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万屋とこしえ  作者: もどき
影の縁
32/146

4

 青年はロイドと名乗った。


 魔術の研究をしていたらしいのだが陰謀に巻き込まれ、気が付けば見知らぬ土地に一人立たされていたという。


「僕は友人と共に転移の魔術について研究していたんだが……どうやら他の派閥に陥れられたらしい。ここに来る途中の大きな街でチラホラ転移術を用いた小さな魔道具を散見した。僕の研究が……盗まれたんだ」


 近くにあった村の人から人へ土地の話を聞きまわり現在位置を把握したところで故郷へ、そして働いていた研究所へ向かう三段を建て外へ出たのだ。


 だが、自身の身を削ってまで力を注いでいた研究の成果が、自身と関わり無い形で世に広まっていた。


「流石に、耐え難い屈辱だった。多少は荒れもしたが直ぐ頭を切り替えて研究所へ向う計画を立てたのだが……」


「影が無かったと?」


「あぁ、次の街に入った途端奇怪な目を向けられて何事かと思っていたら衛兵に異形の物として追い出された」


「初めに立ち寄った村で取られたのでしょうか?」


「僕もそう思い引き返してみたのだが、村らしきものは見当たらなかった。立ち寄って話も聞いたのに……狐に摘まれた気分だ」


 結局、何故影が無いのかは分からないままとのこと。


「まぁ、影が無くとも太陽の元を歩けない訳じゃ無いし特にコレといった弊害がある訳でもない。だから僕は目立たないよう日陰に潜みながら研究所へ向かうことにした」


 影に潜むとしても木陰の中で虚ろな表情をしながらただ立ち続けるのもどうかと思うが、それもきっと気丈に振る舞い苦労している部分が漏れ出た瞬間なのだろう。


 人目を避けて行動するというのは常に過度な緊張状態を維持する事になる。


 わたしはこれでも伯爵令嬢ですが、マリーからそういった動きは一通り教わっています。


 あれは耐え難いものです。


 訓練の後にはよく甘いお菓子をお腹に詰め込んでいまいた。


「そして、旅の途中でおかしな門を見つけた」


 なるほど。


 人に陥れられ、更には影を失った一人の青年。


 人を嫌いになる前にこの店を見つけられたのは僥倖。


 やはり神は常に私達を見守り、そして迷える者達を導いているのですね。


「それで店主。僕の影を見付けることは可能か?」


 青年の問いかけに彼は腕を組んで少し唸る。


 彼は青年を変なモノと呼んだ。


 それはきっと影を持たぬ人間だから、それでも嫌がる程なのかと思わざるを得ない。


 頑なに縁を持とうとせず、対価の話さえ一度出したきり。


 彼は店に来る客を邪険に扱ったりはしないので相応の理由が有るはずなのだが……わたしには分からない。


「正直に話せば、影を探すのは難しいかと」


「何故だ?対価を払えば願いを叶てくれるのだろう?」


「理由は様々ですが、あなたの持つ縁の殆どが切れてしまっている」


「縁?切れている?」


「生きる人は必ず何かと繋がりを持ちます。ですが今の貴方にはその繋がりが無い」


「意味が分からない。店主の言葉を素直に受け止めるのならば今の僕は死人に近しい存在ではないか?」


「そこまでは言っていません。ですがロイドさんの影を探すのは無理に等しいのが事実であり、私にあなたの影を探す力は無い」


 店長の言葉にわたしと青年は瞠目する。


 あの店長にも出来ない事があるのかと、失望とは違う、安堵や親近感の様な何とも言い難い感情に包まれた。


 青年は顔を俯かせふるふると震える。


 拳を血が出そうな程強くで握り込んでいるので心配になる。


 青年は静かに立ち上がると。


「失礼する」


 そう言ってこの場を去ろうとした。


 願いを叶える店で、願いを叶えられないと言われた。


 期待に応えるどころか、青年を傷つけた。


 こちらは対価を要求していないのでまだ騙すとか、そういった詐欺行為には発展していないが青年からすれば落胆どころの話では無いのかも知れない。


「……ロイドさんの影は探せませんが」


 店を出ようとした青年を彼は引き止め。


「ロイドさんの友人の元にお連れする事は出来ます」


 別の形で願いを叶えようと、小さな歩み寄りを始めた。


 彼の、縁を拒んでおきながらも相手を捨てず拾い上げてしまう天邪鬼な部分。


 店を営む人間として利害や損得を鑑みた判断が出来ないところ、わたしは大好きです。

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