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わたしの名前はハル。
フルネームはハルレイン・スリーグルス。
スリーグルス伯爵家の次女にして末娘です。
上にはお兄様とお姉様が居るので家督云々の話は関係無い立場。
自由な教育方針のもと家族から沢山の愛情を注がれ育てられました。
その結果、わたしはとても落ち着きのない娘になりました。
冒険者を目指したいとお話したとき、お父様やお母様からはお転婆娘と揶揄されましたが、これでも立派な伯爵令嬢。
ちゃんと先を見据えているんです。
お兄様やお姉様からはわたしの将来を心配する小言をよくいただきますが、これでも将来についてはよく考えている方。
なので勝手に縁談を組もうとするのは勘弁してください。
昔はもっと貴族らしい立ち振舞いや言動をして欲しいと家庭教師から何度も言われていましたが、今じゃ親しみやすいと専らの評判です。
誰からの評判かですって?
侍女や万屋とこしえに来るお客さんです。
そんな立派な伯爵令嬢であるわたしは、最近とある悩みを抱えています。
「はぁ……」
「ため息を吐くなんて珍しい」
「店長、それどういう意味ですか?」
ついこの店の店長である彼に突っ掛かってしまった。
「いつも美味しそうにおやつを食べているハルが、今日は元気なく美味しそうにおやつを食べているから、珍しいなって」
「そんなこと……」
「悩みがあるなら聞くけど?」
「本当ですか?」
店長はいつも優しい。
同じ男性である父やお兄様も優しいですが、店長は違う方向で優しいと感じる。
何度も繰り返し言いますが、わたしはこれでも伯爵家の令嬢なので社交界へ参加することがあります。
伯爵家なので、それはもう沢山のお呼ばれのもと参加しまくりでとても大変。
社交界で出会う男性は皆、傲慢で、醜い思惑が渦巻いています。
我が伯爵家が統治する土地は、簡単に言えばいくつもの道が集まる流通の要所。
なので、それはもう商業が盛んです。
更に自領には大きな鉱山があり、気候も穏やかなので農業も行えます。
ですが、我が領では代々果樹農業に力を入れており、果実とその果実を使った加工品は王都でも一目置かれるほど。
ちなみにわたしは桃が好きです。
硬めの桃が一番好きです。
色々とお話しましたが、我が領は流通の中心地として商業がとても盛んであり、資源も豊か。
しかし、鉱山だけに頼ることなく土地の発展と保全も行っている。
故に、他家から見れば結構素敵なお家。
そんな家と繋がりを持ちたい、という見え透いた欲に晒されるのが酷く堪りません。
本当に、社交界なんて行きたくないですね!
……嘘です。
社交界なんて滅多に行きません。
お兄様とお姉様に押し付けてまくりです。
「万屋だからね。今日の客はハルって事にしよう」
「店長……」
ですが、そんな面倒くさい殿方と違い、温かみと甘みのある優しさを向けてくる彼。
おやつによる攻撃も合わさり手も足も出ませんでした。
完敗です。
親の勧めでこの店にやって来て以来、伯爵令嬢としてではなく、ずっとわたしという個人だけを見てくれている不思議な人。
とても優しく、素敵な人。
「まぁまぁ、ため息ついでに吐き出してみなよ。スッキリするかもよ?」
「そ、そうですかね?なら、少し聞いていただけますか……?」
「いいよ。対価は明日のおやつね」
「なっ!?」
……嘘です。
店長は悪魔でした。
全然優しくも、素敵な人でもありません。
「ほらほら、言ってしまえば楽になるかもよ?これでも凄腕の万屋なんだ、すぐ解決しちゃよ」
「でも、明日のおやつを要求するなんて……そんなっ」
対価とは、店長が雑貨屋としてではなく、万屋としてお客さんの願いを叶える時に要求するもの。
お金でも、家宝でも、なんなら花束でもいい。
願いに釣り合うだけの対価を要求する。
今のわたしにとって一番大切なのは、ここで出されるおやつ。
釣り合いが取れていません。
おやつが傾き過ぎて今にも泣きそうです。
恐ろしい。
彼が恐ろしくて震えが止まらない。
「ハル、おやつひとつで動揺しすぎじゃない?」
「だって、わたしのおやつ……っ!」
悲しみにあまり涙と鼻水が吹き出してきました。
店長は呆れた様子でわたしを見ているけれど、わたしは至って真面目。
悪いのは店長と、美味しすぎるおやつ。
食い意地を張るがめつい女と思われても構いません。
わたしは悪くない。
この主張は断固として曲げない。
だからどうか、明日のおやつをわたしに。
わたしは明日のおやつのため、悩みそのものを何処かへ飛ばしました。