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「コレが、魔獣の体内に埋め込まれていたというの?」
マリーが手に持つそれはアクセサリーの様な鉄で出来た輪っか。
その内側には呪術と魔術を合わせた謂わば禁忌とされる術が印されており、それを読み解いたマリーは衝撃から瞠目していた。
「禁術……サイ殿はコレを追っているんですね?」
「厳密に言えば儂の友が追っていたが正しい」
「そのご友人は?」
「コイツを残して天に旅立った」
そう言って老人は背に担いだ武器を見せる。
「暁国の武器ですか。珍しいですね」
「いや、友は黄金の国の武器と言っていた。暁国とは関係無いらしい」
「黄金の国?マリー、知ってるか?」
「知りません。聞いた事の無い国ですね」
「儂もだ。それに暁国の武器は切れ味は凄まじいが、刃こぼれが酷く手入れが大変で旅の武器には向かない。だが、友が使っていた間は一度も刃こぼれしていなかった」
「魔剣か、聖剣の類ですか……」
「いや、聖剣は人を選ぶ。恐らくは魔剣だろう」
「魔獣に禁術に、魔剣……ケビンの言う通り面白い話が聞けそうね」
「儂のつまらぬ話が旅の暇潰しになってくれるのであればこと幸いだな」
どうやらマリーも老人が気に入ったらしい。
最近、魔獣が各地で暴れていると報告を聞いているのでマリー達は何かしら対応策を探していたのかも知れません。
そこに現れた魔獣と禁術の関わり。
情報は有れば有るだけいい物ですから、ケビンの思惑はきっとそういう事なのでしょう。
マリーとケビンが老人と話し込んでいる間、わたしはこの黒髪少女との会話に挑んでいました。
「ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。現にみんな無事に生きているのですから」
シュンと肩を竦め、悲しそうな表情を浮かべる黒髪少女。
老人曰く、彼女は娘や孫では無い赤の他人だと言う。
道端で倒れているところを助けたが、彼女は言葉を喋る事が出来なかった。
いや、私達に通じる言語を話せなかったが正しい。
知識は有れどここ近隣の言語を話せない事から奴隷として攫われた他国の人間と推測したそうな。
拾った責任感から立ち寄る村や街に置いていく事も出来ず、行動を共にして黄金の国を探すついでに彼女の故郷も探しているという。
「ごめんなさい」
また、彼女は謝罪の言葉を述べる。
もう鬱陶しいと考えてしまいそうになる程度には謝罪の言葉を繰り返している。
他の言葉は話せないのかと聞いてみたら、
「ありがとう」
「さようなら」
「おはよう」
「おやすみ」
と、簡単な単語は言えるらしい。
更に驚くべきは言語への理解力。
「何か貴女の国の言葉を話してみてもらってもいい?」
と、聞いてみたところ彼女はコクリと頷き流暢に聞き慣れない、聞き取れない言葉を話し出す。
「今のは何て言ったの?」
「名前はマイ。好きなものは本」
「自己紹介だったのね!」
この様に彼女は私達が扱う言葉を僅かではあるが理解し翻訳する事が出来ている。
老人との旅で環境に慣れ、言葉に耳が慣れてきているのだろう。
本を好む辺り身分は貴族か商家の者か、聖職者だったのだろう。
わたしの予想では商家だ。
「お嬢様、今日はここで夜営しようと思いますが宜しいですか?」
「大丈夫よ。夜営の準備で私に出来る事はある?」
「全てケビンがやります。お嬢様は夕食までここでお休み下さい」
「ありがとうマリー」
マリーが恭しく頭を下げてその場を去る。
「お嬢様」
マイがマリーの言葉から「お嬢様」という単語を覚えたらしい。
いや、私の名前をお嬢様と覚えてたのかも知れない。
「私の名前は“お嬢様”ではないですよ?」
「ごめんなさい」
「ふふっ、気にしないで下さい」
同年代、恐らく同年代の人とお話する機会なんて滅多に無いからか。
それとも貴族の様な余計な腹の探り合いが無いからか。
わたしは、気分が高揚している自分を抑えながら黒髪少女……マイとの会話を楽しみました。