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万屋とこしえ  作者: もどき
縁の縁
128/146

1

 穏やかな風に頬を撫で、全身を包む柔らかな草の爽やかな香りが鼻孔を刺激することで今居る場所が草原に似た何処かであるとハルレインは無意識のうちに想像した。


 耳に届くはけたたましい鳥の声と、虫の鳴き声。


「虫の音を意識して聞いたのなんて、初めてかも」


 わたしは伯爵令嬢であると同時に冒険者を志し鍛えていた過去がある。


 高貴な身分に籍を置く者としては看過出来るはずも無い行いなのだが、家の成り立ちが特殊なスリーグルス家は皆力を付ける事に対し誰一人反対する事はしなかった。


 寧ろ、喜んで助力していたまである。


 そんな幼い頃からの訓練経験が、確かな確信をもって自身へ語り掛けてくるのだ。


 今居るこの場所安全である、と。


 鳥は餌を取り合い、虫は存在を示す為にその鳴き声を響かせる。


 人の気配は無く、大きな獣の気配もない。


 野宿で天幕を張るにはうってつけの場所だろう。


 いや、近くに水場が有るのなら欲しいかも。


 耽っている内に再度、風が身体を包む。


「はぁ……気持ちいい」


 最近、家や店で大変に思う事が多かった。


 別に起こった出来事の多くを大変とばかりに思う訳では無い。


 友人のテルや店の新しい従業員であり新しいともだちのエレノア、そして何より時生から貰ったペンダントとそれに込められた意味。


 幸せだなと思う事は沢山あった。


 だが、その反面疲れたと思う事も沢山あったのだろう。


 あまり肯定したくはないが自身の知らぬ所で心身共に疲れ切っていたのかも知れない。


 はぁ、と淀んだ気持ちを吐き出す様に溜息を吐くと入れ替えるかの如く深呼吸を行う。


「よしっ」


 閉じていた瞳を開けて、まぶた越しに感じていた太陽の光を目の中に取り入れる。


 視界には一杯の青い空と雲、端に映る草の先端に背の高い木から伸びた枝に付いた葉が透き通った空に緑をさしていた。


 上体を起こし辺りを見渡せば草原と思い込んでいた場所は小さな土手の上。


正面には森の入口と見られる木々達が相応に背を伸ばして並んでいるのだが、それ以上に高くそびえ立つ山々が視界を覆い現在地が山脈付近であることを示していた。


 そして森の奥か、はたまた森の中か分からないが煙が登っており人の存在も確認できる。


 ハルレインは立ち上がり、服をパタパタとはためかせお尻に付いた草を払うと人の居る方へ歩き出そうと足を踏み出す。


 だがその瞬間、目の前の林のをかき分け誰かがやって来る音がした。


「なんっ、全然分からなかった!?」


 一切気配を捉えられなかったハルレインは慌てふためきながらも冷静に土手の反対側へ半ばほど降りて姿を隠して息を殺す。


「こっち!こっち!」


「まってぇ!」


 聞こえてきたのは子供の声。


 足音からして二人以上は居ない。


「早くしないと!しんじゃうの!」


 土手を登ってくる気配が無い事から、ハルレイン子供たちの姿を視界に収めようと僅かに顔を出した。


「えっ!?」


 そして、驚きのあまり声を上げた。


 思わず土手を背に身体を隠して自分で自分の口を塞ぐ。


 気付く素振を見せること無くそのまま走り去って行く子供たちの足音が聞こえるのだが、内心それどころではないとバクバク鳴る心臓を抑えるのに必死であった。


 足音も幼い声も遠のき完全に聞こえなくなった頃、漸く脱力した身体でハルレインは再確認するかのように己の目で見た光景と咄嗟に浮かんだ考えについて真偽を確かめるべく問い掛ける。


「あの子供、店長にそっくりだった」


 相手は子供。


 他人の空似の可能性だってある。


 であるのにも関わらず、あの子供が店長であると信じて疑わない何かが心の中で強く主張する。


 理由は分からないが、取り敢えず後を追ってみよう。


 何処へ向かったかは知らぬが子供の足ならばそんなに遠くへは行っていない筈。


「よしっ、店長今行きますからね!」


 そう言って立ち上がると、ハルレインは子供たちを追うべく走り出した。

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