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万屋とこしえ  作者: もどき
懐古の縁
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1

 日も遮る程の深い森の奥。


 ここは魔の森とまで呼ばれるほど獰猛な動物や、稀に魔獣が現れる危険な場所。


 そんな森の中、木漏れ日の下で息を切らしながら走っていた俺達は漸く足を止めその場に腰を下ろした。


「はぁ……はぁ……もう、大丈夫だろ」


「え、えぇ」


 互いに息を整えつつ辺りを警戒する。


 流石にこの領域までは追ってきていないのか、敵の気配は感じない。


 逃げている最中に後ろから何かに襲われる声らしきものを耳にしたが、あいつらはきっと運が悪かったのだと思う。


 そして俺達が生き残っているのは運が良かったからだ。


 神に感謝の意を捧げながら、隣で大樹の幹に寄り掛かりながらもなんとか警戒態勢を取っている彼女へ意識を向ける。


「テル、辺りの警戒は俺がやるから少し座って休め」


「……えぇ、分かったわ」


 少し視線が合うとテルは直ぐ俺から目をそらした後、俺から少し離れた位置に腰を下ろした。


 実は、逃げる前からテルの様子が少しおかしい。


 いつもは勝気な性格で周囲の人間を引っ張り、時には背中を押す勝気ではあるが凛とした芯のある性格のテル。


だが、今回の任務先で起こった件が堪えたらしく流石のテルも意気消沈といったところなのか大人しくなっている。


「日が沈む前に森を出たいが……闇雲に走ったせいで何処に進めばいいか分からねぇな」


「……そうね」


「最悪ここで夜を明かす事になりそうだな。獣避けの魔道具や札とか残ってたか?」


「……探してみるわ」


「頼んだ」


 どうにも調子が狂う。


 俺自身は任務先での事をあまり気にしていないのだが、テルはそうでも無いらしい。


 一日もすれば元のテルに戻ったりするのだろうか?


 ずっと沈んだままなのは、正直言って困る。


 テルにはいつもの様に、俺を連れ出した時の様に楽しそうに悪い笑顔を浮かべながら引っ張る姿で居て欲しい。


 だが俺にはテルを元の調子に戻す力なんてものは無い。


 いつもの様に接する他ない。


「……ねぇ、エデン」


「なんだ?」


「……聞かないの?」


「聞いて欲しいのか?」


「……馬鹿」


 罵倒された。


 こういう時、女が欲しがる言葉というものを俺は知らない。


 妹のエノラは思ったことを素直に口にするので対して困る事は無かった。


 同じパーティーのジンもよく借金を作ってくる馬鹿男のライとよく言い合っていたせいか不満な事は直ぐ打ち明ける。


 だが、テルは違う。


 彼女は溜め込む質の人間だ。


 しかし俺は何をしてあげればいいのか分からない。


 取り敢えずは安全な場所を確保してから話を聞いて、そして元気になってもらおう。


 そしてずっと隠し持っていた特上のドライフルーツを差し出せば少しは元気になる筈だ。


 本来はコレをつまみにトールと酒を飲む予定だったが、まぁ俺やトールみたいな不男なんかより美しい人間に食べてもらえるのならコイツも嬉しいよだろう。


「エデン、獣避けの御札が有ったわ」


「札だけじゃ心許無いな。けど移動するのも危険だしここで夜を明かすのも危険。こりゃ手詰まりだ」


「……私たち、ここで死ぬの?」


 テルが悲痛な眼差しで俺の顔を見る。


 どう答えていいか分からず俺は黙ってしまった。


 冒険者とは常に死と隣合わせ。


 獣から魔獣と戦いながら依頼を達成する生死含め安定しない職業。


 だから冒険者は皆、死に対して殆ど受け入れる考えを持っており、だからこそ一日一日を全力で生きている。


 金遣いの荒い冒険者が多い理由はそこだ。


 しかし、俺は今テルを前にして何も言えずにいる。


 「冒険者なんだからいつ死んでも良いように生きてきた。今日がその時だ」と諦めの言葉を伝えられず、次に浮かんだのは“大丈夫”という安易な言葉。


 それでは駄目だと思った。


 まだ何も成していない。


 生きて仲間の元へ戻り、テルが掲げる王都の冒険者協会を正すという願いを叶えたい。


 俺はそっと義手に触れる。


 何か出来ることは無いか。


 俺自身はどうなってもいい。


 テルだけでもこの森から逃がし仲間の元へ送ることは出来ないかと考える。


「エデン……?」


「テル、良い逃げ場所があるんだけど行くか?」


「え、えぇ……急にどうしたの?」


「あんまり見せたくなかったんだが今回ばかりは仕方無い」


 俺は目を閉じて再度義手に触れる。


 何気なく触れるのではなく、確かな意志を持って義手に触る。


 “エイキチ”と呼ばれる人間の意志が俺の意志を受け取ったのか、応える様に熱を持ち始めた。


 せっかく拾い上げてもらった命なのだ。


 使うなら、繋いでみせよう。


 あの店は対価を払い願いを叶える。


 だが今の俺に払える対価はあるのだろうか?


 不安がいつの間にか大きな波となって押し寄せるが、最悪対価は俺の命で……いや、エイキチが怒っているのでそれは無しだ。


 まぁ、生きていれば何とかなるさ。


 無駄な思考を放棄そてゆっくりと目を開くと、俺の正面に“門”が現れた。


 テルは俺の事を心配そうに見ている。


「行くぞ」


「ちょっ、ちょっと急に引っ張らないで……え、何よこの門!?」


 俺は左手でテルの手を引き、右腕の義手で地面に置いていた荷物を全部掴み持ち上げ門の前まで進む。


「エデン、これがどうなってるの?あなたの力なの?何も無かった筈の場所にどうして門が……本当に門が立っているだけだわ」


 多少混乱している様子だが、詳しく説明をするのなら門の中で店主と店員の嬢ちゃんが淹れる美味しいお茶でも飲みながらでもいいだろう。


 先ずは急いで安全な場所へ行くことが先決。


「あいつらには内緒にしていてくれよ?広めると面倒くさいだろうから」


 特にトール。


 アイツは俺の義手を見て目を輝かせていた。


 この店に連れてくればきっと特殊な斧が欲しいと願って最悪ゴネかねない。


「行くぞ」


 肩で門の扉を押しゆっくりと開く。


 重いイメージがあったのだが、今日の扉はやけに軽い。


 まぁ、中が不思議な空間故に俺の状況を知って軽くなっているのかも知れないな。


 これが全然有り得る話だから面白い。


 俺は混乱するテルの手を引き、門の中へ入っていった。


 幾度か訪れたその見慣れた景色に安堵感を懐きながら、俺は店の前まで進む。


 二人が門の中へ入った後、森の中で佇んでいた異様な光景を放つその門は瞬き一つで姿を消し、木漏れ日の中に消えたのだった。

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