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万屋とこしえ  作者: もどき
終の縁
116/146

3

 壁に掛けられた松明の光が揺らめきながら薄暗い通路を怪しく照らす。


 左手には鉄の柵が天井から地面へと突き刺さる部屋が幾つもあり、奥には簡素なベッドと穴の空いた床と、一目見ただけでも此処が王城に存在する地下牢であるとその存在感を強く主張していた。


 だが、一国の王と時生が通路を歩いているにも関わらず誰も声を上げる事はせず、通路に響くのは彼らの靴音と話し声のみ。


「静かですね」


「誰も入っておらぬからな」


「先代の時は結構な人数の悪人が入れられていた気がしましたけど、これはこれで怖いですね」


「先代の国王は国内部の改革に力を入れていたから仕方あるまい。腐敗した貴族や官僚、密かに他国へ情報を流す謀反者や王家簒奪を企む芽を摘む事に注力しておられた」


「悪人達は何処へ?」


「新たに建てた大型監獄へ全て移した。この城で抱え込むより強固で安全な場所を目指したせいで国中の囚人が集まる事になってしまったが、まぁ良い事なのだろう」


「犯罪者が減ることはあっても、犯罪は絶対的に減ることは有り得ませんもんね」


「頭の痛い話しだ」


 空いた牢屋を横目に通路を進み続ける二人。


 ジメジメとした空気を掻き分けながら進んでいくと一面壁に閉じられた扉の前に行き着いた。


 他の牢屋とは違い頑丈に閉じられた牢屋。


 扉に付けられた小さな除き穴からは微かに光が除いて見え、中に誰かが投獄されている事が分かる。


 陛下は一瞬、除き穴から中を確認すると厳重に固められた扉の鍵を一つ一つ解錠していく。


「我は中に入らずここで話を聞くだけに留めておく」


「そうなんですか?」


「……息子の婚約披露宴を台無しにした張本人を前にして正気を保てる気がしない。一歩引いた場所から見届けてトキオの選択を待つことにする」


「分かりました」


 陛下はゆっくりと扉を開けると腕で固定し、時生に中へと入るよう視線で語りかける。


 時生はその視線に応え部屋の中へ入っていく。


 部屋の中は四方を壁に囲まれ天井近くに鉄柵で閉じられた窓が幾つか開けられており、壁には小さな魔導具か掛けられ微かな光を放っていた。


 室内にはこれまた簡素なベッドと床に開けられた排泄用の穴。


 だが、これまでの牢屋とは違い壁から鎖が伸びており中の囚人の足と部屋を固く繋いでいた。


 時生はその鎖がで繋がれた人物に視線を向けると、その人物は顔を上げることなく何の反応も示さないまま静かに床を見続けている。


 少し痩せただろうか。


 いや、ペンダントの殆どをエレノアへ譲渡し自身は僅かに残した欠片で老いと寿命を伸してきたのだから当然と言えば当然な容姿ではある。


「久しぶりですねルデールさん」


「……」


 返事はない。


 時生はその理由を知っているが為に気にする事なく話を続けた。


「あなたには申し訳ない事をしました」


 その掛けられた言葉が以外だったのかルデールと、そして部屋の入口で待機していた陛下はピクリと反応を示した。


「契約の時にペンダントの期限をルデールさんが死ぬまでと指定しなければ、又はあなたと定期的に会ってペンダントの様子を確認するなどもう少し気を配っておけば、こんな再開も無かったのかも知れない」


 時生の口から語られたのは力の扱い方を誤ったルデールを悪として裁くのではなく、自身の怠慢と過去の選択を悔いる、謂わば懺悔のようなものであった。


「私が貴方の人生を狂わせてしまった。本当に、申し訳ありません」


 腰を折り、深々と頭を下げる時生。


 その様子を見て陛下は頭を抱える。


 何故、力を持つ者が囚人となった者へ頭を下げつのか。


 何故、自ら道を踏み外す事を選択した者に対して自分に責任があると言えるのか。


 王として理解に苦しむ行為であった。


 だが、ルデールは違った。


 下ろしていた視線を上げ、酷く窪んだ眼孔ギョロギョロと動かし時生の顔を見ると力無く口を開きポツポツと話しを始めた。


「私はあの日、あなたに救われた」


 それは自信を責める時生を庇う言葉なのか、本心はルデールにしか分からないが時生の言葉に対して彼は動いた。


「流行病の蔓延で私の住んでいた土地と土地を繋ぐ道の全てを遮断、村々を閉鎖して少ない……いや、有りもしない物資で意味のない治療で何人も看取る。死体は積み上げられ、更に場の衛生状況は悪化するばかり……そして、彼女も彼らと同じように死んだ」


 そして、衛生面の観点から積み上げられた死体は火葬されルデールが愛した女性は骨だけとなった。


 最愛の人を亡くし失意の最中閉鎖された土地の中を彷徨い続けているルデールの前に現れたのは摩訶不思議な空間へと繋がる異様な門。


「あなたが居なければあの惨状を治める事は出来なかった」


 最愛の人の骨を対価に受け取ったペンダントにより、ルデールは流行病の終息を足掛かりとして放浪の名医として名を馳せる事となった。


「けれど、多くの命の扱うに連れて私にはある野望が出来た」


「命の創造ですね?」


「あぁ……彼女を生き返らせる事が出来るのではと、そう考えたのだ。だが……」


 結果は失敗に終わる。


 人の死骸から動物の死骸を用いた研究から数多の魔獣を生み出し命を創造してきたが、理想の彼女を生み出すまでには至らなかった。


 しかし、ルデールからすれば失敗作である魔獣は高く売れた。


 それらを売り、得たお金を研究資金としてさらなる研究に勤しんだ。


「そうしたら、ある時あの子が自分を使って命を作りだせと私に語りかけてきたんだ」


 あの子、とはペンダントの事だと時生は直ぐに理解した。


「あの子を憑代に生命を創り出したら、なんと彼女によく似た子供が生まれ、きっと私の記憶を元に創り出してくれたのだと素直に喜んだが……何故か彼女と同じ名前を付けることは出来なかった」


 ルデールは何かを堪える様に胸を抑え静かに蹲ると、「私はあの時になってやっと、己に残っていた理性に触れ正気に戻った」と床に溢れた涙で床を濡らす。


「私はエレノアを娘として愛した。恨み辛みの一切を捨て一人の親として生きていこうと誓ったのだ」


 放浪の名医として国中を巡る生活から一転、爵位を得て一つの土地に留まる生活へ切り替えたルデール。


「だが、生まれたエレノアの中には私の狂気が深い所まで入り込んでいた」


 憑代に使ったペンダントがルデールの潜在意識にまで深く入り込んでエレノアを創り出したが為に、彼の国を恨む感情を持ってしまった。


「あの子の欠片が尽きるまで穏やかに暮らすつもりが、エレノアは成長するに連れてより強い思想を抱くようになってしまったのだ。どうにか矯正しようと多くの事を学ばせ色々な景色を見せたがどれも実を結ばず、気が付けば殿下の婚約者に……」


 次第に掠れ、小さく聞こえ難くなっていくルデールの声。


 先程まで呼吸で背を大きく膨らませていた筈が、いつの間にか小さく、浅く膨らみを抑えてられていくのが見て取れる。


「トキオ……」


 時生の名を呼ぶルデール。


「はい、ルデールさん」


「すまなかった」


 それは、真っ直ぐな謝罪の言葉。


「彼女と、あの子と、そしてエレノアには申し訳ない事をした……」


「怒られても仕方無いでしょうね」


「どうか、エレノアを、お願い……致します」


 絞り出す様にして時生へ願いを口にする。


 呼吸が辛いのか涙を浮かべながら床に体を投げ出し、時生の足元へ手を伸ばすルデール。


「任されました」


 床へ膝をつき、彼の手を取り持ち上げると時生はある物を握らせる。


 ルデールはその手に握らされた物を見た途端大きく目を見開くと固く強張った表情を僅かに和らげ、そしてゆっくりと瞼を下ろし静かに息を引き取った。


「永く、生きられましたな」


 時生はルデールの体から離れると、部屋の入口に立つ陛下へと向き直る。


「……弱っているとは聞いていたが、死んだのか?」


「えぇ。延命装置を外した後も体の中に多少生命力が残っていましたがたった今使い切り、やっと寿命迎えたのでしょう」


「そうか。死体はどうすればよい、持ち帰るのか?」


「持ち帰る程の縁もありませんが、私の方で葬って良いのならやりますよ」


「うむ、そうか……」


 陛下は顎を擦りながら軽く思案の仕草を取ると、「よし」とある決断と一つの提案を時生へと告げた。


「分かりました」


 陛下の提案を飲んだ時生はルデールの体をベッドの上に運び、陛下と一緒に牢屋から出ていく。


 息絶えたルデールの手には砂の様な物が詰められた小瓶が、落ちぬようにと両の手で包み込む様に握らされていた。

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