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万屋とこしえ  作者: もどき
迷いの縁
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喪失の縁

 今俺が居るのは店の奥にある居間。


 いつもハルや来店した心を許している知り合いとお茶をする少し特別な空間であり、店の中で寝室と作業場に次いで生活感の出る場所。


 まぁ、恥ずかしいからこの場所に呼べる相手は俺という人物をよく知る間柄の者だけという簡単な話。


 そのある意味特別とも言える場所に今日はある客を招いている。


 俺は客にこの時の為に作っていたロールケーキの追加を要求されたので、予め切り出していたものを台所から持ってきてスッと目の前に置く。


「それで、自分で掛けた呪いの内容を忘れていたせいで対象者を無駄に怒らせて、特に弁解することもせず逃げるように呪いを解いてきたと?」


「う、うん……」


 俯きながらもロールケーキだけはしっかり食べ続けている桜の花弁を思わせる様な着物を纏ったこの女性。


 真っ直ぐ伸びた黒髪は美しく、目鼻立ちも整い声も凛としていて何処から見ても美しい人なのだが何処か抜けている印象を受ける。


 きっと少し垂れた目のせいだろう。


 そんな女性へ向け、俺はチクリと棘のある言葉を投げる。


「馬鹿ですか?」


「なっ、神に向かって馬鹿とはなんですか馬鹿とは!」


「だって、客を怒らせたあげく数年前に掛けていた呪いの内容を解く寸前で思い出したのでしょう?俺だったら食事も喉を通らない程度には落ち込みますが……」


「うっ……それは、それです」


 テーブルを見れば三枚の積まれた皿とロールケーキの載った一枚皿。


 この方は見た目に反して図太すぎる。


「はぁ……拓也さんからは執着心、恵子さんからは数十年分の体力と活力と精力を、拓人くんからは好きな記憶を一つでしたっけ?子供を産む願いに対しての対価、これ釣り合ってます?」


「一番重いのは井上恵子さんね。だって、数十年分の体力活力精力を前借りしたせいで元々弱かった身体が更にに弱々しくなったのだから」


「それでも切望していた子を宿し産めたのなら、いい事だったのでしょうね。それに力の足りない状態で数十年を確りと生きた」


 恵子さんは元から体が弱いと聞いていたが、契約したことでそのレベルがより低くなった状態で生きる事となった。


 出来る事がより無くなってしまう感覚はさぞ重かっただろう。


 でも、生きた。


「家族の支えって凄いわね。次に子供の井上拓人くんだけど、彼はまぁ……足りない対価分の穴埋め、調整役ね」


「泥団子作り、恵子さんとの大切な思い出らしいですよ?」


「そう……でも仕方無いじゃない。井上拓也さんから執着心を取り上げたのに全く変わり無い愛情を注いでいるんだもの」


 井上拓也さんは恵子に対して非常に、重いとさえ思われる束縛を与えていた。


 しかし、それも恵子さんを愛するからであり恵子の体調を心配するからである。


 恵子さん自身も拓也さんの重い愛情を清く包み受け入れていた。


 傍から見れば狂っているのかも知れない愛だったのだが、当人たちとしては普通の愛。


 むしろ互いにだけ向けられた唯一無二の愛情に酔い痴れていたまである。


 その拓也さんから、執着心を失くした。


 恵子さんへ向ける執着心を失くし愛の形を変えさせた。


 子供を作り更なる愛を育もうとする二人に課す試練にしては重すぎるくらいだ。


 彼女が先程言っていた通り一番重く辛いのは恵子さんだったのだろう。


 だが、拓也さんは執着しない愛を恵子さんへ捧げた。


 産まれてくる子供を勘定に入れていなかった彼女は焦り、拓也さんへ何かしらの呪いを施したのだろう。


 そして今日、いざ対面し話をするも話が噛み合わぬまま相手を怒らせるだけ怒らせて、呪いを解くと逃げるように店にやって来た。


「人の心とは面白いものですね。ねぇ、神様?」


「……神である私に対しその態度と発言は不敬ではありませんか?」


「ははっ、なら俺を人に戻してくださいよ」


「……それは出来ません。あちらとはもう繋がりを持っているのですから。それに、貴方は紛れもなく人ですよ」


 軽口を叩くつもりが、つい毒を吐いてしまった。


 瞬間、俺は無意味な八つ当たりをしてしまったと気付きすぐさま彼女へ頭を下げる。


「……すみません」


「普段温厚な貴方でも溜め込む事があるのですね。別に傷付いてなどいませんので、いいでしょう許します」


 彼女は柔らかに笑顔を浮かべながら許すと言葉を俺に発する。


「ところで、姉さんは元気?」


「さぁ?」


「さぁって……あれから結構出会っているんじゃないの?」


「会ってはいます?今はあっち側で楽しく生活しているみたいですね」


「何よその薄い反応は……店には来ていないの?」


「よく顔を出してくれてはいますよ」


「へぇ、良かったわね」


「えぇ」


「ふーん……なら、なんで少し悲しい顔をしているの?」


 どうやら、彼女から見た今の俺の顔は悲しそうな表情をしているらしい。


「……どれだけ顔を合わせていても、彼女とは逢えてはいないので」


「そう」


 自分勝手な解釈による発言を、彼女はたった一つの相槌で包み込む。


 それは彼女が俺の想いを知る数少ない人物だからか、それとも彼女を知る人物だからなのか。


 ……どちらもか。


「ふふっ、契を交わす時は呼びなさいね。姉さん程では無いけれど祈りを捧げてあげるから」


「その時はお願いします」


「はぁー、ロールケーキ美味しかった!」


 沁沁とした雰囲気を晴らす様に態と大きな声と動きで音を立てながらは立ち上がると、彼女は帰る素振りを見せる。


「お帰りですか?」


「用事は済みましたから。あっ、今日の私の不始末は言い触らさないようにお願いします」


「しませんよ、そんな事」


 そのまま玄関を出て裏庭に植えてある大きな桜の木までお供する。


 彼女は桜の木に触れると、全身を光らせその次第に体を薄く映していく。


「それではまた来ますね、“時生”」


「次は変な仕事を持って来ないでくださいね、“咲耶姫様”」


「ふふっ、どうでしょう?」


 見惚れるほど美しい笑みを浮かべ、彼女はその体を光の中へ包み消していく。


 俺が瞬きを終える頃には、植えてある桜の木がそこにあるだけ。


「はぁ……何だか今日は疲れた」


 店の中へ戻る寸前、視界の端に桜の花弁が映ったような気がしたので振り向くと、葉桜であった筈の木がその身に満開の花を咲かせていた。


 結界内で風など吹かしていないのにも関わらず枝を揺らし花弁が裏庭全体へ散らされている。


「ははっ、あの人らしい」


 フワリと風が俺を撫で、心地良く花弁を舞い上げる。


「これは、次来るときは咲耶姫様の好きなお菓子でも作って差し上げないといけないな」


 そう呟くと強風が吹き乱れ花弁が空へより高く舞い上がる。


 きっと、喜んでくれているのだろう。


 荒み霞んでいた心が彼女の花弁で満たされていくのを感じながら、俺は一人店の中へ帰っていった。

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