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万屋とこしえ  作者: もどき
始まりの縁
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5

 彼は魔法陣が描かれた布をテーブルに敷き、その上に男性の義手と骨の欠片を置いた。


 この魔法陣には何が描かれているのだろうか。


 魔術に加えて錬金術を納めていればある程度理解することも出来るのだろうが、わたしは錬金術を学んでいないので詳しくは分からない。


 “回帰”と“誕生”を意味する文字が入っているのは分かるが、図形等の意味はさっぱり。


「店主は錬金術師なのか?」


「違いますよ?」


「あ?じゃあこの布は何だよ」


「木くずをすぐ纏められるように敷いた物です」


 彼は脇から工具箱を取り出しのみとハンマーを手にする。


「ちょ、待ってくれ!一体何を、その工具で俺の義手に何をするつもりなんだ!?」


 彼はニコリと笑うと、布の上に置かれた義手にのみを突き立てハンマーを振り下ろしました。


「ばっ、おい!」


 男性は彼を制止しようと動き出しますが、わたしが一歩前に出ることで動きを止める。


 あと一歩、一歩前に進んでいたらわたしの短刀が振るわれていたので止まってくれてよかった。


 ……嘘です。


 虚勢です。


 バレることがない様に澄ました顔をしていますが内心ガクブルです。


「先程も説明しましたが、この骨の持ち主は義肢装具士でした」


 彼は思い出すような、懐かしむような口調で語る。


「彼も、エデンさんと同じように神の気まぐれによりこの店にやって来たのを今でも覚えています」


 ハンマーを振り下ろし、男性の義手にのみが入り込む。


「名前は……永吉。そう、永吉」


 コンコンと骨の欠片が入るだけの穴を彫り出していく。


「永吉は一人の女性を背負っていました。何でも、空襲で焼け落ちた家の中に脚を挟んだ女性を見つけたらしく、まだ息があると分かり瓦礫を退かし急いで診療所へ向かったが……そこには診療所と思われる瓦礫と、屍の山」


 彼は痛々しい表情を浮かべる。


「仮設の診療所が建てられた場所へ向かい診てもらうも、挟まれていた脚は切るしかなく、体の火傷も酷い……もう助からないと診断され治療を断念。永吉はその時、自分の無力さを呪ったそうな」


 彼は義手に作った穴を目の粗いヤスリを使い角を取る。


 「永吉は女性との出会いを何かの縁とし、一人で息を引き取らぬ事が無い様に彼女を抱え埋もれていた家の前に向かいましたが……道中で見たことのない門がひとつ」


 永吉の物と思われる骨の欠片を手に取り、義手へ慎重に差し込みますが全部は入り切りません。


 目測を誤ったのでしょうか?


 彼なら有り得そうな事。


 と、思っていると、差し込まれた骨が溶け出し隙間を埋める様に義手へ張り付き始めました。


「こ、これは……」


「骨が……溶けて動いてる!?」


 その様子はまるで糸を紡ぐ蜘蛛。


 又は枝や葉に張り付く蛹の蝶。


 それか服の間に入り込もうとするスライム。


 ……ふむ。


「店の説明をすると殆どの人が私をホラ吹きと扱い聞き流すのですが……永吉は金が無いから自分を対価に女性を助けてほしいと言いました」


 その行動は、称賛はされど褒められるような事ではないとわたしは思う。


 蛮勇のような先を見ぬ捨て身の決心は嫌いです。


 永吉はどんな思いで彼を頼ったのでしょうか?


 藁にもすがる思いか、それとも半信半疑でヤケになったのか。


 わたしでは永吉の判断を汲みきれない。


 別に彼や永吉を貶すつもりはないが、初めて会う人から願いを叶えてあげようとか言われても到底信じられる話じゃない。


「命は皆平等だけど、等価じゃない。死は重いが、生はその何倍もの価値がある」


 彼は義手に嵌まる形を変えた骨だったものに触れる。


 穴にピタリと嵌まるそれはまるで貴族が纏う宝石が施された装飾にも見えるが、その色は濁りきり、お世辞にも綺麗とは言えない。


「永吉には十年ほどこの店で働いてもらう算段を立てました。未来ある若者のから十年という月日を奪う、死にかけの女性を救うには少し重いくらいかなと考えた対価だと思っていたのですが……結果は失敗」


 彼は視線を落とす。


 悔やんでいるのだろうか。


 彼にも、悔やむことが有るのだと知りわたしの心が潤います。


 あぁ、不純な想いは誰のためにもならないので捨てましょう。


「まだまだ未熟であった私は最後まで対価を釣り合わせることが出来ず、女性の脚以外を治すという不完全で残念な形で願いを叶えてしまいました。エデンさん、これを」


 彼は男性に義手を差し出し、触れるように促しました。


「あ、あぁ……」


 男性はおっかなびっくりといった様子で義手に手を伸ばしますが、触れる事へ躊躇いをみせます。


 体不明の異物が埋め込まれた義手。


 さぞ気味の悪い事だろう。


 わたしだったら受け取ることなく店を出ていきそうだ。


「永吉はそんな女性を見て、義肢について学びたいと口にしまして。私は罪悪感から彼が外へ学びに行くのを止める事が出来ませんでした」


「何も貰わずに送り出したのか?」


「はい、送り出しました」


「店長にもそんな時期があったんですね」


「永吉とは縁が出来て願えばいつでも店に来られる状態。なので対価を貰うのは十年後に先延ばしという契約を交わしました。が、十年後約束通りにやって来た彼の傍らには義足の女性と小さな子供」


 先程の痛々しい表情とは違い、明るく爽やかなものへと表情を変化させる。


「幸せそうに笑う永吉を見た私はいつの間にか彼との契約を先に延ばしまして」


「店主には、永吉とやらの人生を崩せなかったのか」


「はい、来る度に幸せそうな姿を見せてくれるので契約は延ばしに延ばされ……最終的に彼は天寿を全うした事で契約は反故になりました。今じゃ恨みっこなしの無効扱いです」


「天寿を……最後まで幸せに生きたんだろうな」


「戦争で手足を失った人へ義肢を与え希望の光を見せた伝説の義肢装具士、と呼ばれ慕われていたらしいです。お弟子さんもいっぱい居たとか」


 わたしは彼が契約を無効とした事に驚く。


 万屋とこしえはお客さんを何よりも大切にしている。


 大切にしているからこそ、厳しい態度をとり店を守ることが稀にある。


 永吉は最後まで懸命に生き、彼はそれを認めた。


 わたしはそんな二人の関係が少しだけ羨ましく思えた。


 嫉妬ではない、敬意に近い感情を抱いている。


「そうしたら後日、永吉の奥さんが店に来ましてね。何でも手紙を預かっているからって届けに来てくれたんですよ」


 手紙の内容は彼との約束を反故にしてしまった事への謝罪、そして一つの提案だった。


 女性を救ってくれた事で永吉の義肢装具士としての道が開けたこと、契約を延ばし自分を送り出してくれた事で学びの場に触れられたことに対し様々な感謝の言葉が綴られていたという。


 彼としては不完全な治療を行ってしまった事実が一つの傷となっていたらしいのだが、永吉の手紙で少し救われたらしい。


「それで、何を提案されたんですか?」


「あぁ、気になるよな」


 男性はいつの間にか椅子に腰掛けてお茶を啜り、義手そっちのけで彼の話に聞き入っている。


「いやね、永吉とも結構長い付き合いになっていたので、私がどんな仕事をしているのか薄っすらと把握していたみたいなんですよ」


 彼はそう言って義手に埋めた骨であったものに触る。


「儀式の素材に自分の骨を使ってくれって、奥さんに骨の一部を持たせて来たんですよ」


「……永吉とやらは、自分の骨を持ち出すほど店主に恩を感じていたんだな」


「死んでから返されたって嬉しくないんですけどね」


 男性の言葉に彼は笑みをこぼす。


 口では否定していても心の内は嬉しそう。


「永吉の中では契約を履行せず反故にしたままの関係だったんでしょうね。だから、自分の骨を対価として差し出した」


 義手を持ち上げ、男性に差し出す。


「なので、エデンさんに会えたのは幸運でした。あれだけ義肢作りに人生を賭けてきたんです。なら今度は、義手其の物となり人々を助けてもらいましょう」


 男性も彼の話で決心がついたのか、腰を上げ差し出された義手へ手をのばす。


「店主」


「はい」


「俺の為に愉快な話をしてくれてありがとうな」


 男性は義手を手に取り右腕に嵌める。


「俺は加護の瞳っていう神からの戴き物が有るんだが、瞳がこの骨をずっと警戒していたんだ。この瞳は精霊の様に見えないものが可視化される。店主の言う通り、この骨には精霊のようなものが宿っていた」


 ギュッとベルトの留め具を締めて義手を固定。


 義手を取ったとき丁寧に外していてよかった。


 壊していたらどうなっていた事か。


「だが、この骨の中に居る精霊は良い奴だ。瞳が見極め受け入れたんだから間違い無い。悪意ある精霊なら一発ぶん殴って逃げるか、義手代を弁償させていた所だったが……店主や嬢ちゃんの言う通り、俺にとっていい話。ひとつの縁なんだろう」


 彼を疑っていたなんて大変不快であるが、まぁ仕方無い。


 初めてのお客さんはみんなそう。


 結果として、彼も男性もいい笑顔を浮かべているのだからよしとしよう。


「この店を、信じてみるぜ」


 そう言って男性は右手で拳を握り高く掲げる。


 ……ん?


 握り拳?


「ガッハッハ、見ろ店主!義手の調子がいい!馴染むようだ!」


「ははっ、そうですか!永吉も張り切っているみたいですね!」


 掲げた拳を下ろすと力が抜けたのか手が開く。


 動いています。


 あの義手、明らかに動いています。


「あ、あの……店長?エデンの義手、変じゃないですか?」


「どうしたハル?何も変じゃないし、ここは一緒に喜ぶところだよ!」


「そうだぞ嬢ちゃん!店の従業員として俺の新しい門出を祝ってくれ!馴染む、馴染むぞ……ガッハッハ!」


 男性はそうやって両の手をぐっぱぐっぱと動かします。


 加護の瞳とやらを持っているのに、何故気づかないのでしょう?


 彼も彼です!


 この中で唯一真相を知り得る人間なのに、ニコニコと笑うだけで何も説明をしません。


 あべこべな状況に気が狂いそうです!

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