4
少年の名前はタクトというらしい。
何でも病気がちな母のため、不治の病に効くという薬草を探し山に入ったが見付けることが出来ず、そのまま山で迷い蹲っていたという。
おやつを食べながら聞いた話だが、学童であるらしく幼いながらに算術や書物がある程度出来るとのこと。
実際、軽い計算問題を出題してみたが差も当然のように解いてみせた
いい教師が付いているみたいで羨ましい。
わたしが少年と同じ年の頃は勉強やお稽古から逃げ回っていた気がする。
「不治の病を治す薬草なんて、本当にあるの?」
「わかんない……でも、みんなが“学校の七不思議”であるって言ってたから」
「七不思議ねぇ……」
そっと顎を撫でる仕草をする彼は『ナナフシギ』なるものについて考え込む。
「店長、ナナフシギって何ですか?」
「あの墓場には霊がでるとか、夜にとある広場へ行くと誰も居ない筈なのに楽器の演奏が聞こえてくるとか、そういった少し寒気のする超常現象的な噂話の事だよ」
「……ゴーストや妖精の悪戯ですか?」
「さぁ?こっちだとゴーストも妖精も見えないから、別の物かも」
「見えないからって放置は……危なくないですか?」
「基本的に実害が出るわけじゃないからね。酷い時はお祓いに行ったりもするけど、滅多に無いね」
正直なところ耳を疑う話。
ゴーストや妖精を放置して、気が付いたら魅入られ魂を吸われ姿を消すなんて可能性を、あっち側の人たちは享受しているらしい。
しかも、聞く限り今回の舞台はこの少年が通う学舎だという。
なんとも危機感の薄い世界。
ゴーストやアンデッドは良き隣人にはなれないのですよ?
「拓人くんのお母さんって、どんな病気か分かる?」
「わかんない……お父さんは昔から体が弱いって言ってた。だから、お母さんと一緒にあそびたいけど、あんまり遊べない」
「タクトはお母さんをどうにか治したくて一人山に入ったのね」
「うん……なんでも治せる草があるって言うから、欲しくて」
「そうか……」
それはとても危険で厄介な行動。
もし山で獣に襲われていたらどう対処するつもりだったのだろうか。
背負っていた藍色の鞄に何か武器でも入ってるのかも知れないが、身に付けていない時点で大凡少年の実力が予想できてしまう。
実に危なっかしい。
「拓人くんはもっとお母さんと一緒にあそびたいんだね」
「うん……でもお母さんすぐ疲れて寝込んじゃうから……あそんじゃだめ」
次第に少年は声を震わせ、母を想いながら涙をためる。
わたしはここで漸くタクトという少年を理解する事が出来た。
純粋で、心優しい子供だからこそ探索に踏み切ったのだと。
順序や真偽に多くの間違いはあれど想いだけは正しく、一人山へ踏み入るのも無理もない状況に少年は追い込まれる。
父親を頼ればまた違う回答を得られたのかも知れないが、人を頼るのが苦手なのか、それとも意地を張ったのか、少年は友人を頼りはしたものの基本一人で行動。
そして状況は既に過ぎ去り山で動けなくなり、少年はただその場に蹲った。
「その薬草の特徴とかは知ってるの?」
わたしの問に少年は沈黙で答える。
「まぁ、七不思議なんてのはそんなものさ。ちょっと待っててな、良い物を持ってきてあげる」
彼はそう言うと立ち上がり、店内の内側へ向け歩き出した。
「えっと、あの……」
彼が何処へ行ったのか、これから何が始まるのかと視線を向けてくる少年にわたしは笑顔だけを向ける。
何故か?
わたしにも彼の動向が分からないからです。
予測出来ないものを予測するなんてのは無理だと割り切り、目の前にあるあと一口で終わってしまうであろうロールケーキに集中する方が今現在においては幸せです。
切り替えの早い女って、格好良いとは思いませんか?
まぁ彼の行動に損などある筈も無いので切り替える事などありませんのですが。
皿の上にあったロールケーキを平らげ、冷蔵庫からもう一切れを持ち出し席に戻る。
「お待たせ」
彼が何か箱を片手に戻ってきた。
前にエデンという名の男性へ渡した人骨が入っていた気味の悪い箱とは違い、今回は少年が背負っていた鞄の様な藍色を持つ、一、二冊本が入りそうな大きさの箱。
「拓人くん、君のお母さんはこれで治ると思うんだ」
「本当!?」
「本当だとも。と言っても対価は貰うけどね」
「たいか?」
「そう、対価。俺が拓人くんのお母さんを治す代わりに拓人くんから一つ、願いに相当する何かを貰うんだ」
「ぼくお金持って来てないよ」
「大丈夫、お金は取らない」
そう言って彼は少年の前に移動する。
「お母さんと一緒に過ごしてて一番嬉しいこと、楽しいことを思い浮かべながら蓋を開けてみて。それがお母さんを治す為になる」
箱を渡し、少年の膝上に乗せる。
きっと心を込める、思いを乗せる事で他人へ干渉させる呪いの類いだろう。
何故こんなにも回りくどい方法で少年を誘導したのかは分からないが、少年を気遣った結果か。
其れでも騙す形で呪いを掛けるのは些か心が引ける。
蓋を開けると、中からモクモクと煙が溢れ出しました。
その煙はゆっくりと収まっていき、中に入っていたものが明らかとなる。
「これは……土?」
中に有ったのは土。
箱の半ばまで詰め込まれたただの土でした。
「なるほど、拓人くんは土遊びが好きなんだね」
彼がいきなり素っ頓狂な事を言い始める。
どうすれば箱の中にある土と少年の好きな遊びが繋がるのだろうか。
まだわたしには彼の思考が理解出来ない。
「よし拓人くん。俺と一緒に泥団子を作ろう!」
つい呆気にとられてしまったわたしは、隙を見て食べようとフォークに刺していたロールケーキを落としてしまいました。
あっちの世界には“三秒ルール”なるものが、あるらしいです。
……今のわたしなら母を想う少年に負けず劣らず美しい涙を流せそうです。