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万屋とこしえ  作者: もどき
狭間の縁
24/146

6

 ここ数日マイと寝食を共にして気付いた事なのだが、彼女は食事の前に必ず自分の国の言葉で「いただきます」と言いながら合掌する。


 わたしはその姿に既視感を覚えていた。


 理由は単純で、その仕草が彼を連想させるからだ。


 マイに住んでいた国の話を聞くとそれはもう文化や思想の発展した国だそうで、何でも貴族といった身分の階級制度が無いらしい。


 人類皆平等で、その中でも人一倍優秀な人物達が束となり人々を導いていく社会だという。


 王政が残っている国も存在するとの事だが、それも僅かだとか。


「お嬢様、あそこに塔の先端がヒョコッと見えるじゃないですか。アレが目的地となるルイエザの街です」


 そんな話をしていると街の一端が見え始めてきた。


「歩いてみればあっという間、そこまで遠く無くて良かった……早く宿のベッドで寝たいわ」


「明日には着きましょう。もうひと踏ん張りですよ」


「はっはっはっ、やはり高貴な身分の者に野宿は辛かったか。楽しんでいる様にも見えたがな?」


 老人がわたしをからかう。


「流石に、温かい湯に浸かりたいです」


「身体の汚れも落としませんといけません」


 マリーが手をワキワキさせながらわたしの意見に賛成だと言う。


 今のわたし、どれだけ汚れているのだろうか……。 


「後、お嬢様の下半身がこれ以上ムキムキにならずに済んで嬉しいです」


「マリー!変な事を言わないで頂戴!」


 別にわたしの脚はムキムキじゃないわよ!と怒って見せる。


 どれもこれもあの魔獣が悪い!


 魔獣に埋め込まれていたという鉄輪は老人が持っていますが、今すぐ借りて粉微塵にまで破壊してやりたい。


 すると、


「きゃっ!?ま、マイ!?」


「いい脚」


 マイがわたしの脚をガッチリ掴んだ後、マイが笑顔満点ぜそう言い放ちました。


 行動を共にしてから分かったのですが、マイは筋肉が好きな様です。


 ですが、勝手に人の脚に触るなどわたしが相手でなければ大変な事になっていただろう。


 本当に。


 これでもわたしは伯爵令嬢。


 マイの世界では薄い身分という武器は、想像以上に鋭いのです。


「水場も見えるのでここを最後の野営地と致しましょう。マリー、テントは任せるから俺は水を汲んで……人が来る」


 ケビンが警戒心を顕とし、わたしとマリーに緊張が走る。


 老人はわたし達を見て周囲へ警戒の目を向けるが、ケビンの索敵範囲に及ばず不思議そうな顔を浮かべている。


 マイは鼻歌を奏でながらテントを張る場所の小石を避けている。


 実にマイペース。


「お嬢様、一度隠すから俺の影に触れてくれ。サイ殿とマイちゃんもだ。マリーは俺と一緒に偵察」


「マイ、隠れるわよ」


「ん?ご、ごめんなさい?」


 小石片手に何故か謝罪の言葉を口にするマイ。


 何も起こってないから、早くその小石を離して隠れる準備をしましょう。


 わたしはマイに近付いてそそくさと付近に落ちている荷物を持ち上げると、マイを連れケビンの影を踏みに行く。


「待て待て、儂には何が起こっているのかさっぱりなのだが?」


「サイ殿、俺達はルイエザへ向かう本道から逸れた道を歩いてきた。けどたった今、本道で何台かの馬車が止まり中から数名が出てきて、真っ直ぐこちらへ向けて歩いてきてる」


「真っ直ぐこっちに!?何故!?」


「それを探るために隠れていただきたいのです」


「我々はメイドと御者という役職の他に隠密としての役割も持ち合わせています。どうか、ケビンの指示に従っていただきたい」


 マリーがいつも通り体中に隠し持っている短剣を構え、ケビンが警戒する方角を睨みながら素性を端的に説明した。


「それではお嬢様、影の中でどうぞごゆっくり」


「気を付けて偵察をお願いねケビン、マリー」


「畏まりました」


「マイ、サイ様、彼らの為にも早く隠れましょう」


「あ、あぁ……影を踏めばいいのだな?」


 わたしが影を踏み、老人もそれに倣い影を踏む。


 そして老人は脇に立つマイに指示を与え三人はケビンの影に触れた。


「それでは、暫くの間はわたしの影の中でお過ごしください。お掃除とかしてもらえると助かります」


「貴方、お嬢様に何て事を言っているのかしら?だから定期的に私に見せろとあれ程言っているのに!」


「お、落ち着けマリー!お嬢様、それでは失礼しますね!」


 マリーがケビンへ怒りの矛先を向けた瞬間、ケビンは逃げるようにわたし達を影の中へ隠した。


 ケビンの影の中は暗く、けれど視界が通る不気味な空間。


 小さな頃はよくお仕置き部屋として入れられていた。


 だが、その不気味さも過去の話。


 何故ならば、


「おぉ!」


「凄いな……これは」


「ふふっ、相変わらず物を捨てられず溜め込む性格の様ですね」


 有り余るラクタの山が、暗闇の中で己の存在を主張しているからだ。


 わたしはこれでも伯爵令嬢という身分でありますので、掃除等は程遠い存在なのですが。


 お仕置き部屋として使われたケビンの影が日が進むに連れて物が増え、耐えきれなくなったわたしが物の整理整頓を始めたところコレがまた楽しく。


 へんてこな魔道具や生活の糧にならない知識書かれた書物など沢山あり、そのせいで全く進まない掃除。


 あの頃のわたしは家族へ悪戯をしては淑女らしくあれと怒られ、ケビンの影に怯えるをフリしてワザと入り込んだりもしていました。


 懐かしいです。


「それにしても、随分と溜め込みましたねぇ……ふふっ、サイ様、マイ、ここには面白い物が沢山置かれているので一緒に見て回りませんか?ついでに掃除でも」


 わたしはそう言って、昔と同じように進まない掃除を行うのであった。







 レインお嬢様を俺の影に避難させた後、俺は木の上でマリーから軽い折檻を受けた。


 マリーは昔からレインお嬢様が好きだから、俺が培ってきた知識を披露すると「余計なことをするな」だとか、「お嬢様を穢すな」と罵声を飛ばし、ついでに拳か短剣を飛ばす。


 そして今回は拳を何回か肩に受けた。


 マリーはメイドだが、元々は暗殺組織に属していただけあってその身体能力と短剣を扱う術、そして隠密行動など、暗殺行動に関わる分野は非常によく優れている。


 女性であれそんな人間から受ける拳は普通に痛い。


「影内の掃除をお嬢様にやらせるなど言語道断。変な言い訳をせず私にやらせればいいのです」


「マリーを影に入れると爆発魔術を仕掛けられそうなぁ」


「して欲しいのですか?」


「勘弁してくれ……」


「だったら、変にはぐらかして逃げること無く私を影の中へ入れて下さい。でなければ貴方の部屋に爆発魔術を仕掛けます」


「なんでそんなに俺の影を見ることに拘るかなぁ……分かった、分かったから。睨むな」


「昔からお嬢様を影に入れては笑顔にして……殺意が湧きます」


「俺は指示された通り、お仕置き部屋を提供していただけなんだがな……来たぞ」


 俺は直様マリーの影を踏み二人揃って影の中へ姿を消す。


 お嬢様を隠した影とは違い、ここは木の影の中なのでレインお嬢様を驚かせたりはしない。


「相変わらず、巫山戯た魔術ですね」


「それはどうも。さて、相手はどちらさんかな」


 我々の位置を確かに把握し追ってきた人物を確かめる為、俺達二人は影の中へを息を潜めた。

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