13
数日眠り続けていたというハルレインへ事の顛末を語るべく時生は別室に居る部屋にマリーとビルアイン、そしてケビンとサイを呼び寄せた。
「お嬢様! お目覚めになったのですね!」
「マリー!」
涙を浮かべながら興奮気味にハルレインへ体を寄せていくマリー。
「心配したんだぞ」
「アイン兄様も!」
その後ろからノソノソと部屋に入ってきたビルアイン。
「私がもっと上手く治療を施せば数日眠り続ける事も無かったっというのに……申し訳ございません、レインお嬢様」
「魔術による治療は体に負担の掛かるもの。マリーの治療は全て正しかった筈よ」
「お嬢様……」
「言っただろうマリー? レインは責めたりしないって」
ハルレインとビルアインが二人揃ってもっと正しい施術を行えたのではないかと悔むマリーを宥める。
「お嬢様、マリーの奴ずっとソワソワしてて、夜なんて嫌な考えが浮かぶばっかりに俺を連れ出して隠密訓練をしようとか誘って来やがったんですよ。酷い紛らわし方ですよね──痛っ、何するんだよマリー」
「ケビンは黙っていなさい!」
「今のはケビンが悪いのぉ」
「私もそう思うよ」
其々がいつもと同じ雰囲気を醸し出す為に、気落ちしていたハルレインやマリーが纏っていた悲しみなど吹き飛び皆で笑みを浮かべる。
「……おほんっ、一度、お嬢様を着替えさせますので殿方は今すぐ部屋から出ていくようにお願い致しますわ」
威嚇する様にケビンを睨みながら男性陣へ外へ出ていくように告げるマリー。
確かに寝続けていたハルレインを整えたい気持ちもあるのだろうが、これはハルレインの身体を確かめ気持ちの整理をつけたい様な、そんな感じがした。
「マリー? 私、全身が痛むから着替えなんて……」
「全て、私にお任せください。それに……」
ハルレインの耳元へよりコソコソと何かを伝えるマリー。
すると、ハルレインは酷く顔を赤くして、「お願いします……」と消え入るような声でマリーの指示に従う意志を見せた。
「ならばマリーに従って一度外へ出ようか」
「はい、準備が出来次第そちらへ呼びに参ります」
「それじゃあ、また後で」
「マリー、お嬢様に無理をさせるなよ」
「マリーなら大丈夫だろうに、ほれさっさと部屋を出るぞケビン」
その様子をニコニコと楽しく眺めていた時生はいそいそと部屋を出るとお茶の準備を始めるのであった。
◆
なるべくハルレインの側に寄るような形で机を移動させた時生は、皆が座れるように椅子を配ると其々に紅茶を出していく。
「はじめに伝えておくと、陛下には俺の方から謝罪とお菓子を渡しているからスリーグルス家は特に何も気にしなくていい」
「僕としては元々気にしていないけどね」
「こういうのは形だけでも誠意を示すのが大切なんだよ」
「時生はマメだねぇ」
ビルアインは差し出された茶に砂糖をサラサラと入れていく。
「それと、ルデールさんに関しては今王城に監禁されているけど彼の中にあった物は既に回収済みなので、後はあちら側の人間が余罪を精査した上で沙汰が下されると思う」
「禁術……を研究していた動機は判明したのですか?」
「……王家、もとい国への復讐だってよ。何十年も前、今から二、三代前だかにある流行病が蔓延した時に国が行った隔離や、処分と言った対応を目にしてきた事から義憤を募らせてって感じ」
「儂は奴の気持が少しばかり分かる気がする。悲惨な話だがもっと、民に寄り添えたのではとな」
「今となっては一つの歴史。ですがルデールさんにとっては生ける記憶というわけです」
そして、時生から授けられたペンダントを用いた生命力の研究に心血を注ぐようになり、生命の創造や寿命の延長に何とか漕ぎ着けたルデール。
ペンダントの一部破片を埋め込んだままにする事で老いはすれど確実に寿命を伸ばし、長い年月を掛けさらなる禁術の研究に明け暮れた。
そして生まれた失敗作たちと一人の成功作。
失敗作は色々な場所へ流し、対価として資金を提供されていたとのこと。
その一部が過去にハルレインを襲った魔獣である事は完全なる予測であるが、国の調査次第では何れ白日の下に晒されるであろう。
「エレノアは、謂わば器でした」
「作り上げたい器に、あのペンダントを嵌め込む事で動く人間……だったのですが」
時生が、ここで言葉を詰まらせた。
「店長……?」
「昔から、何年、何十年、何百年と大切に扱われた道具は意志が宿るとされています。そして、あのペンダントも例外なく意志が宿っていました。彼女はルデールをよく気に入り苦楽を共に過ごし見守ってきていたのですが、その優しさに付け込まれ利用さた」
そして、エレノアという器に嵌め込まれた彼女は最後の優しさとして時生へ契約破棄の知らせを届けた。
「発見が遅れたのは、彼女がルデールを愛していたからです。エレノアとなっても父として慕うほどには、強く愛していた」
そして、彼女の意志は完全に飲み込まれエレノアが誕生。
父に忠実なる傀儡、と思われた女性の完成である。
「放浪の名医としての功績を爵位へと変換し、そして王子に娘を近付けて王の元へ」
「信頼を得たあとに少しずつ蝕み崩壊させていく算段であったようだ。レインやマリー、そして僕に阻まれてしまった様だが」
「最後の最後は、娘として愛していた事に気が付くも既に遅し、随分と業を背負った老人よ」
「まぁ、そんな訳で全て解決とはいかないけれど大体の話は終わった感じかな」
時生は紅茶を口に運び、ふぅ、と一息ついた後に顔を酷く強張らせ酷く怯えた表情で、
「後は俺とハルがマリーさんやハルの親御さんからお叱りを受ければ、全て解決だ」
ハルレインは暫く帰りたくない、怪我よ治るなと強く願ってしまった。