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万屋とこしえ  作者: もどき
縁の縁
143/146

16

「ふぁ……はぁ」


 売り場のカウンターで一人寂しく店番をしているハルレインは抑えきれぬ欠伸をしながら必死に眠気と戦っていた。


 時生によれば今日のお客さんは殆ど来ず、時生が直接迎えるべき人も居ないのだという。


 神の気まぐれも、気まぐれ。


 来ない時は本当に一切客の立ち入らない閑古鳥の鳴く奇妙な店と化すので怖いものだ。


 そんな、人の気配を何一つ感じない店の中で睡魔と凄まじい戦闘を繰り広げていたハルレインはいよいよカウンターに突っ伏すと腕を枕に目を閉じる。


 ここに来てから色々な出来事があった。


 家を追い出されたので店に転がり込んだら様々な事情から店で働いていたエレノアさんと仲良くなった。


 苦しさで倒れたと思ったら時生の想い人と分離して時生や姫、狐鈴が長い呪縛から解き放たれるもハルレインを愛そうとする彼に対し、皆で幸せになる道を示した狐鈴の意見に便乗したら彼が狭間の住人兼神として生きる事になった。


 抜け駆けは無しと姫や狐鈴と話し合い、夜這いも駄目と狐鈴に鋭い視線で釘をさしていたあの瞬間が今や懐かしい。


 そんな狐鈴が実は料理上手で、時生仕込みの腕前を見せつけられた朝に悔しさと美味しさで感情をぐちゃぐちゃにされたのは今すぐにでも忘れたい思い出。


「ふふっ」


 腕枕の中で様々な光景を思い出してはついつい思い出し笑いをしてしまうハルレイン。


 貴族の令嬢として過ごしていた頃に比べて落ち着いた暮らしを送れている事に大変満足している。


 何より、愛する男性のすぐ側で生活する事で得る不思議な栄養が物凄いのだ。


 お肌ツヤツヤ。


 多分髪もツヤツヤ。


 恐らく爪もツヤツヤ。


 偶に抜けた所やだらしのない姿を見ることでさえ幸せだと感じてしまうのだが、いつか飽きが来て呆れが勝ってしまうと考えるもそれもまた一興。


 今まで想いを募らせていたハルレインにとっては起こり得る事全てが楽しみであり、その全てが愛の一部であった。


「店長……時生、さん」


 腕枕の中で彼の名を呼ぶ。


 時生の名を呼んだのは未だ数回程度。


 店長呼びに慣れてしまったというのもあるが、いざ名を呼ぶとつい恥ずかしさが勝ってしまう日和っぷり。


 なので、こうして時たま時生の居ないところで名を呼ぶ練習がてらボソリと口に出してみるのだが、


「あつぃ……」


 籠もった熱がハルレインの眠気を吹き飛ばす。


 どうやら今回の睡魔との勝負はわたしの勝ちみたい。


 体を起こし火照った顔を目掛け手をパタパタと振って仰ぎながら壁に掛けられた時計を見れば、まだそんなに時間も経っていない事に気付き今度は暇との戦いが始まる事を確信。


「誰か来ないかな」


 カウンター上の小物を指で突きながらチクタクと鳴る時計の秒針の音を体へと吸収し、時間の流れを強く感じながら店番に勤しむハルレイン。


 今日休みのエレノアは今頃何をしているのだろうか。


 ハルレインが倒れてたあの日からやけにハルレインの体調面を心配し、無意識の内に甲斐甲斐しく世話を焼くようになった彼女。


 朝は彼女が開けるカーテンの音と部屋に入り込む陽の光で目を覚ます事が増え、朝食をとる時はじーっとハルレインを見守りつつ食事する。


 まるで幼子を見守る母親の様な眼差しに思わず辟易としてしまう。


 わたしはそんなにも危うく目に映るのだろうか。


「狐鈴さんは今の時間ぐっすり寝てるし、姫さんはまだまだ帰省中で帰ってこない」


 誰か話し相手になる人は居ないのか。


 態々売り場まで足を運んでくれる店の住人を一人ひとり思い浮かべるも該当する人物は一人だけ。


 そんなハルレインの暇を潰したいという願いが狭間の神へ届いたのか、廊下から誰かがやって来る足音は聞こえてきた。


 異様に高鳴る胸を抑えつつ、期待しすぎるのはよくないと己を律するハルレイン。


 だが、とてもよく聞き慣れた足音が律する心を緩め解いていく。


 足音がすぐ側まで近付くと、人影がハルレインの視界に映る。


「お疲れハル。ちょっと休憩しない?」


 奥から顔を出したのは時生。


 いつどんな時であれ、「休憩しよう」と甘い香りを纏い優しく声を掛けてくれる時生。


 そんな予想を裏切らぬ彼の行動にハルレインは、


「はい!」


 満面の笑みで返答した。

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