嫌なお題
「この世に朝と昼と夜が『ある』と決めつけているのは人間だけなんだよ」
高校のありがたい授業を経て影の伸びた道路を見つめながら家に帰り、弟と共同の部屋に入って自分の宿題の多さに辟易していた俺は、朝までには終わらないと不平不満をほぼぐちぐちと連ねていると、弟が勉強机にうつ伏せになってめんどくさそうに目の前で鉛筆を指で弄びながらそう言った。
すかさず俺は「ま〜た始まったな屁理屈が」と茶々を入れる。
「朝まで終わらないという定義自体がおかしいって? もし夜の19時から朝の6時までかかっても、終わった時間を「朝」と思うなってこと?」
「そもそも時間というもので物事を区切るからしんどく感じるんだよ。否、いやでも時間で区切れば成果も感じてしまう。ここまで頑張ったから凄いって思える。目の前の成果が現れてなくても」
俺が興味を持ったのを良いことに弟はまたつらつらと喋りだす。
「人間はねぇ、知らず知らずのうちに縛れられたがっているんだよ。何にだってそうだ。楽だもん」
「楽とは」
「この世に目標があったり成果があったり。目に見えるもんねお題がある宿題は。宿でやるお題だから評価されやすい」
「それが宿題ってもんだけどな」
こいつと喋ると見える世界が絶対違うんだよなと気付かされる。
「じゃ、楽じゃない人間にとって嫌なお題って何」
ついにギリギリで指先まで耐えていた鉛筆を落とした彼に、ここぞとばかりに聞いてみると、弟は鼻で一度笑ってから瞳をこちらに向けた。
「この世で人間にとって一番嫌なお題は『無題』だろうね。答えがないから」
「そうだな。俺も今そのお題に悩んでいる」
「は?」
「今日の宿題は『自分で問題を考えてノート一冊全ページにまとめる』なんだよ」
きょとんとした顔を向けた彼は、次の瞬間嫌らしげにニヤリと笑った。
「本当に『無理難題』を突きつけられたんだねぇ、お兄ちゃん。そんなお題は僕も嫌だな」