83 街の郊外
楽しくみんなで話しながら学院の中を、外に向かって歩いていく。
「あ、そうだ。シェイド、外にいる間はなるべく念話で話そう」
「む? やはり目立つからであるか?」
「そうだよ、人の言葉を話せる精霊は珍しいからな。シェイドがただ者ではないことが敵にばれていいことはないからな」
「! そうであるな! 任せるのだ」
(以後、念話を使うのだ!)
〈ありがとう〉
シェイドは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、念話で語り掛けてくる。
そして、リルは少し驚いた様子で俺とシェイドを交互に見た。
「あの、グレンさん、念話を習得されたのですか?」
「ああ、オンディーヌに教えてもらったんだ」
(そうなのである!)
シェイドの念話はリルには届かない。
だが、嬉しそうに尻尾を振りながら、リルに向けて返事をしている。
そのシェイドの表情はまるで機嫌のいい大型犬のようだ。
「念話を使える魔導師など、ほとんどいませんわ」
「そうなのか? オンディーヌは契約精霊となら念話が使えると言っていたが……」
すべての魔導師が使えるわけではないとは、オンディーヌは確かに言っていた。
だが、念話を使えない魔導師が少数で、使える魔導師が多数などだと勝手に思っていた。
「理論上は使えるはずですが、その理論を実践できる魔導師は極めて稀ですわ」
「ふーん、ちなみにどのくらいの魔導師が念話を使えるんだ?」
「百人に一人ぐらいでしょうか。使えたら一流と言われますわ」
「なるほどなぁ。ちなみにリルは?」
「私は何とか使えますが……」
「おお、すごい」
「がぁう」
リルの若さで百人に一人しかできない技を使えるのは大したものだ。
フェリルも誇らしげである。
「ですが、私はまだ未熟。使いこなせているわけではありませんわ」
「ふむ? 使いこなせないっていうのは、集中しないと伝えられないとか?」
「それもありますわ。ですが、なにより、ゆっくり伝えないと伝わらないのです」
「なるほど、戦闘時とかは声に出した方がいいのか」
「そうなりますわ。奇襲のための準備とか例外はありますけど……」
「それでも、使えるのと使えないのでは大違いだ」
「がう!」
フェリルも、すごいとリルを褒めているようだった。
俺たちは、ゆっくり歩いて学院の外へと出る。
その間、ずっとジュジュは気合の入った様子で周囲をきょろきょろと見ている。
重大な任務を与えられたので、緊張しているのかもしれない。
(ジュジュ。あまり緊張しないようにな)
俺は念話で語り掛けながら、ジュジュのことを優しく撫でる。
ジュジュに念話で話しかけたのは、敵がどこから聞いているかわからないからだ。
ジュジュとの会話を聞かれたところで、どうにかなるとは思わない。
だが、念には念を入れてである。
(じゅ~)
(力を抜いて、気楽にな)
(じゅ!)
ジュジュも気を遣ってか、念話で返事をしてくれる。
赤ちゃんなのに、とても賢い。
俺とリルは適当な話をしながら、以前チンピラに絡まれた付近へと歩いて行った。
学院から王都外縁部に向かうとなると、あの辺りを通ることになるのだ。
すると、たまたま、いや当然のように老婆に出会った。
老婆はこの辺りの顔役で、以前から俺に雑用の仕事をくれていた。
そして、俺のことを先生と呼ぶ。
「あら、先生。こんにちは。先生も隅に置けないねえ」
そういって、リルのことを見る。
「こんにちは、って、いやいや、この人はそういうんじゃないよ、仕事でね」
「ほう仕事?」
「学院の仕事で探し物を頼まれたんだよ」
そして、俺はリルとフェリル、そしてシェイドのことを紹介する。
リルのことは学院の監督生と紹介した。
俺が監督生から仕事をもらったりしていることは話していたので、老婆は自然と納得してくれた。
そして、シェイドは静かに「がう」と吠えて、トカゲの振りをしていた。
「あ、この子はジュジュって言うんだ。前あったときは、名前教えてなかったでしょ?」
「そうだったね。ジュジュちゃんっていうのかい。かわいいねえ」
「じゅ~」
「前に見たときより大きくなったかい?」
「赤ちゃんだからね、成長が早いんだよ」
呪いが解けて手足と尻尾が太く長くなった。
急に成長したかのように見えなくもない。
「それに、ジュジュちゃん、随分と元気そうに見えるよ。前は具合が悪そうだったものね」
そういって、老婆はジュジュの頭を優しく撫でる。
ジュジュも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「あの時は、ジュジュの調子が相当悪かったからね。だいぶ元気になってくれて安心だよ」
前回、ジュジュは呪われて瀕死の状態だった。
「すくすく育つんだよ」
「じゅ~」
ジュジュを撫でてから、老婆は言う。
「で、何を探しているんだい? 手伝えることかい?」
「守秘義務があるから、詳しくは話せないんだ」
「そうかい」
「ただ、怪しい奴とか見なかった?」
「怪しい奴……うーん。そうだねぇ。怪しい奴ばっかりと言えなくもないんだけどねえ」
この辺りは夜逃げしてきた奴や、逃亡中の軽犯罪者などが来ることが多いのだ。
手配中の重犯罪者は逆にこの辺りには来ない。
いくら官吏の目が届きにくいと言っても、王都内部。
本当の重犯罪者は、王都の外に逃亡するのだ。
手配されていない重犯罪者は、その限りではない。
俺とジュジュに石を投げつけた奴のようにである。
「魔導師っぽかったり、金持ってそうな怪しそうな奴を見かけたりは?」
「……それなら、心当たりがないこともないよ?」
少し考えて、老婆はそう言った。





