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万屋とこしえ  作者: もどき
雷の縁
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「えー、台風が近付いているので今日の授業は午前中までとし、その後は全生徒帰宅させる様にとさっき職員会議で決まりました」


 クラス中で歓喜の声が上がる。


 前と横の席に座る友達は椅子から腰を浮かしてガッツポーズを取るほどに喜んでいた。


「うおっしゃ!おいカラオケ行こうぜカラオケ!」


「いいないいな!」


「ゲーセンにも寄ろうぜ」


「こら!寄り道せず真っ直ぐ帰りなさい!」


「はい!真っ直ぐ家に帰ります!」


 声を大にして話し合ったせいでちゃんと先生の耳に入っており、友達は注意を受けた。


 だが、チラリと目を合わせアイコンタクトを取る二人を見る限り寄り道せず帰るのは難しそうだと呆れる。


 すると俺が呆れながらに笑っているのが見えたのか二人は悪い顔をしながら、


「雷太も来るか?」


 と、聞いてきた。


 注意されたばかりなのに、コイツらは。


「俺は優等生だから真っ直ぐ家に帰る」


「なんだよつまんねぇな」


「雷太はチャリ通だから優等生関係なく遊べないだろ」


 二人は電車とバスを使って通学しているからか帰りなどは駅に寄る為によく駅前で遊ぶことが多い。


 対して俺は自転車通学。


 家からおよそ三十分掛けて通学していて、家も駅とは真逆の位置にあるので遊ぶ機会は滅多に訪れない。


「雷太、最寄り駅まで何分だっけ?」


「自転車で二十五分」


「あっはっは!それ本当に面白いわ!もう鉄板ネタにしていいレベル」


「もう少しで近場に新しい駅が繋がるけど、そこはどうなんだ?雷太の家って確かあそこら辺だろ?」


「距離は近いけど坂道がキツくて自転車を漕いでられないから三十分は掛かる」


「さ、三十分!?近いのに三十分!?あっはっは!ひぃー!」


 駅近くに家を持つコイツらはこの話が大好きで何回も振ってくる。


 初めは鬱陶しい質問を投げ掛けてくるなと邪険に扱う事もあったが、今では俺も少し気に入っている。


 慣れてしまえば普通に面白い笑い話なのだ。


「はい、じゃあ授業を始めるぞ」


 天気予報では今回やって来る台風はとてもスピードが速く動きも読み難いとのこと。


 何年ぶり、何十年ぶりの規模で云々と繰り返しては雨風による災害への注意喚起を行っていた。


 まぁどうせ直撃する頃には温帯低気圧に変わり綺麗な晴れ模様が見れるだろう。


 台風らしい台風を経験したのは小学生の時が最後。


 そんな満身しきった思いの中、俺は始まった授業へ集中することにした。







 帰り道。


 雨風が吹き荒れ、街道に立ち並ぶ木々もその堅固な身を揺らし枝葉をざわめかせている雲の下。


 俺は一人強風で飛んでくる雨粒を一心に受けながら重いペダルを踏みしめなんとか自転車を漕いでいた。


「あー!台風が直撃するのは夜って言ってたじゃないか!」


 ぐぐぐと脚に力を入れ進まない自転車を漕ぎ続ける。


 すると受けていた筈の風が急に動きを変え、今度は横からぶつかるようにして吹き荒れた。


 山から吹き下ろす向かい風や追い風と違い、台風は方向などお構いなしに体に衝突を繰り返すのでバランスを保つので精一杯。


 今日ほど自転車で登校したのを悔いた日は無いだろう。


 最悪だ、と心の中でごちる。


 どれだけ天気が悪くとも、どれだけ道に雪が積もっていようとも自転車で登校しようとしていた自身の悪い質を直そうと自覚した瞬間であった。


「家に帰ったら風呂入って、昼ご飯食べて、少し寝て、ご飯作って、夜ふかししてねるんだ」


 幸いにして明日は土曜日。


 風邪を引くとは思っていないが、一応身体を気遣いながら過ごそうと計画を立てる。


 合羽の隙間から入り込んだ雨が服に侵食して気持ち悪い。


 既にローファーはビショビショ。


 歩けば水を吸った靴下がぬちゃぬちゃと音を立てるだろう。


 温かい我が家の屋根がチラリと見え、削がれていた気力が少し戻りペダルを漕ぐ脚に力が入る。


 あっという間に数メートルを漕ぎ終えた俺は自転車をいつもの場所へ置き玄関へ向う。


 瞬間、空が激しく発光した。


 中学生の頃、理科の教師が雷で空が光ったのを確認したら何秒後に音が鳴るかで距離を求める事が出来ると言っていた。


 俺は玄関前で立ち止まり空を見上げる。


 ゴロゴロゴロ。


 雷の音。


 轟く天の雷鳴。


 興奮しないはずがない。


「落雷の瞬間、見れたりしないかな」


 昔、雷が酷く鳴り響いていたある日。


 俺は母に連れられ、車で田んぼ道へ移動し車窓から雷の観測をした事がある。


 光の槍が幾つにも枝分かれし暗闇で染まった空を切り裂くあの瞬間は、高校生になった今でも鮮明に思い出すことが出来る。


 母は雷の音を聞くといつも楽しそうに笑う。


 俺も同じく、雷の音を聞くと気分が高揚する。


 似た者同士な親子。


 今顔を見れば母と似たような顔で笑っているのだろうか。


 玄関を開けて荷物を降ろすと、再度外へ出て空を見上げまた雷が落ちないかと期待を込めて静かに佇む。


 ピカリ、と空が輝き数秒後に音が鳴る。


 楽しい。


 流石に体が冷えてきているのであと五分くらいしたら家に入ろうか。


 それまではここで軽く歩きながら空を見上げていよう。


 またピカリと重たい色をした雲に一瞬光が宿り、胸を心地よく揺らす。


 ピカッ、ゴロゴロゴロ!


 ついに雷鳴と雷光が同時に鳴り出した。


 先程とは違い耳を劈く激しい音に一瞬驚き身をすくめてしまうが恐怖などはなく、寧ろ興奮が増して止まなかった。


「雷、お好きなんですか?」


 急に隣から声を掛けられた。


 顔を向ければ傘をさした背の低い着物姿の女性が、俺と同じ様に空を見上げていた。


 華奢な体型に腰まで届きそうな長い髪、薄い顔付きだが綺麗に整っており、日本の美人さんといったところか。


 身に纏う和服がまたその可憐な雰囲気を醸し出している。


 いつからそこに立っていたのかと疑問に思いつつ、俺も声をかける。


「こんにちは」


 挨拶をすると女性は視線を合わせニコリと笑顔を向け、鈴を転がすような声で挨拶を返してきた。


「母が無類の雷好きで、雷が鳴るたび一緒に外へ出ている内にいつの間にか好きになってました」


「それは喜ばしい事ですね」


「お姉さんも雷が好きなんですか?」


「まぁ!私、お姉さんって言われたのは初めてです!」


 お姉さんという言葉が嬉しかったのか、女性は片手で口を隠しながら声を抑えるようにしてコロコロ笑う。


「ふふっ、年齢だけで言えばとてもお婆ちゃんなんですけど、雷太さんは特別にお姉さんと呼ぶことを許しましょう!」


「それはどうも……ん?何で俺の名前を?」


 唐突に名前を呼ばれつい疑問を口に出してしまった。


 何処かで会ったことがあるのだろうか?


 こんな美人さんと面識があるだなんて、友人達に言えば皆羨むだろうな。


 すると、女性は優しく俺の腕に絡みつく。


「わっ、え、ちょっと」


「雷太さん、少しだけお時間頂戴いたしますね」


「俺、こ、心の準備がまだっ……!?」


 思春期な心を全開にしどろもどろに細やかな抵抗を行う刹那。


 俺は雷鳴と共に女性に腕を捕まれ空を飛んでいた。


「はっ、え!?」


 下に見えるは自分の住む街。


 住宅街を網羅する道路を彩る傘を差した人々を、上から見下ろしている。


「ちょっとビリッとしますが気にしないで下さいね」


 上からはあの女性の声。


 見上げれば片腕で俺を持ち上げている。


 見た目に合わず膂力が凄い。


 いや、現状を鑑みれば人の身とかけ離れていると思うべきだ。


 明らかに混乱している。


 女性は空いているもう片方の腕を上げ雲へ向かって何かを口遊む。


「な、何をして……!?」


 瞬間、視界が光に包まれた。


 次に感じたのは全身に走る痛み。


 電流がビリビリとなるジョークグッズに似た感覚が全身を巡る。


「只今戻りました」


「おう、そいつが?」


「はい、この方が雷太さんです」


 痛みで身を縮めている俺の耳に入ってくる会話。


 声の主はあの女性と、もう一人男性の声が聞こえる。


 俺は誘拐されたのか?


 押し寄せる後悔と共に自身が拐われた理由を探すが何も思い浮かばない。


「おい、いつまで蹲ってるんだ。起きて顔を見せろ」


 粗野な言葉遣いに多少の苛立ちを覚えながら、体を起こす。


 いつの間にか感じていた痛みも抜け、多少の違和感はあるものの走って逃げるくらいは出来そうだ。


 警戒心を上げながらゆっくりと声のする方へ顔を合わせる。


 そして目に映る男の姿に絶句した。


「はっ、全く似てねぇな」


「そうでしょうか?私は眉毛とか鼻などが結構似ていると思っていますよ」


「そうか?似てても頭の形くらいだろ」


「ふふっ、よく見ていますね?」


「チッ……おい、おい?」


「あら、雷太さん?」


 女性が放心する俺の前に立ち、目の前で手を振る。


「……あなた、もしかして雷の出力調整を間違えました?」


「んなわけ無いだろ!」


「でしたら何故雷太さんは動かないのですか!体に雷が残っているのではないですか?」


「そんなはずは……あっ!」


「あってなんですか!あって!まさか本当に出力を間違えて雷太さんを運んだんですか!?」


「ち、違う!確かにちょっと雷が残ってるが動けなくなる程じゃねぇって!」


「血を引いているとはいえあなたの雷に耐えられるほど人の身は強くないのですよ!」


 口論を始める二人をよそに、俺は時間を掛けて放心状態から脱する為に混乱する脳を整理する。


 放心して動けなくなるだけの理由がそこにはあった。


 体を起こして男と顔を合わせるまでは良かった。


 祭壇の様な場所の中央に置かれた荘厳な椅子に座る男性と、その傍に佇むあの女性を視界に収めるまではまだ正気でいられた。


 だが、男性の様相に脳が耐えられなかった。


 鬼のような顔に、屈強な肉体を見せびらかす様な服。


 だが、体表からはビリビリと稲妻が宿り、髪の先からは小さな雷光がバチバチと発せられている姿に本能から人間ではないと悟ったのだ。


 人間、容量を超えると一度全てを放棄してリセットしてしまうのだと身を持って知る事が出来た。


「お、おい雷太!黙ってないで何か言え!」


「喋れない状況にしておいて何か言えとはなんですか!?」


「つ、抓るな!ら、雷太……助けてくれ」


 だんだん頭も落ち着き冷静に会話も出来る筈だが、少し、もう少しだけ黙っていようと思う。


 誘拐されたことに間違いは無いが、慌てふためくこの方達を見る限り邪険に扱われることはないだろうとして、現状を受け入れる事にした。


 俺はどうなるのか。


 神のみぞ知る。

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