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爛々とした煌めきと共に賑わいを見せる会場。
楽器団の奏でる音楽にのせて数名の男女が手を取り合いダンスを踊る。
それを眺めながら楽しそうに会話をする者や音楽とダンスに紛れヒソヒソと口元を隠し怪しく会話する者、そして忙しそうに会場を動き回る者。
人々が思い思いに過ごす中、ハルレインは一人会場の隅に立ち壁の花と化していた。
「踊るくらいなら食べるほうが楽しいでしょうに」
「レイン、そんなこと思っても口に出すものじゃないよ」
小さな頃からこういった場に興味を示さなかったハルレインの口からポロッと漏れた本音を咎めるように口を出したのは、会場で目が合った時から側を離れず立ち続けている一人の男性。
その人物の名はスリーグルス家長男、ビルアインスリーグルス。
中肉中背で服が張り裂けそうな程発達した胸と上腕の筋肉が自慢の、ピンピンと針の様に硬い直毛の黒髪を持つスリーグルス家次期当主。
会場で一人のハルレインを見つけてから早々に妻を義父の元へ送り、直ぐ様妹の隣に立つと近付こうとする者へ鋭い視線を向けながら妹との会話に花を咲かせていたのだ。
「ですがアイン兄様、私にはアレが心底楽しいようには見えません」
「それはレインが子供の頃にあっちの娯楽を知ったせいでパーティー等の貴族が本来身に付けるべき娯楽に一切の興味を示さなかったからだと思うんだけど、どう?」
何も言い返せなくなり閉口するハルレイン。
パーティーは貴族にとって情報のたまり場。
貴族特有の腹芸たっぷりなやり取りも全ては王都とその近郊の情報を得、その上で自身の人脈をより広めるためのもの。
あと、公然の場で男女の仲を知らしめる意味もある。
貴族として嗜むべき場所から逃げたわたしはそれら義務を家族へ押し付けた負い目から何かを言い返す事なんて出来るはずもない、とハルレインは無理やり話題を変えた。
「……ミリアお義姉さまはいいのですか?」
「お義父さん達と楽しくお喋りでもしているんじゃないか?」
「妻を一人置いて長いこと妹と会話する夫というのも如何なものかと思いますが?」
「こういった場へ滅多に姿を表さない妹とそのドレス姿を、最愛の妻と天秤に掛けた時にいい勝負をしているのが悪い」
「お義姉さまに怒られますよ?」
「寧ろ共感しれくれるだろう。呼んで来ようか? レインのドレス姿となれば僕より盛り上がる気がする」
「うっ……それは、少し面倒ですね」
「あっはっは、揉みくちゃにされたあげく今日含め数日掛けて方々に連れ回されること間違いない」
笑い事ではない!
叶うことなら今にでもの影魔術を使って逃げ出したい。
だが、時生をここに誘った手前舞踏会から抜け出す事ができないハルレイン。
あぁ、と頭を抱える。
「ところでレイン、彼は何処に居るんだい?」
「へ?」
ビルアインが唐突にもある人物の居場所を聞いてくるのでハルレインは動揺からつい変な声をあげてしまった。
“彼”と称しているが誰を指しているのかは明白であり、名前を呼ばなかったのは此処がスリーグルス領でいないからであろう。
それでも彼がここに来ていると言い出すとは予想しなかったハルレインは軽く硬直した後、古い木の人形の様な鈍い音を鳴らしながら首を回して兄の顔を見る。
そこにはニコニコと爽やかな笑顔を浮かべたビルアインがおり、ハルレインは酷く気分が悪くなるのを感じた。
「何驚いてるのさ。レインの居る所に彼ありって格言を知らないの? いや逆か? どちらも変わらないか」
当然だろう、と大きな胸を張って意味の分からない事を主張するビルアイン。
兄の服はいつも可哀想だ、と素っ頓狂な事を考えつつ全てお見通しであると悟ったハルレインは仕事の手伝いで此処に居るのだと伝える。
「今日は店長のお手伝いでここに来ています。肝心の店長はどこかへ行ってしまいましたが」
「ほー、ならケビンたちも既にこの中に紛れ込んでるのかな? 僕の予想だとあの兵士とあそこの配膳係が変装したケビンとマリーで、サイという人は見たことがないから分からないけど配置するなら入口付近だから……あそこ。どう、当たってる?」
それぞれを指差して楽しそうに推測を立てていくビルアイン。
「残念ながら全て外れです。ケビンとサイさんは馬車で待機、マリーは……私のドレス姿を見るなり号泣してトイレに駆け込んだ後は誰も知りません」
「マリー……まぁ、分からんでもないが」
「アイン兄様、お願いだから分からないで」
「スリーグルス家の人間なら当然の結果だと思うけど。僕でも一瞬泣きかけたもの」
なんて家だ。
我が家の事ながら恐ろしい。
「ほぼレインが原因なのによく自分は関係無いって顔出来るね」
「何の事やら」
「まったく」
互いに笑みをこぼしながら別の話題へ移行しようとした瞬間、ビルアインは前方の人混みが分けられこちらへ開かれるのが見えた。
「レイン、僕の後ろに隠れて」
「アインお兄様?」
すぐにハルレインの前に立ちこちらへ来る人物から妹を隠そうとするも既に遅かったらしく、人混みから金髪の男性が現れ誰にも聞こえない程小さな声でこう言った。
「スリーグルス嬢……」