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扉から顔を出して来たのは朗らかな笑みを浮かべたベストを纏うスーツ姿の男性。
雰囲気が喫茶店のマスターが持つそれである。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。轟雷太くんだね?栄さんから話は聞いてるよ。どうぞ入って」
「は、はい」
男性が建物の中へ促す。
栄さんを知っているという事は確実に雷神様を知っているという事。
いや、栄さんと知り合いというだけの可能性もあるがどうだろうか。
俺は警戒心を持ちながらも男性の後ろを付いて行く。
扉を潜れば古本屋の様な何処か落ち着く香りが充満していた。
少しだけ、ほんの少しだけ気分が高揚する。
商品棚と思われる所を見れば日用雑貨が殆どを占めているが、携帯食料などもチラホラと置いてある。
万屋と書かれた看板があったがここは普通のお店みたいだ。
近所にある個人営業の小さな商店に近いものを感じる。
売り場を抜けて案内されたのは中央に大きな円卓が置かれた客間と思わしき部屋。
大きな窓からは庭にある桜の木がよく見えている。
「お茶を淹れてくるから少し待っててね」
「分かりました」
男性が部屋を後にする。
俺は円卓の周りに置かれた内の一つの椅子に座り窓を横目に考える。
男性は神様、栄さんとどんな関係なのだろうか。
神使についても、昨日調べた限り神に選ばれた動物程度の認識にしかならなかったので先代神使の話でも聞ければ良いのだが。
ただ、あの男性が先代について知っているとは到底考えられない程度には若い見た目をしている。
ただの店を営む人でないのは確かだが、それでも若い。
「お待たせ。おかわりが欲しかったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」
大き目のお盆に紅茶のポットとカップを乗せて戻ってきた男性。
ケーキの乗った皿も置かれ、まるでお茶会だ。
「自己紹介でもしようか。私はここ万屋とこしえの店主をしている常代時生と言います」
小さな会釈と共に自身の名を名乗る男性。
慌てて俺も名乗る。
「あっ、えっと、轟雷太です」
「うん、よろしく轟くん。栄さんからある程度話は聞いているから、今日はオリエンテーションの様な感じで余り緊張せず、部活?で言うところの体験入部な気持ちで過ごしてね。一応先生役も呼んであるから来るまではのんびり過ごそうか」
「えっと、すみません。俺、栄さんから何も聞いていなくて、今日どうしてここに来たのかすら分からないんです」
「えっ、そうなの?雷神様は何も説明しないだろうなと思ってたけど栄さんが伝え忘れるなんて珍しい事もあるんだな」
困ったといった様子で頭を軽く擦る常代さん。
話から察するに雷神様とも関わりがあるらしい。
「今日は轟くんが神使としてやるべきこと、神使として身に付けるべきこと、後は雷獣ってどんなのってのを軽く教えるために用意された場になるね」
「へぇ……」
「まぁ今日の詳しい予定は追々伝えるとして、少しお話でもしようか。雷神様の事だし詳しい説明も無いまま神使に選ばれたんでしょ?」
常代さんは雷神様の事をよく知っている様だ。
事実、俺は現在右も左も分からないままこの場にいる。
「じゃあ、神使ってなんですか?」
「神使とは神の意を伝える特定の動物の事。神の血を引く人間が選ばれる事もあるね。雷神様の場合だと雷獣や鵺、一応水を司る神でもあるから蛇とかも当て嵌まるのかな?」
「雷神様って水の神でもあるんですか?」
「今は知らないけど昔はそうだったって聞いてるよ」
まるで雷神様本人から聞いたことがあるかの様な口調でサラッと言う。
「えっと俺、雷神様に邪な意志に触れた雷獣を駆除しろって言われて」
「邪な意志、害意に侵された神使は人を襲い、最後には神へ牙を向ける存在、“邪獣”と成り得る。その前に力を持った神使が邪獣を退け神を守る。轟くんの役目はそれだね」
つい言葉を飲み込んでしまった。
俺が、戦う?
雷神様の為に?
「俺、戦う力なんて持って無いですよ!」
ただの高校一年生である俺に戦いなど出来るはずが無い。
漫画や小説の様な世界へ行って襲い掛かってくる敵をバッタバッタと倒す夢を見る事は幾度とある。
だが、それは夢。
現実で成せないからこその夢。
「雷神様も分かっていると思うよ。だから私を頼った」
常代さんは何者なんだろうか?
これは純粋な疑問。
まず、彼は人間なのか。
雷神様とがどういった関係なのか。
彼に従えば俺も邪獣なる存在を退ける力を得ることが出来るのか?
一度考えれば次々と疑問が湧いて止まらない。
「失礼な質問だと思うのですが、常代さんって人間なんですか?外には万屋って看板がありましたけど実は人に化けた何処かの神様が営むお店だったりします?」
質問を投げ掛けてみれば常代さんが目を丸くした後、声を上げて笑った。
「私は見た目の通り人間……いや、少し特殊な立場に立たされていますがなんでも屋を営む一人の店主だ」
そう自身の身の上を軽く説明する。
普通の人間が神と関わりを持てるはずもなく。
恐らくはその『少し』の部分に全てが詰まっているのだと予想される。
でなければ突如現れた門や庭で咲き誇る桜等の異常な光景に説明がつかない。
「まぁ私の話はそんなに気にしなくていいよ。つまらない話だしね」
何処か遠い目をしながら話を切り上げる常代さんに、俺は地雷を踏んでしまったのかと少し焦る。
彼は直ぐ表情を戻し、
「ケーキおかわりする?」
と聞いてきたので俺は頷いた。
すると、売り場の方から鈴の音と共に声が聞こえてきた。
「時生じぃー!来たぞー!」
そんな声が、大きく建物中に響き渡った。