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万屋とこしえ  作者: もどき
縁の縁
132/146

5

「ハル?」


「店長」


「目が覚めた?」


「えっと、はい。目がぱっちり覚めちゃって……エレノアさんにお布団を掛けてこっそり出てきちゃいました」


「体は痛くない? 今座布団を出すから少し待ってて……いや、椅子のほうがいいか?」


 取り敢えず少し待ってて、と時生は足早に居間から出ていく。


「あっ、店長……」


 呼び止めようとしたハルレインの腕が宙で静止する。


 その腕をスッと下ろし、誰も居ない静かな夜の居間に漂う独特の空気に耐え兼ねたハルレインは時生が座っていた座布団の位置まで移動するとその横へ静かに腰を下ろした。


「あったかい」


 時生の温もりが残る座布団に触れているとつい心の声が漏れ出てしまった。


 まるで変態じゃないか、と自身の言動に対し猛省していると、


「椅子を持ってきたからこれに座って」


 とても低い椅子を片手に時生が戻ってきた。


 ハルレインは立ち上がると時生はその座っていた場所に椅子を置いてポンポンと軽く叩く。


 そして背の低い机をぐるりと遠回りし椅子の隣にある自身の座っていた座布団に、「よっこいしょ」と言って座った。


 そんな時生に続き椅子に腰を下ろすハルレイン。


 見た目通り小さなその椅子は、座ると正面の机の天板に膝が来る高さであり妙な心地の良さから自然と腕を肘掛けの上に乗せて子供のような高揚感を抱いてしまう。


 そんなハルレインをニコニコと見守る時生は側に置かれたポットからお湯を急須に入れる。


「元気そうで良かった」


「ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」


 ハルレインは隣に座る時生に向けて頭を下げ謝罪する。


「何でハルが謝るのさ」


「私の体調管理が至らぬばかりに店長に、店に迷惑を掛けてしまいましたので……頭を下げるのは当然かと」


「本当に謝らなくていいから顔を上げて、ね?」


 時生はハルレインの肩に手を乗せて、腰を折ったハルレインの上体をゆっくりと起こしていく。


「全ては俺が中途半端な態度で居たせいなんだ。ハルは何一つ悪くない」


 視線を真っ直ぐに合わせて至らなかったのは自分の方であると力強く訂正する時生。


「ハルには説明しないといけないな」


 そう言って、お湯を汲んだ急須を軽く回すように振った時生は戸棚から湯呑を取り出すと丁寧な手付きで注ぎハルレインの前に差し出した。


「いただきます」


 熱い湯呑を火傷しない様に両手で器用に持ち上げ、舌を火傷せぬようゆっくりと口へ運ぶ。


 案の定舌を火傷してしまったが、口内に広がる豊かな香りと癖になる苦味が不思議と心を落ち着かせるのがよく分かる。


「古い知り合いと一緒に色々と調べた結果、ハルが急な呼吸困難に襲われて意識を失った理由が判明した」


「私が倒れた原因ですか?」


「何から話そうか。取り敢えずは、ハルが倒れた原因は既に取り除いているから安心して欲しいってのと、もう身体には負担が掛からない正常な生活に戻れる事は保証する」


「はぁ」


「……ハルも知っている通り、俺は結構長生きしてるんだ」


 そして時生はポツポツと昔の事について話し出す。


 過去、神が世を治めていた時代に生まれた時生。


 温厚で物知りな祖父と、国中を歩き回り物々交換に使えそうなガラクタを掻き集めては祖父へ渡して再度外へ度に出ていた父の背を見て育った。


 側には常に神の娘である姫と呼ばれた少女がいて、よく森へ遊びに行っては命宿る生き物たちと戯れる毎日を送っていた。


 時には怒れる命を鎮め、時には迷える命に救いの手を差し伸べた。


 それら全ては姫の力の源で行われた行為であった為に時は常に補助の側として過ごしていた。


 時は流れ、姫がある神の元へ嫁ぐ事が決まった日。


 時生は酷く焦った。


 理由は簡単、彼女の事を愛していたからだ。


 堪らず姫へ自身の募らせた淡い想いを伝えたのだが、婚姻が決まった姫は当然の様に時生の申し出を断り互いの為にも距離を置くべきであると述べた。


 思いつきから咄嗟の行動を恥た時生は恋心を内に秘める事とし、幾つもの荷物と従者を従えて村から出ていく彼女の背を笑顔で送り出した。


「それから少し経ったある日、姫が戻ってきた」


「どうして……?」


「この結婚は姫と、その妹さんがある神の元へ嫁ぐ話だったんだけど、嫁ぎ先の神から醜いと貶されて一人追い返されちゃったんだ」


「そんな……」


「無礼な扱いに姫のお父様や妹が凄い怒って、その神様は仕返しに短い寿命を与えられたちゃったんだけどね」


「寿命を与える?」


「神でも寿命があれば死ぬって事さ」


 しかし、それは時生にとって始まりの日であった。


 戻ってきた姫に対し好機と猛アタックを始める時生。


 引きこもりがちになった姫を毎日の様に外へ連れ出し、一緒に森を駆け回った。


 祖父の持つ知識や父の持ち帰ってくるガラクタで遊んだり、ひたすらに落ち込む姫を喜ばせるべく多くの遊びに興じた。


 時にその人数は二人から三人、三人から四人に増えたりしたが姫の事を大切に思っていた村の人々は次第に笑顔が増えていく彼女を良い対し良い傾向だと心の底から喜んだ。


 そして、時生は姫に向かって再度自分の想いを告げた。


 だが、彼女から返ってきた返答は予想外のものであった。


「醜い私を好きになる人なんて、いる筈がない」

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