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錬金術師、街を造る。  作者: かなん
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第二話 生き返ったら水底に沈んでた

ブクマや評価をしていただけると、嬉しいです。


 「錬金術は複数の技術の複合技術だ。魔術、医術、鍛造術、全てをマスターしろとは言わんが、知識は持っていなければいけない」


 そう言って、老人は書庫の扉を開いた。

 同時に、どこか甘くて、冷たい、古書の香りが俺の鼻腔に届き、次に視界一杯に本の壁が広がった。

 いつもはしっかりと整えている長い白髪を適当に後ろで纏めた老人は、俺の身長の十倍はあろうかという本棚から、適当な本を取り出す。


 「まずは子供でも入りやすい魔術からだ」


 手渡されたのは、分厚く、大きな、艶のある黒表紙の本だ。開いてみると、様々な魔術について記されている。


 「手始めに、58ページを開いてみろ」

 

 老人に指示された通り、57と58と記されたページを開く。片方に書いてあるのは水面を歩く魔術、もう片方にあるのは水中で息をする魔術だ。


 どうして、こんな魔術を見せるのか?手始めというなら、風や水を出す単調な魔術の方がいいのでは?

 

 そんな俺の考えが伝わったのか、老人が穏やかに笑って、


 「今の君に必要な魔術だろう」


 そう言った。


 そして、その次の瞬間、俺は水の中にいた。


 「ッ!?」


 ガボリ、冷たい液体が俺の口、鼻、目、顔のあらゆる場所に流れ込んでくる。手を動かそうとしても、何かに挟まっているのか、動かない。


 このままでは、溺れて死ぬ。


 そう判断したコンマ1秒後には、己の知識にある魔術を行使していた。使った術は当然、水中での呼吸を可能とするものだ。


 「はー、はー、一体何が・・・」


 寝て起きたら、水の中にいた。馬鹿げた話だが、実際に俺は今、そんな状況に陥っていたのだ。

 どうしてこんなことになったのか、俺は寝る前の状況を思い出そうとして、自分が二千年もの間、封印されていた事を思い出した。


 「良かった、成功したのか・・・」


 擬死薬、自分で作ったものだが、実際に二千年間も死んだままでいて大丈夫なのか、確証は無かった。

 今、こうして自分が生きているという事実に深い安堵を覚える。


 しかし、それにしても水の中にいるという理由が分からない。取り敢えず、ここから出て周囲を確認しなければいけない。

 挟まっていると思っていた腕は、封印用の特殊な拘束具で椅子に括り付けられていたので、それを内側から衝撃を与える魔法で破壊、浮上する。


 「ぷッ、ここは・・・」


 水中で大体分かっていた事だが、どうやら俺の沈んでいた場所は小さめの湖のようだ。

 二千年の間に教会ごと湖の底に沈んだのかと思ったが、それにしてはこの湖は浅過ぎる。


 泳いで岸に上がり、周囲を散策してみると、この辺りが大きく、すり鉢状に抉れている事が分かった。

 俺のいた湖はその中心地というわけだ。

 長い月日によって、地滑りでも起きたのか、はたまた星の欠片でも落ちてきたのか。原因は分からないが、ようやくある程度、周辺の地理が分かった。


 そして、俺の生まれ故郷であるアーガス聖帝国が既に滅んでしまっているということも。


 教会の周辺だけではない、このクレーターは国の首都部分をまるまる潰してしまっている。加えて、見える限りに広がる大自然。この辺りに人が住んでいるとは思えない。


 あれだけの大きな国が跡形も無くなってしまう。

 二千年、改めてその年月の長さを実感するが、いつまでもそうしてはいられない。

 今の俺は裸一貫、封印に使用されていたボロ布で大事な部分等は隠しているが、このまま夜になれば風邪をひいてしまう。

 

 方角を知る魔術と正確な距離を測る魔術を併用して、かつての俺の研究所跡地にまで移動する。

 町の面影など何一つ残っていない為、教会の位置から方角と距離を測る事で大雑把な位置を割り出してから、


 「この辺りか」


 軽く指を振る。

 すると、虚空が剥がれた。

 どこからともなく現れた夜色の布が落ちた後に出てきたのは、俺の研究所の扉だ。

 

 研究所を隠していたのは《妖精の隠し布》と名付けた道具だ。見た目は夜を思わせる色合いのただの布だが、この布は覆った物を別の世界へと隠してしまえる。布に血を混ぜ込んだ者以外は触れることが出来ず、効果も一度限りの使い切りではあるが、見えなくするだけの道具とは違い、そもそも別の世界に隠すため、隠した物の安全は確実に保証される。


 俺が錬金術で作った特殊な扉は、どうやら二千年という時間にも耐えてくれたようで金属製の取っ手を引っ張ると、少し軋んだような音を立てつつも取っ手が外れてしまうというようなことも無く、しっかりと開いてくれた。

 入口にセットしてあった灯り用の魔力ランタンは、燃料用の鉱石が無くなってしまっていた為、点けられない。仕方なく魔術で指先に光を灯しながら、薄暗い内部を暫く探索してみたが、うっすらと埃が積もっていた他は、俺が使っていた頃とほとんど変わらないままだった。


 そして、一番重要な部分である錬金道具だが、残念なことにその全てが使い物にならなくなっていた。


 経年劣化でダメになってしまっているような素材を使った装置が多くあるため、時間をかけても直せそうにない。

 しかし、倉庫の方にはいくつか無事な物が残っていた。


 部位欠損すら治せる秘薬、《エリクサー》3本。

 鳴らすだけで雷を降らせるハンドベル、《雷鳴鈴》一つ。

 特殊な薬莢を入れて引き金を引くと前方に向けて爆発を放つ拳銃、《爆雷砲》一丁。

 《爆雷砲》専用薬莢、三つ。


 他は大体が経年劣化で駄目になっていたが、しばらくの護身用としては十分だろう。

 それから、消耗品とは別に残っていた布を錬成の魔術で服に仕立て上げ、当座の衣服を作る。そこに先ほどの道具たちを積み込み、最後に倉庫の中で最も厳重に封印された黒塗りの箱を引き摺り出す。



 二千年前、俺が捕まった際にその証拠となった《メタトロン》の名を持つ神具の模造品は本来の性能の二割ほどしかコピー出来ていない、捕まる十年前、俺が最初に造った出来の悪い武具だ。

 

 では、神具を超える武具を作り出すという目標を掲げる俺が、それだけで満足するだろうか?


 答えは否だ。


 俺は捕まる直前まで十種の神具、その全ての模造品を作り続けていた。

 最後に俺が造った、本来の性能の八割の再現に成功したそれらは、今、目の前の箱に十種類全て収められている。


 中に十種類、全ての模造品がある事を確認してから箱に刻まれた魔術印に触れる。すると、箱が一冊の本に変化した。


 これは、《魔本のトランク》、入るのは十個のみで、重さや大きさに制限こそあるものの、中に入れた物を本にして持ち運べる、非常に便利な道具だ。


 「よし、行くか」


 他に使えそうな物が残っていないか確認し終えてから、研究所を出る。

 研究所に入る前は中天にあった太陽は、山脈の向こう側に隠れてしまっていたが、代わりに月が明るく輝いていた。

 

 まさか、一晩中全力で移動して人里が見つからない訳はないだろう。もし、二千年で人類が絶滅していたとしたら、などという事は考えない事にする。


 軽く屈伸などをして走り出そうとした直後、天に昇る火柱が月明かりを押し除けて、夜の闇を照らした。

 

 


 




 

 

 

 

 

 

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