1、2
1
人工呼吸機によって胸骨を上下させている母の遺体の横にその青年は立っていた。
傷だらけの拳を震わせ、精悍な顔を歪ませ、その青年は立っていた。
彼の名は高橋秀吉。
最強の高校生と噂されるなど、それなりに名の知れた不良だ。
そんな今を時めく不良でさえも、親の死に目には涙するのか。
否、そんな単純な話ではない。
秀吉は生まれてから一回も父に会ったことがなかった。父だけでない、母以外の肉親とあった事がなかった。
それ故、秀吉にとって母は親以上の存在だった。
そんな母が他界し、秀吉は孤独となった。
2
母の火葬を終えた秀吉は八畳一間の、いわゆるボロアパートの自宅で横になっていた。
いつもは絶対に第二ボタンまで開けている学ランをホックまで閉めて着ている。
学ランの襟に喉を締め付けられる感覚が喪失感を薄めてくれるからだ。
そんな秀吉は母と交わした最後の会話を思い出していた。
「ちゃんとご飯食べれてる?」
「食べてるよ! 人の心配するより自分の心配してくれよ」
「お母さんは大丈夫だから、秀吉は自分のことしっかりするんだよ」
「あ〜、わかってるよ! じゃあ! 俺もう帰るから!」
「気をつけて帰るんだよ」
秀吉の母は照れ臭くてすぐに帰ろうとする自分の息子に微笑む。
そして、右手を息子の方へと差し出す。
秀吉は照れを隠すために嫌々、母と握手を交わした。
その直後、母の容体は急変し亡くなった。
秀吉が少し泣きそうになっていると玄関のチャイムが鳴る。
きっと高校の不良仲間が母の仏壇に線香をあげに来てくれたんだろう。そう思いながら秀吉は玄関の扉を開ける。
すると、そこにはすらっと背の高い白人男性が立っていた。
秀吉の身長は百七十センチと決して高い方ではない為、自分より背が高く、体格のいい相手と喧嘩することには慣れていた。
そんな秀吉が無意識に後ずさりしてしまうような、そんな不思議な圧力がその男性にはあった。
自分が後ずさりをしている事に気がついた秀吉は男性のことを隅々まで観察する。
身長は大体百八十五センチくらいか?
筋肉質ではあるが、筋骨隆々という訳ではない。
むしろスリムだ。
一体、この男の何が俺を怯えさせるんだ?
すると、白人男性が口を開く。
「君が高橋秀吉くんかな? 突然、お邪魔して申し訳ない。私の名前はクリックス。君を迎えにきた」
クリックスがそういい終えると同時に秀吉は動き出した。
十七年間、己を守る術として磨いてきた暴力に秀吉は絶大な信頼をおいていた。
しかし、クリックスの喋り方から、秀吉はこの男に暴力で叶わないことを理解した。
そして、何がなんでも自分を連行しようとしている。そんな硬い意志を感じ取った。
いや、正確にはこれらの全てを感じ取った訳では無いのかも知れない。
ただ、秀吉の全細胞が一瞬で戦闘モードにされたのは間違いなかった。
「オラァ!」
秀吉は雄叫びをあげながらクリックスに右ストレートを放つ。
それを難なく避けるクリックス。
しかし、秀吉の狙いはダメージを与えることではなかった。
秀吉のストレートを避ける為にクリックスは一歩後ろへと下がっている。
そう、秀吉はクリックスをドアから遠ざけたかったのだ。
秀吉は勢いよくドアを閉めるとすかさず反対側の窓から部屋の外へと飛び出す。
その瞬間、屋根から少女が飛び降り秀吉の脳天に踵落としを決めた。
そして、秀吉は失神した。