第8話 相談
俺は那由さんの手を借りて立ち上がり、手で尻についた砂を払い落とす。
「まぁ、俺、やる事あるんでなんもしないですけど」
「なっ!?」
那由さんは一層、頬を膨らませる。
「…じゃあそのやる事に付き合ってあげる! 何するの!?」
「いや…那由さん、漫画描かなくていいんですか?」
「え、えーと…うん」
那由が吃りながら答える。
どうやらこの人…サボって此処に居るらしい。まぁ、いいか。付き合ってくれるならありがたい。
「これから商店街の方に向かおうと思ってるんですけど、いいですか?」
「い、良いわね! デート!?」
「違います。少し買いたい物があるんですよ」
そう言うと俺は那由さんを連れて、商店街へと向かった。
街の一角。午前中にも関わらず、そこは祭りの様に賑わっていた。天井はガラス張りで日光が降り注ぎ、その近くには何ヶ国かの旗が釣られている。
「また世理と歩けるなんて…高校生の時に戻ったみたい!」
那由さんは俺に無垢な笑顔を見せる。
那由さんとは、俺が美術部の部活勧誘で誘われた時からの仲だ。
あの時は那由さんと付き合うとは、全然思ってなかった。
しかし聞いた話によると、部活が終わった後でも絵を描いてる俺の背中に、那由さんが段々と惹かれていったらしい。
そして、高校2年の冬、告白して貰った。
俺はそれを承諾し、俺が高校を卒業するまでその関係は続いた…。
「……さてと、何を買うか」
「無視!? って…え? もしかして何を買うか決めてないの?」
「…まぁ…此処に来たら考えようかな、と」
とりあえずは、誠意の証としてお詫びの品だと思ったんだが…残念な事に葵の好きな物を何一つ知らない。
「……用事とは」
那由さんが世理に聞こえるギリギリの声で呟く。
そんな事言わなくても…こちとら義妹のお詫びの品を…いや、そうか。
俺は遠くを見る那由さんの肩を叩く。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど良いですか?」
「何!? 良いわよ!! 何でも聞いて!!」
「えぇ…」
凄い勢いだな、こんなグイグイくる人だったっけ、この人。
でも今は都合が良いか。
「もし、もしですよ? 俺が那由さんを怒らせたとしたら、何を貰ったら許しますか?」
「そうね、世理のすべ
「少し変えましょう」
俺は那由さんの言葉を遮る。
何故か今、遮らなければならないと本能が言っていた。
ふぅ。じゃあ気を取り直して、
「俺じゃなくて、家族が那由さんを怒らせたとしら何を貰いたいですか?」
聞くと、那由さんは何故か残念そうに眉を八の字変えると答えた。
「んー…そうね…私だったら画材を買って貰えたら許すかしら」
そうだよな、普通は自分の好きな物とか、趣味の物とか貰ったら嬉しいんだろうけど…俺は葵の好きな色さえ知らない。
「えーと…他には?」
「うーん、マッサージ機とか? 最近肩凝りが酷くて…」
うーん…マッサージ機か。どちらも漫画家が嬉しい物であって、高校生には必要なさそうな気がするな。
んー…どうしたもんか。
世理が唸っていると、
「…ちょっと、まどろこっしいんだけど? 誰を怒らせたの?」
那由さんが眉を上げ、バレバレだと言わんばかりの目で此方を見て来る。
流石に無理があったか。俺はこの人に上手く隠し事が出来た事が数回しかない。
「実は…」
「はぁ!? 義妹が出来た!? しかも昨日その義妹のパンツを
「声デカいですって!!」
俺は急いで那由さんの後ろに回り込み、抱き寄せる様に口を手で塞ぐ。
「むっ!?! んふっ! んふふふ…!」
那由は急激に顔を赤らめる。
…何だが不気味な笑いが聞こえるが、我慢、我慢だ。
俺は那由さんが落ち着くまで、ずっと口を両手で塞いだ。
数分後。
「ふぅ…こういうのも悪くない…」
「何か言いました?」
「な、なんでもない!!」
何だ? そんなに焦んなくても…それよりも、
「で、何か良い物ないですかね?」
「予算はどれくらい?」
「そうですね…まぁ3000円ぐらいには抑えたい気持ちはあります」
「はぁ、せち辛いわね。なら金額では表せられない物が良いわね。それに女の子がほぼ喜ぶ物…」
「そんなのあるんですか?」
「ふっ…私を誰だと思ってるのよ?高橋那由よ?」
「お、おぉ…!!」
た、確かに!! 高橋那由は世界でも通用する名前だ! それを言われてしまっては納得するしかない!!
「そ、それは!?」
「それはね〜…」
夕方、18時頃。家の玄関。
「…何のつもりですか?」
「これが例の葵のお兄さん?」
「今朝はその、悪かった」
俺は玄関で両手に収まるぐらいの箱を隣に置き、葵達を正座で出迎えた。