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万屋とこしえ  作者: もどき
終の縁
123/146

10

「ありがとう御座いました」


「ありがとうございました」


 店内に響き渡る鈴の音を聞きながら礼の姿勢を説き見送りを終えるハルレインとエレノア。


 時生は門まで見送りをする為に外へ出ており、残された二人は客間へ戻ると使用した茶器や道具などを元の場所へ戻す作業へと静かに移っていく。


「結構慣れてきましたね」


 黙々と茶器を片付け、部屋の清掃を行う為にと箒と雑巾に水バケツを手に持って帰って来たエレノアに対し、ハルレインは少しずつ店に馴染んできていると微笑ましく思いながら率直に伝えた。


「そうかしら?」


「ずっと『どうして私が侍従の真似事を……』とか『掃除はメイドの仕事でしょうに』とかグチグチ文句を言っていたのに、今となっては立派な従業員ですよ」


「殆ど経験して来なかった事ばかりだもの。息をする毎にため息と愚痴が漏れても仕方が無いわ」


「あと『引っ込んでいていてください!』と私に強い口調で怒鳴った事もありましたか」


「あれは、貴方の料理の腕が酷すぎるから……つい」


「あの時は酷く落ち込みましたが今じゃすっかり丸くなって……私は本当に嬉しいです! これが所謂反抗的な時期を迎えた子を持つ親の気持ちというものなのだなと」


「……もう料理手伝いませんわよ?」


「私が雑巾掛けと床掃除を行いますのでエレノアさんはどうぞ椅子に腰掛け好きなように寛いでくださいまし。何なら出来たゴミ山を私に掛けたって構いませんわ」


「嫌よ、面倒臭い……貴方、意味が分からなくて時々怖いわよ」


 従業員は二人、店主含めば三人だけという人の少ない職場で働き寝食も共にしているハルレインとエレノア。


 はじめは不意打ちからの公衆の面前で醜態を晒す等といった行為をハルレインに対して行った負い目からから、日頃の会話は最低限に抑え不必要な接触はなるべく避けるよう生活していたエレノア。


 だが、その出来事は常に自分の失態と考えているハルレインは彼女の気遣いに対して構うことなく声を掛けまくり面倒な絡み方も多く行ってきた。


 これは友人であり親友でもあるテルリアの影響も有るのだが、エレノアは結構押しに弱く、そしてノリがよく面倒見もよい。 


 変な絡み方を続けたせいか最近は呆れられつつあるハルレイン。


 だが、彼女から返ってくる言葉は前に比べ辛辣ではあるものの僅かにあたたかく、心の距離は縮まっているのを確かに感じ取れた。


 ハルレインの方が年上なのだがどうにも目を離せなのか、何かしらの作業を姿を窺い心配そうに見つめるその視線から大丈夫だろうかという思いがひしひしと伝わってくる事もしばしば。


 それもこれも、店主の教えによって多少慣れてきた料理を披露すべく新しいメニューに手を出したあの日からのような気はするけれど、深くは考えない。


 取り敢えずは仲良く過ごせる迄に至った自分たちの関係を讃えるべきである。


「二人ともお疲れ様。休憩にお茶入れるけど一緒に食べたいお菓子のリクエストとかある?」


 客間の開いた扉からひょこっと顔を出した時生が二人へ労りの言葉と一緒に休憩へ誘う。


「店長! 私はケーキがいいです! チョコのケーキ!」


 時生と同じ屋根の下で暮らすようになってから大分……いや、結構な具合で素を晒してしまっているハルレインだったが甘味には逆らえずドンドン自身の要望を真っ直ぐに伝えていく。


「……じゃあ、私もそれで」


「チョコケーキね。掃除が終わったら皆でたべよう」


 そう言って手を振りながら客間を去っていく時生。


 時生自家製のお菓子が有れば掃除片付けにも力が入ると言うものと意気込むハルレインは机の上を拭きながら、居住空間である奥の部屋に設置された“しーでぃーぷれいやー”なる物から流される時生お気に入りの曲を鼻歌で楽しそうに奏でる。


 そんな、どんどんと印象が幼くなっていく本物の貴族令嬢であるハルレインをエレノアは微かに溜息を漏らしながら横目で眺めつつ手早く床を掃除していくのであった。

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