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万屋とこしえ  作者: もどき
雷の縁
41/146

2

 冷静になりつつある思考。


 辺りを見ればここは神殿内部の様な部屋。


 厳島神社などが当てはまるのだろうか。


 木の板が敷き詰められた床に大層立派な柱がチラホラと見える。


 襖がないので酷く開放的だが、入ってくる風が心地よい。


「改めて自己紹介でもしようか」


 頭から電気がビリビリと発光する男はそう言って、だらしなく椅子に座っていた姿勢を正して俺を見た。


「名は“雷神”。お前らが言うところの『おへそを取る雷様』だ」


 予想だにしなかった自己紹介に俺は目を丸くして、ついぽかんと口を開けてしまう。


 冷静な思考なんてどこか遠くへ飛んでいった。


 人ならざるものだと本能が訴えていたが神様だとは思ってもいなかった。


「そしてそこに立っている女の名は“栄”。妻の一人だ」


「栄と申します」


「よ、よろしくお願いします」


 畏まって礼をする。


 先程までの粗野な言葉遣いから受けていた印象から一変、急に落ち着いた喋り口でつい態度がかたくなる。


 まぁ、初対面であり互いの自己紹介をする時点で緊張感を持たず馴れ馴れしく接するのも如何なものか。


 きっと正しい緊張感なのだろう。


「お前の名前を教えてくれ」


 栄さんが俺の名前を呼んでいたのでてっきり知っているものとばかり思っていたが、やはり自己紹介された手前、俺も倣うのが必然というものか。


「轟雷太と言います。高校一年生です」


 言い終えたあとは軽く頭を下げ自分なりの誠意を示す。


 この頭を下げるという態度が自身の誠意に繋がるのかと聞かれれば……分からないとしか答えが無いのだが、小さな頃から染み付いた癖と高校受験や教員、交わりから得た慣れに対する絶対的信頼からついやってしまう。


 国民性、いや、刷り込みといった方が正しいのかな?


「良い名だ。大切するといい」


 俺に対して何故か温かい視線を送る雷神様と栄さん。


 結局、この人達は何を目的として俺を連れてきたのか分からないまま。


「あの、何で俺を攫って……連れてきたんですか?」


「なんだ栄、言ってなかったのか?」


「あなたが自分から伝えたいと仰っていたから何も言わずに連れて来たのではないですか。恥ずかしいからって私に押し付けるのはよしてください」


「……そうだったか?」


「はぁ……そんなですから毎度神職の方々に迷惑を掛けてしまうのですよ」


「す、済まない。改める」


 栄さんが凄み、それに押されて弱々しく言葉を発する雷神様。


 雷神様の家庭内における力関係が目に見えて少し残念な気持ち半分、尻に敷かれている姿にほっこりとした気持ち半分。


 雷神様はひとつ咳払いをすると一度体裁を整える。


「雷太、お前には新たな神使となってもらう」


「しんし……?」


「神の使いです」


「えっ、神の使い!?」


 驚きのあまり声を荒らげてしまった。


 神の使いとは何だ。


 つまり俺は雷神様の使い……つまり使徒か?


 それとも眷属だろうか?


 どちらが正しい言い方なのか分からないが、俺は二の句が継げず口をパクパクと魚の様に開閉させ息だけを吐き出す。


 まるで漫画の中の世界で起こる話。


 夢かも知れないと頬と手の甲を交互に抓るが確かに痛みは襲ってくる。


「先代が命を終えたのでな。雷神の血を引くお前を後継として選び、その旨を説明するた為にここへ連れてきた次第だ」


 今雷神様の血を引くと言ったか!?


「本当は一度確りとした案内状を送り、雷太さんに準備をしていただいてからこちらへ来ていただく運びとなっていたのですが、この方が大きな雷雲を作り出してしまってやむを得ず雷を落とす形で……」


「雷神の招待など誰が信じる。ならば雷雲を使い一気に運ぶのが一番だろう?それに、雷太も雷に惹かれ外へ出ていたし丁度良かった」


「ですが、私達の子孫と言えど招待する手前最低限の礼節を欠くのは如何なものかと存じます」


 私達!?


 つまり俺のご先祖様は雷神様と栄さんから生まれたということ。


 そんな話、到底信じられないが人とは違う時の流れを生きる彼らの言葉を否定できる力は無い。


 だって、もし本当に神が存在するのなら人の枠に当てはめて考えようとするなんて可笑しな話だろう?


 ここは、思考を放棄するのが正しい道と思う。


「それは……そうだな。次からは気を付けよう」


「そう言って、神使が変わる度に大きな雷雲を作り出してしまうのですから迷惑なものです」


「そ、そうだったか……?」


 どうしよう、雷神様の威厳がどんどん無くなっていく。


「ま、まぁ雷太には雷神の神使となってもらいたい。構わないか?」


「は、はい」


 つい生返事をしまった。


 大丈夫だろうか?


 正直、もう家に帰って温かい布団で眠りたい。


 今更だが服とか濡れたままで話を聞かされていた。


 風を引いたらどうしようか。


「あの、神使って何をすればいいんですか?」


 この際風邪を引く云々はどうでもいい。


 一番重要であろう神使の役柄について聞いてみた。


「神使の役割は雷神様が作り出した雷の制御、そして邪なる雷獣の駆除となります」


 栄さんが軽くその役割を説明する。


「雷獣?」


「雷獣が邪なる意思に触れる事で生まれる獣の事です。元は雷神様が見つけ次第対象しておりましたが、今は数が増え我々だけでは限界があるためにこうして他神使を頼っています」


 なるほど。


 神の世界も人手不足なんだな。


「でもさっき先代が亡くなったと言ってませんでした?それじゃあ結局人手が足りないままなんじゃ……?」


 そう、俺が選ばれた理由は先代の神使を務めていた方が亡くなったから。


 つまり後継。


 一人が亡くなり、代わりに一人が後を継ぐのは良いが後継がド素人以前の人間では混乱を招きかねない。


 下手すればより人手が足りない状況に落とし込んでしまうのではないか?


 不安が押し寄せてくる。


 だが俺の予想とは違ったようで栄さんが微笑を浮かべながら、


「ふふっ、安心してください。他にも神使は存在します。それとは別に人間たちの間でそれらを駆除する組織も出来上がっていますので」


 という。


 なんと、雷獣を駆除する組織があるのか。


 では何故俺は神使に選ばれたのか聞いてみる。


 話を聞く限り俺以外にも雷神様の血を引く者は多いはずだ。


「世代が変わるごとに薄れゆく使命を忘れさせない為、必ず最低一人は神自身によって人の神使をお選びになる事で滞りなく目的を果たせる様にしています」


「大半の人間は大きな力を持つと歪む。我らの子供達が残した子孫も例外ではなかったが……人を正すのは人だ。形を変えながらも意思だけは紡いでいる」


「確かな意志を持つ柱を選ぶ事で、我々の意もより強固なものとなるのです」


「まぁ、先代は自身が雷神の神使である事を隠し続けていた様だがな」


「変化の時が訪れているのでしょうね。とても苦労されていました」


「えっと、俺が選ばれた理由は?」


「直感だ」


 身も蓋もない言葉についガクリと肩を落としてしまった。


 直感、直感で決められただなんて……神に選ばれたのだから少し、いや、凄く特別な存在になれるんじゃないかと期待していた。


 だがそんな期待も虚しくガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


 中二病は終わったのよ雷太。


 もう少し、大人になりましょう。


「あら、もういい時間ですし話の続きや神使としてやるべき事はまた後日に致しましょう」


 栄さんが話を切り上げる。


 今の時刻は何時だろうか。


 そこまで長居した感じはしないがまだ昼ご飯を食べていないからか、時間を意識した途端ぐぅとお腹が鳴る。


 音を聞かれたのか雷神様と栄さんが笑みを浮かべ、また俺に温かな視線を送る。


 恥ずかしい!


「今度は体が痺れぬ程度に送ってやろう」


 雷神様が片手を振り上げ、手の先にビリビリと光を集める。


「もしかして、帰りも雷で?」


「当たり前だ。それに、雷太も何れ扱うのだから慣れておく事に越したことはない」


 音は次第に大きくなり、ゴロゴロと重音を響かせ始めた。


「次に会うときは、雷太がその命を全うした時だ。人生、楽しむのだぞ」


「は、はい!」


 雷神様が笑顔を浮かべその拳をギュッと握ると、雷鳴と共に光が全身を包み込んだ。


「うっ、耳が痛てぇ……」


 耳鳴りが酷い。


 体もビリビリとして全身に余計な力が入り姿勢が悪くなる。


『明日、近場の公園へ足を運べ。そこで神使としての務めを学べる縁を貰えるはずだ』


 天から脳へ声が響く。


 公園だ?


 家の近くの公園なんて二つあるぞ。


 全身に走る雷が抜け雨粒が当たる感覚が芽生え、耳鳴りも収まり漸く目をはっきりと開眼させる。


 どうやらここは家の前。


 一度頬を抓り夢ではないかと確認する。


「痛い……」


 天を見上げると、別れの挨拶でもしているかのように雷鳴がなり響く。


「せめてどっちの公園に行けばいいのか教えて欲しかったな」


 そうごちりながら、俺は興奮した心とは対象的にに雨で冷えた体を温めるため玄関へ向け歩き出した。







 雷太が家に入るのを確認した後、私達は今後の予定を話し合っていた。


「引き継ぎはいつも通り時生の店で良いか?というか時生はまだ生きているのか?」


「えぇ、元気に使命を守り生活してる様子です。それに神使を選ぶ度にお世話になっていますし、今更変える必要もないでしょう?」


「そうだな。今度酒でも持っていくか」


「この前お店に足を運んだらシュークリームを作っていましたよ。とても美味で、つい昇天してしまいそうでした」


「甘味はいつの時代も女を虜にするな」


 なんでも作る菓子の多くはあちら側の神に要望される事が多いようです。


 甘党な神がいらっしゃるのですね。


 それに、今は彼女に料理を教えているそうな。


「あなたも菓子作りに手を出してみてはどうですか?私達、喜びますよ」


 私もそうですが、雷神様と婚姻の契を結んでいる女性達は皆甘いものが好きです。


 時偶、地上へ降りて食べる程度には現代の菓子を好んで食しています。


「ガラじゃないだろ……地上へ降りたときに食べる文で満足しろ」


 残念です。


「ところで、何故雷太さんを神使に選ばれたのですか?」


 これは純粋な疑問。


 雷神様は直感で選んだと言ったが、彼はあまり野性的に物事を判断なされるお人ではない。


 荒々しい見た目とは裏腹に、結構理性的な方なのだ。


 故に直感で神使を選んだという言葉は嘘だと感じ取った。


「雷太の家の者は暫く彼の組織に属していない。ならば台風の目と成る事も有り得よう」


「新しい風を吹かすにはうってつけの人物だったという事ですか」


「それもあるが、風神も子孫から神使を選ぶらしいから純粋に面白いと思った」


「それはそれは、彼の組織に変革の波が訪れそうですね」


「どうだ?面白かろう?」


 そう言って雷神様は酷く歪んだ笑みを浮かべて地上を見やる。


 神への信仰が形を変えた現代に生きる術者たちの振る舞いに怒りを覚えていたのは私達だけでは無かったらしい。


 その犠牲者が我々の子孫だとするなら、尚更のこと。


「別に組織を牛耳って作り変えろとは言わん。ただ元有るべき姿に正して欲しい」


「流石に許容しかねますか?」


「あぁ。だが雷太には先代の仇だけでも討って欲しいのが親心……いや、これは酷な願いか。忘れろ」


 雷神様がボソリと言葉をこぼす。


 生ける人を裁き正すのは人。


 我々の干渉は許されない。


 本心を言えば、人の業に飲まれていった子孫達の無念を晴らしていただきたい。


 だが雷神様は、心を漏らす事なく雷太さんを送り出した。


 雷太さん。


 どうか、より良い道を目指し歩んでください。


 貴方の素敵な人生を、私達は天から見守っています。

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