3
会場から抜け出しそのままバルコニーへ出たハルレイン。
室内で華やかに舞い踊る老若男女を眺めつつバルコニーの隅に陣取ったハルレインは、はぁと溜め息を吐く。
「やっぱり、私には向かない場所ね」
社交界へ関わってこなかったツケが回ってきたと言えばよいか。
お偉い立場の人間とは話したくない。
それでいて、他の人間と関係を築く事もしたくない。
実に面倒で我儘で、家の為にならない残念な女であるとハルレインは自虐的な笑みを浮かべて目の前から視線を逸した。
「まぁ、スリーグルス家の忠誠は王家にありませんし、別に社交界に加わらなくとも何ら問題はないのですけどね」
あの場から逃げ出した自分を慰める様に、言い聞かせるように自身へ言葉を掛ける。
「そんな事より店長は何処へ行ってしまったのでしょうか」
再度、室内へ視線を向けてじっくりと目を凝らしてよく観察してみるのだが時生らしき人物は見当たらない。
仕事を手伝おうにも時生が居なければ何も出来ない状況に、ハルレインは手持ち無沙汰で落ち着かない。
いっそ一度マリー達の元へ帰って影の中を通って会場に入り込もうか。
それなら誰とも会うことなく、会話する事なく時生のことを待っていられるだろう。
そんな考えが過り始めたとき、室内のとある令嬢と目があった。
その令嬢は僅かにウェーブの掛かった長く綺麗な金髪をなびかせ、愛らしいドレスをフリフリとさせながら誰かを探す素振りを見せていたのだが、ハルレインと目が合った途端なぜかこちらへ向け歩いてきた。
さて、彼女はどうしてわたしの方へ歩いてきているのだろうか。
ハルレインは考える。
どこかで会ったことのある人物なのだろうか。
学園時代の同級生か、お父様の代わりに行った政務で関わりを得た人物か。
しかし、どれだけ考えても近付いてくる彼女の顔が出てこない。
思考を巡らせている内に彼女はバルコニーへ出て来ており、ハルレインに向けてこう声をかけた。
「あなたがハルレイン・スリーグルス?」
なんと不躾な質問だろうか。
これでも伯爵家の令嬢であるのだが、それを知った上でこの態度を取っているのであれば失礼も通り越して無礼である。
「私はエレノア・コルト。あなたハルレイン・スリーグルスで合っているわよね?」
我が家より上の爵位の家であるのなら兎も角、彼女の顔とコルトという家に一切の覚えが無い辺り本当に知らない家の者であろう。
社交界の仕来りに対して私よりも疎い様に見える。
新参の貴族……成り上がりだろうか?
「ちょっと、無視しないでくれるかしら?」
「……少し、考え事をしておりました。コルト様でしたか? 私に何か用事でもございましたか?」
「えぇ、えぇ、大有りよ。あなた、私の婚約者に色目を使ったわね?」
「……全く身に覚えが無いのですが」
「嘘をおっしゃい! 私ちゃんと見てたんだからね!」
どうしよう。
本当に、全く身に覚えが無い。
この際相手の爵位云々は置いて誤解を解かねば、とハルレインはエレノアへ弁明するのだが。
「えっと……本当に覚えが無いと言いますか。私ここに来てから家族を除いて一人としか会話をしていないのですけれど」
「言い訳しても遅いわ! もうあなたには罰が下るのだから!」
ハルレインの声が彼女に届く事はなく、寧ろ罰せられるべきはハルレイン自身であると信じて疑わない。
「罰?」
「未来の王妃たる私の力、今ここで見せてあげるわ」
「未来の王妃……え!?」
ハルレインは大いに混乱すると同時に彼女が何者であるかという答えに辿り着いた。
つまり、彼女はレクス殿下の婚約者であるというのか。
やはり厄介事が起こってしまったとハルレインは頭を抱える。
まず優先すべきは誤解を解くことであると口を開き叫ぼうとするのだが、気が付いた時には既に遅くエレノアの行使した魔術がハルレインの身体を貫く。
「なっ、っ……」
あまり痛みを感じない攻撃であったのだが、彼女の魔術が身体を貫いたと同時に意識を刈り取られハルレインはその場に倒れ込む。
エレノアはハルレインが倒れる前に肩を持ち支えると、影の中へハルレインの体を沈めた。
「誰にも私の邪魔はさせないわ」
エレノアは佇まいを正すと、煌びやかな室内へ戻っていった。