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祖父曰く、そこはどんな願いも叶えてくれる素敵なお店。
祖母曰く、そこは強く願わねば入れぬ不思議なお店。
父曰く、そこはどんな勇気も形に変えてくれる素敵なお店。
母曰く、そこは縁を結び、縁を切る事の出来る不思議なお店。
小さな頃から、家族の皆が口にしていたおとぎ話に出てくるお店の話。
物語に出てくる者の一人は力を願い、一振りの剣と共に何百年も続いていた魔族との戦争を止め、平和の象徴として偉大な王の道を歩んだ。
また、別の者は不治の病を癒す力を求め、人々を癒す旅として世界を歩き回り、聖女と呼ばれるにまでに至る。
また、別の者は最愛の家族と縁を切り、大罪とされる神殺しを成し、己の命と引き換えに家族と、一つの国を救った。
多くのおとぎ話に出てくる謎の店。
しかし、どの物語にもその店の名は出てこない。
なのに、どの物語にも必ず登場する大きな門と店主とされる壮年の男。
その神秘性から願いを乞う人々に手を差し伸べる神の姿ともされている。
人々の常識に刷り込まれた、偉大なるお店……なのだが。
「ハル〜、喉乾いたからお茶汲んできて〜」
カウンターにしなだれ掛かる彼を、わたしは白目を剥きながら見ていた。
「店長、またそんな格好して……お客さんが来たらどうするんですか?」
「今日は誰も来ない日だから平気だよ」
「前に同じこと言って普通にお客さんが入ってきたの忘れたんですか」
「でもアレは“こっち側”の客だったから」
「はぁ……いい加減にしてくださいよ。はい、これ箒です」
「やる気が湧かないなぁ……ごめん分かった、分かったから。箒で叩こうとしないで、商品が傷ついちゃうから」
わたしが箒を持った腕を上げると彼は渋々ながら立ち上がり、剃り残された髭をジョリジョリと撫でながら箒を手に店内清掃へ参加する。
掃除に参加すると言っても、この店の従業員は店長とわたしの二人だけ。
でもわたし一人でするくらなら一緒にやった方が効率的。
「なぁ、ハル」
「なんですか?」
「そろそろ3時になるからおやつを食べようと思うんだけど、どう?」
彼の言う“おやつ”という単語に体がピクッと反応する。
おやつという名の甘味、甘菓子は庶民ではなかなか手を出せない高級なもの。
高級な物な筈なのに、彼はわたしがこの店に来る日は必ずと言ってもいい頻度でおやつを出してくる。
美味しいおやつで舌が肥え、お腹も肥える。
そんな恐ろしい誘惑漂うこの店の名は「万屋とこしえ」。
万屋とはなんでも屋という意味で、とこしえとは永遠という意味らしい。
「食べます」
「んじゃあ、ササッと掃除終わらせるか……はぁ、腰痛い」
彼はまだ若い見た目をしているのに、腰をトントンと叩きながら商品棚へ向い被る埃をひとつひとつ丁寧に落としていく。
何でも肉体的に衰えることのない不思議な呪いを受けているらしく、人の身でありながら歳だけを重ね、長い時を生きているのだとか。
そんな話、流石に嘘だとわたしでも分かる。
エルフじゃあるまいし。
何ならエルフは長い寿命を持っているというだけで老化しないわけじゃない。
故に彼の話は場を和ませる為のほら話だと私は思う。
だが、彼は本当の話だと笑う。
変な人。
商品棚にはポーションやけむり玉、よく弾む大小様々な玉に魔力を流すことで光を発する摩訶不思議な灯。
そしてクッキーのような、パンのような美味しい美味しい非常食。
更には肌着まで置いてあり、男性の物は棚の隅に、女性の物は店内の一部をカーテンで仕切った先に置いてる。
初めて来るお客さんはよく雑貨屋と思い込んでいるが、ここは万屋、なんでも屋。
お客さんに何かをお願いされたら、そも願いを叶える為に全力を尽くす。
そういうお店。
はじめは難しい商売をしているなと幼いながらに思っていたけれど、店長である彼は必ずお客さんの願いを叶てしまうのだから頭が痛い。
何とも不思議なお店である。
家族の言うとおり、本当に不思議で素敵なお店。
わたしには真似出来そうにない。
ちなみに、わたしは最近このお店をお菓子屋さんとして扱っている。
「今日のおやつって何ですか?」
「プリンだよ」
「プリン!」
ここに来てからおやつがわたしの心を掴んで離さない。
どうか、鳴き続けておくれ閑古鳥。
私がプリンを食べ終わるその時まで。