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万屋とこしえ  作者: もどき
狭間の縁
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1

 店の扉に付けてある鈴の音がカラカラと店内へ来客の音を響き渡らせる。


 カウンターの下で本を読んでいた俺は顔を上げ頭の中を接客脳へ切り替えようと立ち上がるが、来店した人物が顔見知りだと知りすぐさま腰を下ろした。


「聡太郎か」


「こんにちは時生さん。随分な挨拶ですね」


 眉を困らせながら苦笑いを浮かべるスーツ姿の男に嘗ての友人を重ねながら、懐かしい気持ちを内に抑え視線を本へ落とす。


 彼の名前は越内聡太郎。


 何故か知らぬが代々俺と縁を繋ぎ続ける不思議な家の人間。


 ハルの家と同じ様で、少し違う形で縁を保ち続ける家の者。


 何代目の越内だったか、いつからか警察組織に身を置き今では警察家系として一部から有名なんだとか。


 先々代と先代の越内は日本とあっち側、その扉を管理する俺とを繋ぐ窓口的な存在として活躍していたが今代の越内もまた先代達と同じらしい。


 国が関わらなければ大歓迎なのだが、如何せん彼の立場がそれを許さない。


「最近、聡太郎が来るといつも面倒事を引っ提げてくるから正直億劫なんだよね」


「毎回申し訳無く思ってますけどこれも仕事なんで許してください」


 ははは、と笑いながら謝る聡太郎。


 また、その姿が嘗ての友人と重なり少しだけ俺の少し胸を締め付ける。


 慣れようにも慣れない。


「今回は何人?」


「一人です」


 聡太郎は手に持つ鞄からスッと一つのクリアファイルを出すと、中に入れられた何枚かの書類をカウンターの上に並べる。


「捜索してほしい人物の情報と、落ちた瞬間の状況が記された書類です」


 本を閉じ並べられた書類に目を向ける。


「数ヶ月前に姿を消した女子高生」


 友人と登校中に暴走車が現れ轢かれそうになったが、咄嗟の判断で友人を押しだし自分の身を犠牲にする。


 が、その場で衝突音は無くそのまま車は進み続け数百メートル先でガードレールに衝突し停止。


 彼女は姿を消し、残ったのは押し出された友人のみ。


「どう思います?近場の監視カメラで確認した限り確実に隙間に落ちたのだと思われますが……」


「隙間は?」


「確認済みです。一瞬でしたがこれが隙間かと」


 また別の資料を手に隙間落ちの証拠となる写真を並べ、それを二人で確認する。


 写真はコマ送りのように暴走車に轢かれる寸前で友人を庇う一人の少女が、小さな光を伴い消えていく瞬間を捉えている。


 隙間落ちだ。


 二つの世界が繋がりを持ったことで生まれた大きな歪みが俺の店に当たるのだが、極稀に現れる小さな歪みに落とされこの店とは違う道を通ってあっち側へ行ってしまう現象、隙間落ち。


 写真に映されていたのは隙間落ちそのものだろうと越内は確信しており、俺も同意した。


 それならば話は早い。


「彼女の身体の一部となる物は?」


「彼女の家から髪の毛を拝借してきました」


「家族への説明はいつも通りに?」


「誠意をもって、正直に」


 はじめの頃は「あっち側で人探しなぞ出来るわけが無い」と半ば諦めながらも、色々な呪いや道具を用いて必死に隙間落ちした人物を探し出した。


 隙間落ちした人の親族への説明にだって足を運び、警察……越内と連携した無理矢理な契約で対価を要求し隙間やあっち側に関する記憶を弄ったりもした。


 それも数を熟して経験を積み、対応の幅を広げたお陰か万事スムーズに進むようになっている。


 最近では越内が進んで必要な物を揃え下準備を終わらせてくれるので、俺の仕事はあっち側へ行き望みの人物を探すだけ。


 毎度何かしらの道具を忘れたり壊したりと、それなりに困る事をやらかしているがそれは俺の愛嬌ということで済ましている。


 助けられる当人達からすれば愛嬌で済ませられるものでも無いのだが、俺は必死に誤魔化し何事も無かったかのように振る舞うので馬鹿にはされど蔑まれる事はない。


 話が逸れた。


 俺はあっち側へ行ってしまった人を探し出すため、全国から失せ人探しに使えそうな道具や呪いに関する文献を収集していた時期がある。


 徒労に終わることも多かったが、何点かは有用な物があった。


 その一つに、方位磁石を模した失せ人探しの道具がある。


 何て事ない、盤に東西南北と干支が印された手のひらに収まる一般的な方位磁石。


 しかし、それは自身と蓋の間に探している対象の一部を挟み込む事で、挟まれた物を方位磁石内へ取り込み、吸収した物の元を指し示すといった道具。


 起源を辿れば財宝を隠した賊がその財宝を見失わぬ様にという欲望から生れただとか、愛を誓いあったが戦で離れ離れになってしまう男女を哀れんだ神からのささやかな落とし物。


 調べれば調べるだけ様々な愛憎を含む物語が出てくる品だ。


 この曰く付きとも取れる方位磁石を手に入れてからは隙間落ちした人を探すなんてお手の物。


「その方位磁石、僕の代だけでいいので貸して貰えたりしないですか?」


 聡太郎がぼそりと呟いた。


「あっち側と縁を結ぶなら貸してあげるよ」


「日本のお偉いさんを相手するのに辟易してるのにあっち側もとなると流石に精神が持たない気がします」


「なら自分で類似品を探し出して使うしかない」


 困ったなと頭を掻きながら苦く笑う聡太郎。


 俺に今現在における国内の行方不明者数がどんなものかは分からないが、この方位磁石があればどんな形であれ行方不明者を見つけ出す事は可能だろう。


 聡太郎があっち側と縁を持ち、自分の足で隙間落ちした人達を探してくれると言うのであれば貸出さんでもないが……いや、違う。


 自分以外があっち側と縁を繋ぐ事を、心が拒み許さないのだ。


 これは独占欲ではない。


 どちらかと言えば、聡太郎に悪影響が及ばない様に俺で堰き止める自己犠牲精神。


 だから俺は大きな大きなデメリットをチラつかせる事で聡太郎をその場に留める。


 越内の者は皆賢い。


 聡太郎も家族から俺の苦労を教えられており、一種の刷り込みにより完成した一線が適度な距離を保つ。


「聡太郎はちゃんと授けられた天寿を全うするんだぞ。余計な事に足を突っ込んだり、変な物を手にする事なく生きるんだ。じゃないと俺みたいになるぞ?」


「……今日は帰ります。次来る時は美味しいお酒持ってきますね」


「楽しみにしてるよ」


 仕事の話ではなく、縁を持つ一人の友人として訪れる約束をして彼は店を去っていった。

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