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万屋とこしえ  作者: もどき
始まりの縁
3/146

3

 わたしが出勤すると、正装で身を包んだ彼が出迎えてくれました。


「店長、おはようございます。正装なんて珍しいですね」


「おはようハル。今日は客が来る日だからちゃんとした格好をしてるんだ」


 彼の今の格好を見る。


 それはスーツと呼ばれる彼の一張羅。


 この服を着込むときは大抵大きな商談があるとき。


 よく見ればいつもは残している髭も綺麗サッパリ剃りきっている。


 と思いきや、よく見れば軽く剃り残しがある。


 相変わらず少し抜けているなと思う。


 わたしは素晴らしい令嬢なので彼に優しく剃り残された髭を指摘。


「店長、ここに剃り残しがありますよ?」


「え、本当?ちょっと剃り直してくる」


 彼は顎を撫でながら洗面台へ向かう。


 わたしが剃ってあげてもいいけれど、人の髭を剃ったことなんて無いのでここは退いておく。


 いつか、彼の髭を剃ってあげたい気持ちがあったりなかったり……あったり。


 湧いて出た邪な気持ちを抑えながら、従業員用の部屋へ移動する。


 ロッカーと呼ばれる灰色の入れ物を開けると水色のエプロンが二つ、コートを脱ぎエプロンと入れ替えるようにハンガーへ掛ける。


 エプロンを首に掛けて腰の紐を軽く結ぶ。


 ベルトに付いているポーチや短剣はそのまま、最低限の自衛は出来るようにしておく。


 “あっち”のお客さんが来たときは皆ビックリすることが多けど、“こっち”のお客さんを相手にするときは備えるに越したことない。


 怖いのは何よりも人なんです。


「ハルー、開店準備するよー」


「はーい!すぐ行きまーす!」


 呼ばれたのでササッと不要な荷物をロッカーに押し込み従業員用の部屋を出る。


 今日も一日頑張って働こう!


 そして美味しいおやつをいただこう!





 その人は昼前にお店にやってきた。


 店の扉を荒々しく開け放ち、肩で息をするようにしてこちらへ駆け寄ってくる一人の男性。


 わたしは咄嗟に腰に付けている短剣に触れる。


 彼はいま買い出しのため外に出ている。


 ここはわたし一人でなんとかしなければならない。


 見た目からして彼と同じくらいの年齢だろうか?


 だが、彼は自称不老の呪いを受けているらしいので、肉体年齢が近いと判断するべきか。


 そんな事を考えていると、男性は息を切らしながらわたしに助けを求めてきた。


「お、驚かせてしまってすまない。旅の途中で狼に襲われて、逃げた先に門を見つけたので飛び込んでみたら転移魔法が組まれた門だったらしくここに来てしまったんだ。どうか、狼が去るまでの間休ませてくれないか?」


 わたしが瞬時にこの男性は彼の言う客だと理解した。


 この店の前には立派な門が建てられており、彼曰く“転移の魔法”と“神のいたずら”が掛けられているという。


 目の前に立つ男性はきっと、神のいたずらによってこの店に、彼の元に導かれた。


 母は曰く、ここは縁を結び、縁を切る場所。


 男性は今、店と縁を結んだ。


 この店に来るには神の導きが必要不可欠、ならわたしは目の前に立つ男性を受け入れよう。


 彼との縁を結ばせてあげよう。


「あぁ、それはそれは、どうぞゆっくり休んでいってください」


「あぁ、助かる」


「一息つくついでにお茶でも飲みますか?」


「いいのか?」


「はい、これに座って待っていてください」


 男性に椅子を出しカウンター前に置く。


 間違ってもわたしと彼がおやつを食べる部屋に案内したりなんかしない。


 理由はナイショ。


 秘密です。


「ここは、雑貨屋か?」


「ここは“万屋とこしえ”というお店です」


「よろずや?」


「なんでも屋、とか多くの物が揃っている、という意味らしいですよ?」


 ポット、という機械から手に持つカップ目掛けお湯を出しながらわたしは考える。


 この店は願う者しか入ることの出来ない不思議な店。


 男性は、何を願い、何を想い、門を潜って来たのだろうか。


「異国の言葉、か……そんな場所まで転移してきたんだな俺は。しかし、何故言葉が通じるんだ?」


「店の敷地内は特殊な結界で包まれているのでどんな言語も通じると言ってました」


「なるほど、念話系統の結界で会話を可能にしているのか」


 男性の前に紅茶の入ったカップを置くと、礼儀作法など知らないと言ってきた。


 きっと、見た目の良いカップのせいで萎縮してしまったのだろう。


 礼儀など気にしないでと告げると、男性はズズズと音を立てながら紅茶を飲んだ。


「さっきの口ぶりからするに、あなたが店主ではないのか?」


「はい、わたしはただの従業員で店長はいま外へ出ています」


「そうか……いきなり飛び込んできて済まなかったな。怖がらせた」


「いえいえ、この店の従業員たる者、常に冷静沈着を心がけていますので平気です!」


 拳を腰に当て胸を張ってやる。


 わたしは強いんだぞと男性に主張しているのだ。


「そう言ってもらえると助かる。店主はいつ戻ってくるんだ?流石に挨拶くらいはしておきたい」


「多分もうすぐ帰ってくると思うんですけど……」


「ただいまー。ハル、帰ったよー」


 店の扉が開き、彼は今朝に見た正装姿のまま入ってくる。


 扉を閉めるとわたしと男性を認識して目を丸くする。


 男性は何に驚いているのだろう。


 見慣れない服装か、それとも若い見た目か。


 それとも店を含めた全部か。


「帰ってきたみたいです」


「ハハッ、どうやらそのようだな」


「えっと……こんにちは?」


 彼は少しドギマギしながら、男性へ向けて挨拶の言葉を掛ける。


 本当に、おかしい人。

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