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万屋とこしえ  作者: もどき
始まりの縁
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 彼が男性の話を聞いている。


「へぇー!エデンさんって冒険者だったんですね!ハル、冒険者だってよ!ハルがなりたかった冒険者!」


「そうですね」


「すごいなー!“こっち”には冒険者なんていないから見る度に嬉しくなっちゃうよ!」


「そうか、まぁ……今じゃ腕を失くした只の足手まといだけどな」


 そう、エデンという名の男性は右前腕半ばから先が義手であった。


 手袋を外し、袖を捲くって見えたのは開きかけの手が模られた木製の義手。


 茶を出す際に右手側に持ち手を向けたのが悔やまれる。


 わたしは伯爵令嬢、隻腕の者を瞬時に判別出来ずにどうする。


 隻腕である情報を引き出した彼の話術が少し羨ましく思ってしまう。


「怪我をして、腕を失って、流石に冒険者を続けるのも難しいから田舎にでも籠もろうと思ってな」


 男性は目を細めながら義手をさする。


「田舎へ移動している最中に狼に襲われて、逃げた先に立派な門が見えてな。ここで死ぬくらいなら門を盾に上手いこと立ち回ってやろうとしたら、転移魔法で店の前に飛ばされて……命を繋いだってわけだ」


「そうだったんですね」


「右腕があれば狼一匹程度簡単に捌けたんだろうが……流石に、今の俺には難しかったようだ」


 男性は苦く笑った。


 きっと、悔しいのだろう。


 少し前まで出来ていた事が出来なくなる。


 今まで培ってきた経験が崩れ去り、残っているのは釣り合いの取れなくなった心と体。


 動きたくとも体がそれに追いついてこず、今までの自分が、理想へとなり消える。


 わたしだったら、何も出来なくなってしまいそうだ。


「エデンさん、ここがどんな店かというのは聞きました?」


「なんでも屋だろ?」


「はい、客の願いを聞いてそれを叶えるお店です」


「それがどうしたんだ?」


「エデンさんの願いを叶えようかな、と思いまして」


 どうやら彼はこの隻腕の男性と縁を結ぶと決めたらしい。


 わたしも、この男性はそれに値すると思う。


「願いか……正直、俺はまた剣を振りたい」


「はい」


「だが、冒険者を辞めた時点で俺は失くした腕とこの義手を受け入れている」


 腕を失った時、まだ冒険者であった男性がどんな思いをしたのかは知らない。


 けど、足掻いて藻掻いた結果が今目の前に座る男性である。


 男性は既に過去と向き合い、未来へ向けて歩き出していた。


「剣なんて、慣れていないだけで時間をかければ左手でも振れる。右腕の義手を上手いこと使いながらなんとか強くなる……それが今の願い、というより夢だな」


 先程の苦い笑顔を浮かべていた人とは別人のようだった。


 隻腕である事を受け入れた上で、強くなろうとする。


 慣れていない左と不自由な義手を活かし独自の剣技を身に付ける。


 言葉では簡単だが、実際は困難の道。


 人間とは出来ないと知ればすぐ諦め別の道を歩もうとする。


 だが、この男性は出来ることを積み重ね最終的に理想の自分へ少しでも近付こうとしている。


 その姿は貴族であるわたしから見ても高潔で誇り高いものに思えた。


「いいですね、とても素敵な願いです。ならばエデンさんのその願い、万屋とこしえが叶ましょう」


 彼は立ち上がり男性に頭を軽く下げると、小走りに部屋の出る。


「……あいつ、急にどうしたんだ?願いを叶えるって、修練の場でも用意してくれるのか?」


「店長が何をするのかわたしにも分かりませんが……きっと、あなたにとって良い事であるのは間違い無いです」


「お嬢ちゃんでも分からないのか。なんだ、振りやすい剣でも置いてるのかね?」


「蔵に色々な物が置いてあったので、剣なんかは普通にありそうですね」


 男性はふと自分の義手へ視線を落としました。


 色々と話をされてはいたが、不安が無い訳じゃないのかも知れない。


 ここに来る時だって狼に襲われ命からがら門に飛び込んできた形だ。


 男性が目指す理想への道のりはとても長い。


 少しだけ、ほんの少しだけ、応援してあげたいと感じる。


「お待たせしました」


 戻ってきた彼の手には、わたしや男性が想像した剣は無かった。


「店長、それなんですか?」


 彼は小さな箱を手に持っていた。


 彼が持つ箱が気になって仕方がないわたしは箱の中身を訊ねてしまいましたが、彼は笑顔で箱を開け私達に中を見せてくれます。


 蓋を開けると、綿と白い何かの欠片が入っている。


「これはねハル、人の骨なんだ」


 彼はこれを人の骨だという。


 ちょっとだけ鳥肌が立つ。


 わたしは冒険者を目指していただけあって血や臓物、骨などの生々しい物はある程度見慣れている。


 見慣れているのだが、これは少し違う気味の悪さを感じる。


 実際、この箱が部屋に持ち込まれた時から部屋の温度が下がったような……そうでないような。


「おいおいおい、人骨って……この店はそんなものを売ってるのか?」


「流石に売ってませんよ」


「ならこの骨は何だよ。俺や嬢ちゃんをビビらすために持ってきたのか?」


 男性は彼を訝しむ。


 実際、わたしも男性の願いと骨の関係を見出だせていない。


 なんだろう、骨をアクセサリーにでもしてお守りにでもするのだろうか?


 わたしだったら要らない。


 いくら彼から貰える物だとしても少し、いやちょっとだけ……やっぱり全力で遠慮する。


「これはとある義肢装具士の骨です。部位的には前腕の辺り」


「義肢装具士?」


「こちらでは義肢を作る専門家のことを指します。義手技師と呼んだり、義手職人と呼んだりしていましたが、今は専ら義手装具士です」


「あー、この腕を作った奴も同じ様な呼ばれ方をしてたかもな。んで、それをどうするんだ?俺が失くした部位と同じ様な場所の骨らしいが」


「これを今からエデンさんの義手と混ぜ、新しい義手として作り直します」


「骨と義手を混ぜて、作り直す……?」


 どういう事だろう?


 始まりから終わりまで全く想像できない。


「この骨には意思が宿っています。義肢装具士の、義肢で体の一部を失った人を助けたいという願いが死してなお宿り続けている」


「それを俺の義手に混ぜると、どうなるのさ。正直おっかなくて堪らん」


「どうなるかはこの骨と、エデンさん次第ですね……でも、この骨はあなたの願いに応えてくれるはずです」


「うーん……」


 彼はじっと男性を見つめました。


 ここは言葉だけでは理解出来ない事が多い不思議な店。


 全てを把握している訳では無いが、悪い事にはならないと思う。


 何故か?


 おとぎ話に出てくる神の気まぐれに失敗はなく、導かれた者は必ず何かを成す。


 この男性もきっと、そのおとぎ話に出てくる人物の一人。


 なら、わたしは彼を信じて男性の背中を押すとしましょう。


 これでもわたしは伯爵令嬢。


 迷える人の心を導けなくて何が貴族か。


 という訳で、私は男性の義手をカポッと外す。


 男性の腕を傷付けないよう丁寧に取り外す……まさに匠の技。


 これでもわたしは冒険者志望。


 懐に入り込み物を取るなど造作もないです。


「なっ!?」


 咄嗟の出来事で男性は声が出ない様子。


 わたしは彼に男性から剥ぎ取った義手を差し出すと、彼は自身の目を覆って天を仰ぐ。


「あー、すみませんエデンさん」


「い、いや、大丈夫だ……凄いな嬢ちゃん、全然見えなかったぞ」


「ハル、人の義手を勝手に取っちゃ駄目だ」


「この人の背中を押すためにやったんです。知っていますか?冒険者って優柔不断なやつから死んでいくんですよ?」


 男性からは褒められ、彼からは叱られた。


 何故、そこまで呆れられなければいけないのか分からない。


 わたしは彼と男性の為にやっただけです。


 どうぞ、わたしの善意を受け取って下さい。


 ……嘘です。


 早くこの男性を帰らせて彼と二人きりのおやつタイムを過ごしたかっただけです。


 邪魔とまでは言いませんが、帰ってほしいなと、そう思っただけです。

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