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万屋とこしえ  作者: もどき
影の縁
37/146

9

 開かれた門の一寸先は真っ暗闇な空間でした。


 彼と共に一歩踏み入れば冷たい空気と閉塞された空間特有の圧迫感が全身を包み込む。


 後ろに立つ青年と男性はまだ門への興味が引けないのか立ち入ろうとする素振りすら見せない。


 わたしは手に持つ明かりの灯ったランタンを強く握り締め周囲の状況を伺う。


「ここは洞窟でしょうか?」


「壁からして地下っぽいけど、どうなんだろうね」


 門の裏を見れば不自然に土の塊が道を塞いでいた。


 恐らく魔術を使って閉ざしたのだろう。


 だが、彼曰くここは青年が使っていた研究所。


 何故その研究所へ至る道が塞がれているのかと首を傾げてしまう。


「それにしても店長、どうしてロイドさんをここに連れてきたんですか?縁が見えないとか言ってすごく渋ってたじゃないですか」


「店に来たときは見えなかったから連れていける場所も無かったんだけど、エンゲルさんのお墓とエルゲルさんに会ったことで切れかけていた縁が浮かんできたんだ」


「でもここはロイドさんが使っていた研究所ですよ?研究者と研究所、切っても切れない縁が有ると思うのですが」


「そこが、ロイドさんの厄介なところさ」


 ボソリと言葉を漏らす彼。


 青年が来店した時から一貫して厄介事と認識し慎重な対応を続けている。


 その理由も、眼の前にある扉を開ければ判明するのだろうか。


「門に転移魔術を施しもう一つの門へ繋ぐ事なら理解出来るのだが、門を呼び出し好きな場所へ転移する構造がさっぱり分からない」


「神の落とし物とは言い得て妙ですね。人の業とは思えない」


「お父さん!ロイドさん!お姉さん達もう進んでるよ!」


「はっ!?余りにも理解の及ばない技術につい見惚れていた!」


「ルナ、ちゃんとルエリの言うことを聞くんだぞ!ルエリ、直ぐに戻ると思うが留守の間ルナを頼む」


「えぇ、気を付けてね」


「行ってらっしゃい。ロイドさん、お気を付けて」


「えぇ、行ってきます」


 後で門に足を止めていた二人だが、ようやく門を潜るようだ。


 振り返れば意を決した様子で踏み出す男性と流石に慣れた様子の青年。


 少女もこっそり後を付け進もうとしましたが、その瞬間扉が閉まり彼女を締め出す。


 地下ということ外から入る空気が遮断されれば息苦しくなりそうだが、元々この空間で研究を行っていたという事は何処かに空気口があるのだろうか。


 危うくなったらすぐにでも彼を頼れるように傍に立ち続けましょう。


 門が閉まったので外からの光が絶えランタン以外の光は無い。


 すると男性がじゃらじゃらと音を鳴らして背負っている大きなバッグから何かを取り出そうとしている。


 男性はそれは大きなバッグを背負い、様々な小物がぶら下げられている。


 わたし、あの少しゴチャっとした物の塊は結構好きです。


 これでもわたしは冒険者を志望していたので機能美や見た目の美しさを兼ねた鞄やベルト、鎧やローブを多く見てきました。


 ですが、しっくりくるのは常にシンプルな物で、そこへ自分なりに使いやすくするための工夫を付け加えたり、細やかなアクセサリーや機能を追加したりと、個人個人の趣向が凝らされた物が一番に惹かれる。


 下げられた小物たちがじゃらじゃらと音を鳴らしてしまうのはあまり良くありませんが、それでもいいバッグを背負っているとわたしは評価します。


 男性はわたしの持つランタンと同じくらいの道具を取り出すと、一瞬にして周囲を照らし暗闇を晴らした。


 いい魔道具を持っていますね。


「ここが、祖父の研究所ですか」


「道が塞がれている……一体誰が埋めたのか」


「ロイドさん、あの扉がそうですか?」


「あぁ、今開けよう」


「わたしに開けさせてください」


「構いませんよ」


 了承を得た男性は鍵を取り出し鍵穴へ差し込む。


 カチャ、と解錠された音が閉ざされた空間に響く。


 鈍い音を立ててゆっくりと開かれた扉の奥には再度暗闇。


 カビの香りに研究所独特の土混じりの魔石と薬品が混じって僅かに気分が高揚する。


 部屋の端で壁に沿うように置かれた机と椅子、そして大きめの棚。


 中央には大きな机があり、男性の照明とわたしのランタンで照らしてみると無造作に紙の数々が机の上から床にまで散らばっている。


 見る限り質も良い紙では無い様だ。


「やっと、戻ってきた……」


 青年は照らされた光で主張をより強くした影の中で呟く。


 表情は変わらないが、どこか悲しそうに感じる。


 散らばった紙を拾い上げ、軽く纏めると机に戻す。


 わたし達も加わり軽く清掃を行う。


「ここが僕に使っていた机です。そして反対側にあるのがエンゲルの使っていた机が昨日の事の様に思え、る」


 視線の先で机を撫で文房具や欠けた魔石に軽く触れた所で突然目を見開き言葉を詰める青年。


 暗がりではあるがわたしは夜目が効くよう訓練し慣らしているのでよく見えます。


 青年は今、確かに何かに驚愕している。


「この場所はどうして閉じられていたのでしょう?ロイドさんの言う通り敵派閥によるものだったのでしょうか」


 男性が青年へ問う。


 照明器具から放たれた光源が青年の顔に陰を作る。


「僕はあの日、ここで一人転移魔術の研究を行っていました。物と物を移動させる魔術の回路は既に出来上がっていて、あとはどれだけ規模を大きく出来るのか実験を重ねる段階でした」


 コツコツと音を立てて部屋の壁に軽く触れながら照明の届かない場所へ移動し、また過去の話、青年にとっては少し前であろう話を始めた。


「突然、扉が開かれたと思えば閃光の魔術で視界を奪われ意識を失い、気が付けば見知らぬ土地に居た……と、思っていました」


「ロイドさん?」


 突如、研究所内がガタガタと大きく震えだすのを感じた。


 この魔力の乱れからくるピリピリとした空気感は知っている。


 “魔術の暴走”だ。


「ロイドさん!?大丈夫ですか?」


 反対側の机を漁っていた男性が青年へ駆け寄り体に触れる。


 わたしは青年に異変が生じた辺りから彼の背に隠されているので自ら動いたりはしない。


「思い出した、思い出した……思い出した!」


 青年が叫ぶ。


 暴走の切っ掛けは様々でがあるが、何かの拍子に魔力を制御する蓋が壊れ溢れ出した魔力が精霊を通して空間を歪める現象。


 これは感情に起因し、子供は多い頻度で暴走し成長するにつれて感情のコントロールに長ける事で暴走を抑えられる様になる。


 暴走した場合でも周囲にいる人間が壊れた魔術の蓋を閉じるように魔力の流れに干渉することで抑えることが可能。


 大人でも魔力の暴走を起こす事はあるが、短時間に極めて強い負荷を与えでもしない限り滅多に暴走はしない。


 暴走という言葉から危険な様にも思えるが、人の長い歴史を経て暴走は成長の一端、辿るべき過程となるまで親しみ深いものとなっている。


 そして、起こる現象は人の数あり様々。


 魔力と精霊にもよるが、大まかに説明すれば地面を揺らしたり、草木を暴れさせたり、局所的に雨風を起こしたり、竈やランプの火を強く吹かしたり。


 周囲にある物質と、暴走を起こした本人の素質によって内容は変化する。


 今起きている現象は恐らく風を震わせていると思われる。


「なぜ、忘れていたのだろう。僕は……」


 男性に暴走した魔術の蓋を閉じてもらい落ち着いたのか青年は、よろよろと覚束ない足取りで本が詰められた棚へ近付き、震えながらに手を掛ける。


 震える腕に力を込め、キュッと筋が浮かび上がったのと同時に棚を一気に横へ動かした。


「これは、隠し扉?」


 男性が驚きながらも棚の裏から現れた扉に照明を当て隅々を照らす。


 青年はその隠し扉に手を掛けゆっくりと開く。


「僕は、ここで」


 開かれた隠し扉の中は小さな空間に大きめな魔道具。


 そして、その大きな魔道具にもたれ掛かるように背を預けている小さな人影がひとつ。


 男性はすかさず手に持つその照明で灯す。


「こ、これは!?」


 声を上げるの男性。


「店長、見えますか?」


「ハルは見ないほうがいいかもね」


「残念ですがもう見ちゃってます」


 人影の正体はボロボロの服を纏った骸。


 胴体の殆どに穴の空け、黒く変色した染みが全体を酷く鮮やかに彩る服を纏ったボロボロの骸。


 明かりに照らされて居ても、影の出来ないズタボロの骸。


 青年が額に筋を浮べ、怒気を込めた声色で静かに言った。


「僕はあの日、殺されたんだ……エンゲルに」


 彼が青年と関わりを持ちたがらなかった理由が判明し、わたしは体中から血の気が引いていくのが分かりました。


 わたし達は今まで、影を失った生者ではなく、体を失った死者と過ごしていた。


 青年が探していたのは体と切り離された影ではなく、自身の体だったのだ。

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