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万屋とこしえ  作者: もどき
謀の縁
104/146

5

 陛下がとある男性を壇上に招き会場に居る貴族達へその紹介をはじめた。


 その男性は白い髪と髭を良く伸ばした体の細い老人で、服の上からでもよく分かる通り筋肉の無い年相応の体つきながら確かな足取りで歩く様は彼は未だ人生の終着点に居ないことを証明しているかのよう。


 マリーはハルレインを探している最中ふと意識を壇上へ移してしまったのだが、陛下が口にした言葉に耳を疑う。


「この者はルデール・コルト伯爵。コルト領の領主にして希代の名医……いや、ここは放浪の名医と呼んだほうが伝わるかな?」


 陛下の紹介に合わせてスッと頭を軽く下げ貴族達へ挨拶をするルデール。


「この度、我が息子サイラスの婚約者となったコルト嬢の父親である。普段は放浪の旅と称して国を巡りその類稀なる力で多くの人々を救っておるが、こういった場には滅多に現れない故に貴族ではなく放浪の名医と認識している者の方が多いだろう」


 その姿を見た貴族達の反応は様々だが、大まかに分けると目を輝かせて祝福の感情を持つ者、妬むように口元を歪める者。


 そして、


「只の医者ではないと思っていたが、まさか貴族とはな」


「我が家の専属として引き込めない訳だ」


 と、彼が貴族である事に驚く者に分かれた。


 マリーも驚きから、「あれが放浪の名医……」と小さく呟く。


 国の何処かにふらりと姿を見せては病を抱える者、怪我に苦しむ者に手を差し伸べ、不思議な力を用いて多くの病に苦しむ人々を貴賤無しに救うローブを纏った男。


 名も名乗らずに姿を消してしまうので誰も彼の名を知らず、いつの間にか付けられた名は放浪の名医。


 この話はマリーが幼い頃からずっとある話である為、恐らくルデールはマリーが生まれるよりずっと前から国中を巡り手を差し伸ばし続けていたのだろう。


 しかし、マリーは周囲の貴族達とはまるで違う感情を覚え拳を強く握り込む。


「へぇ……あれが噂の放浪の名医」


 気が付くと隣にビルアインが立っており、他の貴族と同様物珍しそうに壇上に立つ老人を眺めていた。


「そのようですね」


「僕には只の老人にしか見えないけどなぁ……そんな老人の何処を警戒してるの?」


 やはり気付かれるか、とマリーはビルアインの観察眼に流石であると心の内で褒めながら軽く説明する。


「恐らくですが、あの老人が彼の者の追っていた人物なのではないのかと思いまして」


「そう言えばレインから仕事の手伝いとは聞いていたけれど内容までは詳しく聞いてなかったな……追う、ねぇ。何だか物騒な依頼の予感がするね」


 不味い。


 つい口走って話し過ぎたマリーは後悔する。


 ハルレインと会っていたというビルアインの言葉からある程度の仕事内容を伝えているものとばかり考えていたが、どうやら内容は濁して伝えていたらしい。


 今更取り繕う事も出来ず、マリーは開き直ってビルアインへ今回の仕事内容を伝え協力を乞う算段を立てる。


「昔、あの方は彼の者と接触してとある力が込められたペンダントを授けられたとの話です。しかし彼は力の使い方を誤り、彼の者が追っているのが現状です」


「その、ペンダントの力ってのは?」


「彼の者は“万物のエネルギーを循環させる力”と仰っていました。」


「エネルギーとは、確か力の事を指す言葉だったか? それは……随分と大きな力を授けたものだ」


 マリーの短い説明にビルアインは頭を悩ませる。


 彼は始め、その力を使い人の体内にあるエネルギーを操作して多くの人々を救っていたのだろう。


 それは自然の流れに反する行為なのかも知れない。


 だが、もし力を循環させているのであればペンダントを用いた治療で送ったエネルギーとは反対に、弱った人物のエネルギーは返ってくる事になる。


 新しい物を古い物へ。


 古い物を新しい物へ。


 循環させるのならば古い力を吐き出す先が必要となるのだが……と、マリーは老人の体を見て全身に電流が走る。


「治療の対価に生命力を捧げる……!?」


 大量の出血で倒れたとしても数日間の療養で体は元に戻る。


 極度の魔術行使により意識を失ったとしても失った魔力はいつの間にか戻っている。


 体の中は循環の塊。


 生命力を捧げてペンダントの力を使い、受け取った弱い生命力を体の中で循環させ元に戻す。


 また、その逆も然り。


 そして、そのどれもが無理な使用を行えば体に大きな反動が押し寄せる。


 そに反動が、見た目に現れたとしたらどうだろう。


 娘は若々しく美しいのに、父親は老いた老人。


 娘は養子であるのか、それともまだまだご顕在であられるのか。


 前者であれば王家が養子であるコルト令嬢と殿下の婚約を許す筈がない。


 後者であれば王家がルデールの力を欲したという事になる。


 だが、この場にルデールの妻らしき人物の姿は見えない。


 まだ推測の域を出ないが、仮説が正しければなんと恐ろしい道具なのだろうか。


「マリー、もしかしなくても危機的状況だったりする?」


「残念ながら、手遅れ間際かも知れません」


 もしルデールが魔獣の創造に成功していたら。


 最悪の状況を想像して、目を塞ぐ。


 もっと早く時生の元へ知らせが届いていれば、あの危険人物を陛下の横に立たせる事はなかった。


 悪寒で凍った背筋は直ぐに怒りの熱で溶け去り、その矛先は時生へと向かう。


 早い段階で何か手を打てなかったのではと顔を歪め、そして直ぐに身勝手な考えをした自分に対して表情を歪める。


 ケビンが居ればからかっていたであろう。


「大丈夫?」


「大丈夫ではありません。今すぐにでも彼の者を一発殴り、レインお嬢様からお叱りを受けた上でへ男は確りと選ぶべきだと説得したい気分です」


「相当だね」


「色々な点と点が繋がってしまいまして……もっと言えば──」


 「彼の者の善意を無下に扱ったあの愚かで最低な老人を、殴り殺してやりたい」、という言葉を飲み込み、壇上に立つ老人を強く睨む。


 いったい何処で道を踏み外したのかは分からない。


 だが、マリーは確かな思いを一つ胸に刻み込んだ。


 時生と老人とケビンは必ず殴ろう、と。

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