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「私の力を……今、此処で見せてあげますわ!」
ビルアインの攻撃によって負っていた外傷の一切を癒やし、更にはより好戦的になっているエレノアを前に二人は構えを取り迎撃の体勢に入る。
「トキオ、今更だけどアレは何だい?」
最愛の妹を辱められたという衝撃から半ば我を忘れていたビルアインであったが、時間を置いて少し冷静になったのか時生へそんな質問を飛ばす。
「昔、お客さんに渡したペンダントを悪用して人の体に埋め込んだモノ……かな」
「随分と醜悪な事をされたね」
「ペンダント側もお客さんを好いていたのかこんな事態になるまで何も言わないから困ったもんだよ、本当に」
「お喋りする余裕も、そこまでっ!」
エレノアは短剣を構え一歩前に踏み出した。
その一歩でビルアインとの距離を一気に詰め、短剣を持たぬ方の腕を突き出し防御姿勢を取るビルアインの腕を押し出し短剣を振り下ろす。
「まだ遅いね」
体勢を崩されるも後退する事なく突き出された腕を受け止め、短剣を持つ腕の手首を掴み取ろうと余裕を持って試みるビルアイン。
「ふんっ!」
だが、振り下ろされた腕を掴もうとし手首に触れた瞬間、ビルアインはそれを無理やり外へ受け流した事で酷く体勢を崩す。
隙きを逃すまいと短剣を逆手に持ち替え、前に重心を寄せ追い詰めようと攻勢に出るエレノア。
が、その剣は見えない壁に阻まれ空中で静止。
「姑息な!」
そう叫ぶと懐に入れていた扇子を取り出し、時生に向けて素早く投擲。
時生はその攻撃に反応する事は出来なかったのだが、またも見えない壁によって扇子は空で止められ地面へと落ちる。
明らかに普通とは違った音で地面を鳴らす扇子に戦慄しつつ、時生はビルアインを補助すべく紙札をエレノアに向けて散らす。
「縛れ!」
ビルアインやエレノアには聞き取る事は出来ないあっち側の言葉による掛け声が耳に入ると同時に、宙へ舞った紙札が稲妻の如き光を放ち凄まじい速度でエレノアの体へ向かい蔦のように絡みつこうとくるくる先端を巻く。
「邪魔!」
飛来する時生の攻撃を払い退ける様に短剣を振るうエレノア。
光の蔦が一つ、また一つと切り落とされ霧散していく中、ビルアインが手を伸ばし彼女の体へ掴み掛かる。
が、麗しき令嬢に有るまじき胆力でビルアインを交わすと少し後退したのち床に手のひらを当て何かを唱えだす。
「地よ! 揺れ動け!」
どうせ攻撃しても阻まれるのならと考えたエレノアは地面を揺らし王城の床を局所的に破壊する事にした。
グラグラと揺れる床に時生やビルアインどころか周囲に立つ貴族までその場に膝を付く。
阿鼻叫喚の会場の中で唯一笑みを浮かべるのはエレノアのみ。
自分諸共瓦礫の下敷きになるつもりに見える攻撃も、異常な治癒の力の前では無意味に映るのだろう。
だが、時生も此処で死ぬつもりは無く紙札を投げて散らし対抗する。
「建物を支えてくれ!」
時生たちを囲っていた結界が消え散らされた紙札は方々へと飛び去ると、少しすると揺れは収まり会場は落ち着きを取り戻す。
「まだよっ!」
エレノアは床へ拳を突き立てて抉ると、床板を掘りあげる様にして時生へ向けて飛ばす。
結界を消したせいで自身を守る術を失っていた時生は目を瞑り、顔を覆う様にして腕を前で交差させる。
だが、掘りあげられた床は時生に当たる事なく、時生とエレノアの間に立ちはだかったビルアインによってその殆どを殴り落とされた。
「膨大な魔力と治癒と、女性らしからぬ膂力は称賛に値する。だが──」
ビルアインは一瞬にしてエレノアとの距離を詰めると、彼女の腹部へ渾身の拳を打ち込む動作を見せる。
「物足りないな」
殴られる。
そう思ったエレノアは反射で目を閉じ全身に力を込めるが腹部への衝撃は一向に来ず、攻撃を待ち構えてしまった事から長い長い一瞬を過ごしてしまった。
それが隙きとなったのだろう。
「縛れ」
静かに時生の声が場に響き渡ると同時に、腰と手足に光の蔦が巻き付き一切の動きを許されなくなってしまったエレノア。
手足に力を入れるも微動だにせず、完了な拘束に彼女はビルアインと近寄ってくる時生を睨むのみ。
「トキオ、後はどうすんだい?」
「どうって、埋め込まれたペンダントを取り出すだけだ」
「簡単そうに言ってが体内に埋め込まれた物を取り出すんだろう? 何か、麻酔の様な物と医者が必要なんじゃないか?」
「要らないさ」
ケロリと言い放つその様にビルアインは酷く訝しむが、急いでいるのか詳細を聞く前に時生は動き出しエレノアの前に立つ。
「君には悪いけど、返してもらうよ」
そして、時生はエレノアの胸の中心へ腕を突き刺した。