感じ取って従ってくれているみたいだ」


「それは良かった」


 くるりと剣を回し軽く振るう男性。


 彼の近くで剣を振るうのは危ないのでやらないで欲しい。


「義手を活かした剣を覚えたいっていう意気込みが無駄になっちまったな。いい事ではあるが格好つけた手前少し恥ずかしくなってきた」


「左でも剣を振れるようにしておくと良いですよ」


「なんでだ?」


「義手を外している時とか困るでしょうし、あとせっかくの義手なんですから盾にしたり盾にしたり……盾にしたり?」


 盾として使う案しか出せていない。


 こういうのは発想力がものを言います。


 どうやら今現在の彼はその発想力が乏しいみたいです。


 なので代わりにこのわたし、発想力豊かなわたしが、義手を戦闘で活かす方法を提案致しましょう。


 それは……えー、それはですね。


 えー、はい……意表を突く為に盾として使いましょう。


 それが一番です。


「なるほど、盾に……あ、義手の中に板や武器を仕込めば敵の意表を突けるんじゃないか?」


「そうです!私はそれを言いたかった!義手の中に武器を仕込みましょう!そうしましょう!」


 男性の提案に彼は自分にも同じ発想が有ったかの様に賛同します。


 あぁ、とても情け無く見えます。


「まぁ、義手に武器を仕込むにしても、先ずは義手に慣れて永吉と心を交わす事から始めないといけませんがね」


「永吉と良い関係を構築すると何かいい事があるのか?」


「今のところエデンさんの意志を汲み取って義手を動かしていますが、心を交わせばより淀みなく動かせるようになると思います」


「今でも充分快適だが……」


「急に襲われたときや死角からの攻撃に対して、エデンさんの勘が働き動けても義手は動けませんでした。なんて事があると思うんですよ」


 これは冒険者として生きる人だけではなく、わたしのような令嬢にも当てはまる話だ。


 人間は反射的に体を動かす事がある。


 物を落とした時などに手を咄嗟に伸ばし掴もうとするがその行動に意思は存在しない。


 物を落さないよう体が反射的に動いたのであって、落としちゃいけないと考えながら手を伸ばしている訳では無い。


 義手はそんな人間の反射についてこれるのだろうか?


 高速で動く鳥や虫、竜やその類の魔法を使う精霊ならば反射的一瞬を捉える事が出来るのかも知れないが、わたしには到底無理な話だ。


「なので、はじめは永吉と仲良く適度に喧嘩でもしながら過ごしてください」


「喧嘩って……夫婦みたいに言うなよ。暫くは田舎でゆっくりと暮らす予定だから、問題なさそうだ」


「是非、素敵な田舎生活を送ってください」


「あぁ……店主」


 すると男性は彼に向き直り深く頭を下げた。


「俺の願いを叶えてくれて感謝する」


「いえいえ!何回も言いましたがタイミングが良かっただけなので気にしないでください」


「謙遜しないでくれ。義手な事には変わりないがこれは只の義手じゃない……ここでしか手に入らない、俺の様な奴の為の特別な義手。俺は、店主に救われた」


「それは、まぁ……ははは、照れますね」


「店に来て願いを叶えるなんて言われた時は流石に疑いもしたが……杞憂だったな」


 二人はその後も笑顔で幾つかの会話を交わすと、最後は別れの言葉としてアツい握手を交わしました。


 交わされた握手は左手と左手。


 男性は宣言通り左手を主に使い生きていくのでしょう。


 その第一歩はこの店から始まると思えば少しだけ、ほんの少しだけ感動で涙腺が緩み涙が溢れてしまいそうです。


「またのお越しをお待ちしてます」


 外へ出るため門に手を掛ける男性の背中に向け、彼がお辞儀と礼の言葉を贈る。


 わたしは彼に倣い動きを真似るが、世話をしたこちらが頭を下げる行為にはいささか違和感を感じる。


 彼は礼儀としてやっているというのだが、礼を尽くすべきは相手の方じゃないのかと聞くと“おもてなしの心”だとか“侘び寂び”だとか言って話をはぐらかす。


 わたしには分かる。


 彼自身“おもてなしの心”や“侘び寂び”という言葉の真意をよく分かっていないんだ。


 そんな気がする。


 門を開けた男性は右手で剣を持ちながら外を警戒する様に前へ一歩一歩慎重に踏み出していく。


 そう言えば店に来るとき狼に襲われたと言っていた。


 右手に剣を持っているが、田舎に着くまでくらいなら先程の決意も許してくれるだろう。


 人間は生きてこそなのだから、ここは妥協し合おうじゃありませんか。


 ね、神様。


 周囲に狼が居ないことを確認した男性はこちらに向き直ると笑顔を浮かべ。


「店主、嬢ちゃん、またな」


 そう言葉を残し、門が閉められました。


 一度折れた心を抱えた者とはいえ、何だかんだ冒険心と警戒心を忘れない冒険者らしい冒険者でした。


 関わりは浅いですが素晴らしい人だと思います。


 門が完全に閉められたのを確認してから、彼は肩の力を抜きとてもリラックスしたいつもの姿に戻ります。


「お疲れ、ハル。エデンさんが来たとき接客してくれてありがとうね」


「従業員としては当たり前ですよ」


 正装を身に纏いキリッと働かれる姿もいいですが、わたしはいつもの、気を抜いて怠惰に過ごそうとする彼の姿が一番好きです。


 とても落ち着きます。


「でもほら、剣を身に付けた人が入ってくるの怖くない?」


「こっちでは普通の光景ですから」


「それもそうか」


「……エデンさん、無事目的地へ行けるといいですね」


「店に来たんだ。無事に帰るどころか大成した姿でまた此処にやって来るよ」


 そう、ここはおとぎ話に出てくる不思議なお店。


 彼と共に店内へ戻ると、彼はテーブルの上に敷かれた木屑が散らばる布を丸めるように畳み、ゴミ箱の上でそれを広げ木屑を捨てた。





 万屋とこしえ業務日誌。


 本日のお客様、右腕を失った冒険者エデン。


 気まぐれな神よ。


 あなたが繋いだ気まぐれな縁。


 彼と冒険者エデンがまた会えるその日まで。


 授けられたあの義手が、冒険者エデンの進まんとする道を照らす標として輝き続けることを切に願います。


 追伸

 店長とのおやつタイムを大切に過ごしたいので次お客さんは午前中に導いてもらえると嬉しいです。

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