ウルフムーン後編
登場人物
星野翔太 ほしのしょうた
雪翔子 ゆきしょうこ
雪春 ゆきはる
アルク あるく
海堂夏希 かいどうなつき
Chapter17〜海堂夏希と言う人間〜
今、僕達は卒業式に参加している。事になっている。実際はアルクの世界に居た。僕達は作戦実行の為、卒業式には参加しなかったのだ。この場所には僕と雪とアルクが居る。アルクの姿はいつもの白いワンピースだが僕達は黒いレインコートを着ていた。そして手にはエビ鉈がある。黒いレインコートはお店で買った物、エビ鉈は委員長先生の家にあったものだ
「準備はいい?」
「私はいつでも大丈夫です!」
「アルクは?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ最後の確認」
顔を見られない為にレインコートにフードを被る。アルクは神様なので顔を見られても社会的に大丈夫
僕の手にはエビ鉈が握られていた。先端が前に尖っているのが特徴だ
そして作戦はこうだ。先ずアルクの世界に虐めの主犯格と取り巻きを呼ぶ。そしてアルクが一芝居し鬼ごっこを開始する。地形の形は僕達が通う中学校の校舎の中、開始場所は二年二組、外には出れない。鬼は僕と雪、逃げるのは虐めをしている奴ら、僕はタッチする代わりにこの鉈で虐めを行った奴を斬る…のは冗談で斬るフリをする。上手く角度を調整して他の人達からは本当に斬られた様に見せる。実際は斬っておらずアルクの力で外に逃すだけ…だが他の人達から見るとエビ鉈で斬られて消えた様に見える訳だ。そしたら嫌でも信じるだろう…この鬼ごっこの恐怖に…僕達は体力がないので雪と交代交代に行う。取り巻きから斬っていき最後に主犯格を追い詰め約束させる。もう二度と虐めはしない…と、その時には主犯格も恐怖で肉体的にも精神的にも限界だろう。きっと約束してくれる筈だ。これが雪が考えた作戦。そして今から僕達が行おうとしている事だ。
「じゃあアルク、鳥居を虐めてた奴らの前に頼む」
「了解!」
最初が一番の難関だ。黄昏時しか現す事の出来ない鳥居に果たして全員、もしくは主犯格だけでも入ってくれなければその時点で作戦は失敗する
僕は強く祈る…どうか鳥居に入ってくれ…と
その願いは通じたのか六人が入ってきた
虐めてた奴ら全員かわからないが、僕は確認した…そこに主犯格の彼女いた事を…さぁ作戦開始だ
「ようこそ、私の世界へ!私は神様のアルクです。どうぞお見知り置きを」彼女達は何が何だかわからない様子だ。それはそうだ。突然現れた鳥居を潜ったら変わらない景色…二年二組なのだから、変わったのは目の前に僕達が現れた事だけ…
「は?あんたら誰?」主犯格の彼女が言う
「だから最初に言いましたよ?私はアルク、そしてこの隣にいる二人が遣いの者です」
「さっきまで居なかったよね?それになんか変な門が出てきたし…なんなの?」
「あれ?皆さんは知りませんか?学校の七不思議」アルクが一芝居する
「七不思議って…確か全部くだらないやつだよね?」取り巻きの一人がそんな事を言う。そう僕達は学校の七不思議を利用する事にした。誰でも知っていると海堂さんから聞いていたからだ
「七不思議の七番目、あなた達は神隠しにあいました!おめでとうございます」アルクは手をパチパチさせ拍手をする。その姿が気に障ったのか取り巻きの一人がアルクの胸ぐらを掴もうとする
「あのさ、いい加減な事ら言ってると私達怒るよ」僕はエビ鉈でその取り巻きに斬りかかる。角度はバッチリ、頼むよ?アルク
作戦は上手くいった。僕は斬りかかるフリをしアルクが上手く外の世界に返した。その様子が彼女達にはどうやら斬られて消えた…その様に見えた様だ
僕は左手に持ったエビ鉈に右手に隠した赤い絵具を塗りたくった。これで血液がついた様に見えるだろう
「私に手出しすれば殺しますよ?」アルクは不気味な笑みを浮かべ彼女達に伝えた
「きゃーーー!!!!!!」取り巻きの一人が状況を理解して悲鳴をあげる
「だから皆さんは七不思議の七番目、神隠しにあいました。この世界では殺してもバレません。人を神隠しにあわせ殺していくのが私の趣味なのです」演技とは言え凄い威圧感だ…流石は神様
「ふ、ぶざけんな!そんな事してただじゃ済まさないから!」主犯格の彼女はこの光景をみても尚、歯向かってくる
「少しウザいよあなた?」アルクは地形を操作し地面から岩を出す、その岩に主犯格が当たり天井にぶつかる…そして地面に落ち、気絶した…僕も雪も動揺した…事前に計画した作戦とは違うからだ。そしてアルクの表情は怒りに満ちていた
「ごめんなさい…少しムカついてしまいまして…それでは今から鬼ごっこを始めます。鬼は私の遣いの者、逃げるのはあなた達です。捕まればどうなるか、わかりますよね?」アルクは満面の笑みに戻っていた。その表情が取り巻き達に更なる恐怖を煽った
「十秒数えますので逃げて下さいね?それではスタート」アルクはゆっくりと一から数える。最初取り巻き達は唖然としていたが自分達がおかれた状況が理解できたのか悲鳴を上げて廊下に逃げる
「八〜九〜十…これで大丈夫ですか?」アルクは僕達に自分は作戦通りに動けたか確認してきた
「アルクちゃん…天井に叩きつけるのは駄目です!お説教します!そこに正座!」
「は、はい!」雪は怒らせると怖い…覚えておこう。こうして神様の遣いが神様にお説教するという奇妙な光景がうまれたのだった…
雪のお説教は長かった…この世界では何分経ったかわからないのだ…だから僕はそろそろ止めに入った
「雪、そろそろ鬼ごっこしないと、彼女が気絶してるのは、やり過ぎにしろいい事だよ。全員を捕まえてから彼女を起こせば取り巻きは全員、死んだ、そんな状況が作れる」
「仕方ありません、今回の事は許します」
「うわぁ〜ん!星野さん!」アルクは大泣きしていた…
「アルク?これからは雪を怒らせない様にしようね?」
「はい…」雪が怒りアルクが泣き、僕が慰める…なんだかその光景は…
「はは!何だか親子みたいだね?僕達」
「ほ、星野くん…それでは私は怖いお母さんになりますよ!?私は優しいお母さんなんです!」口を尖らせて反論する雪を見て僕は思った。将来本当にこんな家族になれたらいいいなぁ〜と
「それよりアルク、他の四人の居場所は?」アルクの世界なのだから当然どこに誰が居るかわかるのだ
「ここが三階で一番近いのは四階の一年二組の教室のロッカーの中ですね」
「わかった。雪と交代交代にやる予定だったけど僕一人でやるよ。雪は主犯格の彼女を見ていて」雪は一瞬、心配そうな表情をしたがすぐに笑顔になり
「わかりました。気を付けて下さいね?」
「僕には神様がついてるからね。大丈夫!それじゃあ行ってくる」もし武器を奪われたりしたらアルクがさっきの様に地形を操作して助けてくれる手筈だ。だから大丈夫…僕は集中する…すると世界がスローモーションに見えた。体の中の細胞が殺れと言っている
四階の一年二組の教室に入るとロッカーから音が聞こえた。僕はロッカーに近づき…一気に扉を開ける!中にはロングヘアの取り巻きのが居た
「お、お願い!助けて!」そんな命乞いをしてくる
「君がした罪…わかってる?」
「罪…?罪ってなによ!私何も悪い事してない!」どうやら思った通り、虐めを罪だと思っていないらしい。だから僕は容赦なくエビ鉈を取り巻きの彼女に斬りつけた。彼女は刃が当たる前に消えていった…
この行動は正直言ってヒヤヒヤする。もし刃が本当に当たってしまったら?と考えると…いや…アルクを信じよう
そう改めて決意した時にアルクの声が脳内に響いてきた
「聞こえてますか?次は同じ階の放送室にいますよ」これがテレパシーとか言うものなのか…まるで音楽をイヤホンで聞くのと同じで脳内にガンガン響く…そんな感じだった
僕は放送室に向かった。前に海堂に校舎を案内してくれたお陰で主犯格の炙り出しに成功したのと校内のどこに何の部屋があるかわかる
放送室にはショートヘアの取り巻きがいた
「何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
「自覚はないの?」やはり彼女も虐めを悪い事と思っていないらしい。僕はエビ鉈を彼女に向かって斬りつける。そして彼女は消えていった。アルクが消してくれたのを確認して再度安心した…
「お疲れ様です!残る二人は体育館にいます。どうやらやられる前にやる気みたいです」少し厄介か…?でも臆する事はない、それだけの気持ちが僕にはあった
一階に降り体育館に向かう。取り巻き二人は体育館の真ん中に堂々と立っていた
僕の姿を確認すると左右に逃げた。ようやく鬼ごっこらしくなってきた
僕は体育館の真ん中に陣取る。そして全神経を集中させる…取り巻き二人は体育館をぐるぐる回って僕を撹乱させようとしているみたいだった。おそらく一人に集中すればもう一人に後ろからエビ鉈を奪われるだろう
だったら簡単な話だ。奪うつもりならくれてやろう
僕は眼鏡を掛けた取り巻きに向かいエビ鉈を投げつける。その行動が予想外だったのか。眼鏡の取り巻きは咄嗟に立ち止まろうとする…だが体育館は滑る…バランスを崩す
エビ鉈は眼鏡の取り巻きに当たらなかったが僕の反対側にいるツインテールの取り巻きには当たった様に見えるだろう。眼鏡の取り巻きは消えていった…その光景を見てツインテールの取り巻きは体育館から校庭に繋がる扉まで逃げる。僕はエビ鉈を壁から抜くと左手に持ち直した。そしてゆっくりツインテールの取り巻きに近づいていく
「どうして開かないの!?」外には出られない…それがこの鬼ごっこのルールなのだ
僕はツインテールの取り巻きの目の前まで辿り着く
「い、いやーー!まだ死にたくないよ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「何で神隠しにあったかわかる?」
「わ、わかる訳ないじゃない!」
「悪い事をしたからだよ」僕は冷静にそして冷徹にその言葉を口にした
「虐め…したよね?」
「い、虐め!?あれは軽い冗談だったのよ!虐めじゃないわ!」彼女もまた虐めではないと言う…やはり虐めをおこなってる奴は皆んな虐めてるとは思っていないみたいだ
だから僕はまた躊躇なくエビ鉈を取り巻きに斬りつける…
「お疲れ様です!星野さん」僕は安心した…無事終えたのか…いや、まだ主犯格がいる
僕は三階の二年二組に戻る
「星野くん!大丈夫でした?」
「正直、精神的に大丈夫じゃない…また胸、かしてもらおうかな…?」雪は優しい微笑みで「いいですよ」と言ってくれた…だがそれはまだお預けだ
「主犯格をなんとかしてから…かりるよ」
主犯格の彼女はまだ気絶していた
僕は近くにある机にエビ鉈を叩きつけ大きな音を出した、何回か繰り返しているうちに主犯格の彼女は目を覚ました
「お目覚めですか?」
「ここは…?」一瞬、自分がどこにいるかわからなかったらしいがすぐに思い出したらしい。主犯格の顔が険しくなる
「他の皆んなはどうしたの!?」そんな怒りに満ちた声を上げた
「殺しましたよ?鬼ごっこで逃げきれなかった罰です」アルクは平然と答えてみせる
「ふ、ふざけないで!」
「こちらは真面目ですよ?七不思議の七番目…何で神隠しにあったかわかります?」
「わ、わかる訳ないでしょ!?」アルクは不気味に笑った後
「虐めをしたからですよ?」と言った
「い、虐め?私がいつ虐めたの!?」やはり主犯格も虐めを自覚していないようだ
「海堂夏希さん…知ってますよね?あなたは彼女を虐めた」アルクは淡々と話を続ける
「あれは海堂さんが悪いのよ!すぐに調子にのるから…」
「調子にのっているのは自分だと理解できませんか?」
「私がいつ調子にのったの?」なる程…主犯格だけはある…罪の意識がこれっぽっちもないようだ。そこで今まで黙って聞いていた雪が動いた
「ふざけないで!夏希ちゃんがどれだけ苦しい思いをしたのかあなたに絶対にわからない!でもあなたがやった事は殺人と一緒よ!」その言葉には海堂さんを思う気持ちが篭っていた。それでも主犯格の彼女は…
「海堂さんの事なんて知ったことか!私は大手会社、社長の娘なのよ?こんな事してわかってる?」
「私は神様ですよ?大手会社だろうとその娘さんだろうと関係ありません。人間の決めた法律は私には通用しないのです」
「神様?そんなのいる訳ないでしょ?あんたら馬鹿じゃないの!?」
「まぁ最近の人が神様を信じないのは仕方がない事なのでその反応は否定しません」
「だったら私をここから生きて出しなさい!これは命令よ!」その言葉がアルクの機嫌を損ねたらしく。机の一つが吹き飛び、壁に当たる。その音は当たればただでは済まない…そんな恐怖を植え付けるには充分だった
「こ、殺すの…?私も…皆んなと同じ様に…」
「う〜んどうしようかな〜」アルクは考えたフリをする。全ては計画された事…だから次のセリフは決まっている
「海堂夏希さんに謝り、二度と虐めをしない、それと私は江戸川区の神様なのであなたが江戸川区に居るかぎり目障りです。この地を去ってもらいましょう」
「じょ、冗談じゃ…」主犯格の彼女が否定しようとした瞬間、アルクの力でまた机を壁に激突させる。それがトドメになったらしい
「わ、わかった!謝る!謝るから!だからお願い…殺さないで!!」
「約束ですよ?」
「約束する…するから!」
「それでは元の世界に返しますのですぐに謝って下さいね?もう二度と会わない事を願います」主犯格の彼女は消えていった…
「終わりましたよ。星野さん、雪さん」
「お疲れ様です!星野くん!アルクちゃん!星野くん…胸をかしてあげます」僕は今にも泣きたい気分だった、エビ鉈で人を追いかけて、斬りつけるフリをする…それだけでも正常な人間なら罪悪感に押し潰されてしまうだろう。僕が考えた作戦を実行していたならきっと僕は罪悪感に押し潰され自殺していたに違いない…今回の事で僕は三つの事を学んだ。一つは人の命の重さを…一つは人を傷つける罪悪感の重さを…一つは雪とアルクの大切さを…だから僕は遠量なく雪の胸で泣いた…泣いて、泣いて、泣いて…泣きじゃくった…そのうち緊張の糸が切れたのか突然の疲労と眠気が襲ってきて、そのまま僕の意識は暗闇に包み込まれるのだった
気付いた時には雪の膝の上にいた
どうやら僕は膝枕されていたらしい
「星野くん、起きましたか?」雪が起きたのに気付いて話かけてきた。僕の寝顔をずっと見ていたと思われる。
「ごめん。今起き上がるよ」少し名残惜しかったが僕は雪の膝から起き上がった
「私は気にしませんよ?星野くんには必要な休息だったのですから。それに…今回の作戦を考えたのは私です。辛い役目を押し付けてしまいごめんなさい」
「雪…」確かに辛かった、二度とこんな事はしたくない。でも雪は悪くない
「適材適所、それにエビ鉈を持って襲うなんて僕の読んだ小説と同じ展開だったからね」僕は立ち上がり、そんな冗談が言えるぐらいまでには回復した事を自覚した
気付けばいつものヒメサユリの世界に戻っていた
「星野さん。私はあなたに関わって欲しくなかったです。次からは関わらないで下さいね?」アルクに注意される…確かに僕を守りたいアルクにとっては今日行った事は危険な行動だったかもしれないでも僕は…
「嫌だよ、僕は雪を守りたいんだ。残念ながら次からも関わらせてもらうよ」アルクは予想していただろう僕の言葉に溜息をつく
「でもこれで海堂さんは自殺せずに済むんだよね?」この言葉に雪とアルクは少し困った顔を見せた
「星野さん、海堂夏希は今、屋上に居ます。柵を乗り越え飛び降りる寸前です」その言葉に絶望した…
「私達がこの世界に来たと同時に夏希ちゃんは屋上に向かったみたいなの…」この世界と現実世界では流れが違う。僕達は時間をかけ過ぎたのだ…そもそも結構日をもっと早めていればこんな事にはならなかった…
「準備に時間が掛かったのはしょうがない事です。私は今は現実世界には行けません。ですが星野さんと雪さんはまだ間に合います
私がお二人を屋上に帰します」
「そんな事が出来るの?」確か僕達がアルクの世界に入ったのは保健室だ。先生が居なかったので保健室から入った。その後しばらくして主犯格と取り巻きが入ってきた。しばらくして入ってきたのはこの世界と現実世界の時間の流れが違うからだ
「江戸川区ならどこでも出現可能なのですから帰すのも江戸川区ならどこでも可能です」
「その事でアルクちゃんと話し合っていました。作戦は、私達を屋上に帰し夏希ちゃんに全力ダッシュ…これしかありません」海堂さんが落ちるところに待機…という案もあったそうだが僕達、二人だけでは受け止められないだろうと言う事で却下したらしい
「お二人共、覚悟はいいですか?もしこれで海堂夏希を助ける事が出来れば未来は変えられる。出来なければ未来は変えられない。私達三人の生死も関わってきます」
「絶対に変えてみせるよ」
「私達は幸せに生きるのです!まだ死ねません!」僕も雪も覚悟は充分だ
「じゃあいきますよ?」
光に包まれる。最後の大仕事だ
絶対に海堂を助ける!
僕達な屋上に居た
前には先生達が居てその前には虐めの主犯格が土下座をしている
そして海堂さんは…一歩後ろに下がろうとしていた
僕は全力で走り先生達の横を駆け抜け、虐めの主犯格の横を駆け抜けて柵に向かいジャンプした。僕の人生で一番速く走った瞬間だっただろう。既に海堂さんの足は宙にあった。僕はそのまま全力で右手を伸ばし海堂さんの手を掴む…しかし僕の左足も宙にあった。このままだと二人共、落ちる僕は左手で柵に掴もうとするが届かない…
しかし幸運な事に左手に持っていたエビ鉈の先端が柵に引っかかる。もって数秒だろう
だがその僅かな時間稼ぎが僕達を助けた
雪が柵の外から僕の左手を掴んだのだ
その後に続き先生達が僕の腕を掴み引っ張ってくれる。僕は右手で掴んだのだ海堂の手を決して話さなかった
僕達はなんとか柵の中に戻り先生達から心配された…
だが雪は違った…こうなるだろうとは思っていたが…海堂さんは案の定、雪に叱られた。私達がどれだけ心配したか。命を粗末にするな、など色々言われていたが…僕は主犯格に目をやった。先生に色々聞かれている
遠くてわからないが確かに聞こえたのは海堂さんを虐めていたと自白したのだ
僕は全てが終わったんだと安堵の溜息をついた
視線を雪達に戻すと海堂さんが雪の胸で泣いていた。ああ…やっぱり雪の胸は凶器だと僕は改めて思うのだった
僕達は無事に卒業した
卒業式は出なかったが先生達も何も言わなかった。幸いな事に僕がなんでエビ鉈を持っていたかも聞かれなかった
それよりも生徒が自殺しようとしたと言う事を世間から隠すのに必死な様で僕も雪も今日あった事は忘れる様にとかなり入念に注意された
それから僕達は強制的に家に帰された
どうやら海堂さんと主犯格の処遇をどうするか決めるらしい
その帰り道、僕と雪は今日の事を話し合っていた
「屋上での星野くんかっこよかったです」
「自分でも不思議だよ。世界がスローモーションに見えて…あれがゾーンとかいうやつかな?」僕は鞄にしまったエビ鉈に感謝しながら言った
「でも最初に僕を助けてくれたのは雪だったよね。ありがとう」
「私も必死で…よく覚えていません」
「正直、僕も実感ないよ…」しばらく沈黙が続く…そして雪はいい事を思い付いたらしくこう切り出しだ
「つまり私は星野くんの命の恩人という事ですよね?」
「まぁ…そうなるね」
「なら星野くんは私にご褒美をくれるべきです!」
「そう来たか…でもいいよ。僕に出来る範囲であればね」
「簡単な事です!これから星野くんの事を翔ちゃんと呼びます!」予想外の提案に僕は一瞬歩みを止める…
「それだけ?」
「それだけです!」少しむず痒いがそれくらいならいいだろう。それに恋人同士なんだし下の名前で呼ばれるのは普通か
ちょうど雪の家の前に着いた
「いいよ。僕は雪のままでいくけどね、じゃあ、またね雪」
「はい!またです。翔ちゃん」しばらく沈黙が続いた後、雪は顔を赤くし鞄で顔を隠しながら家に入っていった
僕も自分の家に向かう
「……思ったより恥ずかしいな…」僕は気軽に承諾した事を後悔した
家に着きエビ鉈を元の場所に戻す。院長先生はまだ帰ってきていない
そして着替えるため自分の部屋に入る。そして着替え終わりベッドの上に置いてあった。スマホを見る。LINEの通知が来ていた。海堂さんからだ…LINEを開くと
メッセージは削除されましたと書いてあった。そして次に
(ありがとう)とだけ書いてあった
僕はベッドに横になり、明日からの春休みをどう過ごすか考えるのだった
その日の夜、海堂さんから通話があった。僕は迷わず通話に出る
「もしもし、星野先輩?」
「どうしたの?電話なんて珍しいね」それもその筈だ。僕と海堂さんは電話した事がない、つまりこれが初めてだ
「改めて今日の事、お礼を言っておこうと思って」
「ああ、そういうことか」
「今日は助けてくれて本当にありがとうございました」海堂さんの真剣さが伝わって来る
「どういたしまして」
「それで…何で先輩方は屋上に居たの?さっき雪先輩にも電話したらそれは翔ちゃんに聞いてと言われて…ていうかいつから翔ちゃんになったの?」アルクの話をするなら僕からした方がいいからか…しかし雪、海堂さんの前でもその呼び方にしてるのね…
「先ず後者の質問は今日、君を助けた事で更に絆が深まった、というところかな」
「それで星野先輩は雪先輩の事をなんて?」
「雪のままだよ…」
「……」その沈黙、痛い、辞めて?わかってるから
「僕なりの気遣いだよ。二人共、翔だとわかり辛いからね。それにまだ時間はたくさんある」
「先輩の意気地なし…」
「それが今日助けた人に言う言葉かな…?」
「ご、ごめんなさい!ただ…お二人には幸せでいてもらいたいので…」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」
「そ、それで!何で屋上にいたの?」何て説明するか考えた後、僕はこう説明する事にした
「僕の家系はね神社を任されていたんだ。今は無いけど星野神社と言ったらしいよ。ネットで検索したら出て来るよ。それで祀ってる神様…アルクトゥールスと言うんだけど、その神様がね。未来を見せてくれたんだ…君が自殺する未来…だから僕も雪も君が卒業式の日に屋上から飛び降りるのを知ってた。こんなところだよ。まぁ信じてくれないよね?」
僕は最初からこの説明では信じてくれないだろうと思った。だが海堂さんは…
「信じるよ。そのアルク…何ちゃらと言う神様が未来を教えてくれたと言う話…」
「君は正気かい?」
「あいつを懲らしめたのも先輩達でしょ?星野先輩、手に鉈…持っていたもんね」エビ鉈を見られていたのか…
「方法は聞かないでくれると助かる」
「はい、聞きません、でも…どんな手を使ったとしてもこれだけは言わせて下さい…本当にありがとうございました」その、ありがとうを聞けただけで何故か僕は救われた気がした。ようやく実感出来たんだ…今回の事件が終わったと…
「それでアルクの存在を信じてくれると助かる」
「わかりました!全力で信仰します!」
「ありがとう」これで目的達成かな…?
「あ!先輩、明日空いてます?」
「特に予定はないけど…」
「じゃあ明日、十二時に小岩駅集合で!あとあと!私の事は呼び捨てでお願いします」
「一気にもの頼み過ぎ…明日、小岩駅に十二時集合ね。わかったよ、海堂」それで満足したのか海堂は「それでは、おやすみなさい」と言い通話を切った
僕はベッドに横たわり心に達成感と心地良い疲労を感じながらそのまま深い眠りに入った
誰かが僕を呼ぶ声がする
まだ、僕は眠いんだ、放っておいてほしい…
だが今度は体を揺さぶられる
医院長先生かな?だったら起きないと失礼だ
僕は重い目蓋をゆっくりと開く
「ほ〜し〜の〜さーん」僕の名前を呼び体を揺さぶる正体を確認する
「なんだ、アルクか…僕は昨日とても疲れたんだ。もう少し寝させてよ」僕は再び目蓋を閉じる
ん?僕は疑問に思う。今、目の前にアルクが居なかった?じゃあ僕はアルクの世界にいるの?いや…でも僕はベッドに寝ているしスマホにセットしたアラームはまだ鳴ってない
じゃあまだ早朝だ。と言う事は幻聴か?でも今も僕を呼ぶ声はするし揺さぶられている
つまり現実だ
僕はもう一度、重い目蓋を開ける
「ようやく起きましたか?まったく!私が起こしてあげてるのになかなか起きないからそろそろベッドにダイブしようと思ってましたよ」僕はベッドから起き上がる
「君はいつからこちらの世界にこれる様になったの?」僕は当たり前の質問をする
「昨日、海堂夏希が私を信じた時ですかね?私に神様としての力が少し戻ったのです!」
「それでこちら世界に来れる様になったわけ?」
「海堂夏希だけでなく虐めていた主犯格とその取り巻き達も私を神様として認識してくれたみたいですね」
「来れるなら事前に伝えてほしかったよ…」
「昨日、言いましたよ?私はまだ現実世界には行けませんがと」僕は昨日の出来事を振り返る…確かに言っていた。海堂が屋上から飛び降りる時だ…アルクに屋上に帰してもらう時に言っていた。でもその時の僕は…いや雪もだろう、聞いてる余裕はなかった
「じゃあこれからはいつでも会えるの?」
「会えますよ!これもお二人のおかげです!ありがとうございます!…というか星野さん…冷静ですね?もっと、こう…ドヒャー!とかなると思いました」寝起きじゃなかったらなっていただろう。僕は朝、弱いのだ。だから低血圧…いきなり驚くまでには至らない。心臓バクバク程度だ…いや心臓ないからわからないけどね?
「幾つか確認するね?」
「はい、どうぞ!」
「先ずは神様としての力は使えるの?」
「地形を変えるやつですか?あれは私の世界なので出来る事…ここでは出来ません」
「この世界で使えたら問題だからね、使えなくてよかったよ。じゃあ今のアルクは普通の人間と同じと言う事かな?」
「はい、食事などはしなくて平気ですが基本的にこの世界の住人と同じです」なる程…
「僕達意外にもアルクの姿は見えるんだよね?」
「誰でも見えますよ!見た目の年齢は十歳です!」
「力を取り戻していったら他に出来る事があるの?」これを聞いておかないと今度はなにされるかわからない
「この世界でできるのは姿を変えるぐらいですね。もう出来ますよ?因みに私のお気に入りはカピバラさんです」アルクは光に包まれると一瞬でカピバラになった。しかも綺麗な白い毛のカピバラだ…異質すぎる…
「人間の姿で頼む…」
「わかりました!」カピバラ姿で承諾するアルク、その姿で更に喋れるのか…アルクはいつもの少女の姿に戻る
「理解できましたか?変身は神様なら誰でも出来る事です!」
「つまり変身さえしなければこの世界でも普通に過ごせると言う事がわかったよ」これは早速、雪に連絡した方がいいだろう
「では私は一旦、元の世界に戻りますね?必要になったら指輪に話しかけて下さい!」そう言うとアルクは指輪に吸い込まれていった。どうやら出入りは鳥居ではなく指輪かららしい
時刻は七時ちょいを回ったところだ。雪、起きてるかな?僕はLINEを開き、雪に通話する。メッセージより直接伝えた方が早いだろう。幸いにも雪はすぐに通話に出てくれた
「おはようございます!翔ちゃんから連絡なんて珍しいですね」しっかり挨拶するところが雪らしい。あと呼び名の件、忘れていて少しドキッとした。心臓ないんだけどね…
「おはよう。朝早くからごめんね。実は…」僕はさっきあった事を雪に話した
「つまりアルクちゃんの力が少し戻ったと言う事ですね!」
「理解が早くて助かるよ」
「今日、夏希ちゃんにも会わせてあげましょうよ?」アルクを海堂に会わせるか…確かにそっちの方が今後の事を考えればいいか…
「うん、その意見には賛成だね」
「それでは十二時に小岩駅で会いましょうね!」雪と通話を終え僕は朝食を作る事にする。どうやら医院長先生は昨日帰って来なかったみたいだ
今日の朝食はフレンチトーストにしよう!
料理を作る、これが退院してからの僕の日課になっていた。僕達、退院したての人は他の人にとって当たり前の事でも当たり前じゃないのだ。だからそこ楽しめるし、苦労もする。でもそんな当たり前に過ごせる毎日が幸せだ。僕は今日も幸せを噛みしめるのだった
当たり前を知らない…だからこんな光景も生まれる…
僕と雪は初めて来るファストフード店に戸惑っていた。セット?単品?何が何だかわからない…
十二時に約束の小岩駅に着いた僕達は海堂の提案でファストフード店に行く事になった。その結果がこれだ…何もわからない
「海堂は先輩方、本気ですか…?」とドン引きしていたが何も聞かずに同じものを三つ頼んでくれた。これも海堂の優しさ
因みに今日の雪の服装はもこもこした白いセーターを中心とした可愛い系コーデだ。萌え袖が決まっている
対して海堂はお洒落に興味はあまり無いのかとてもラフな格好だ。そして雪のもこもこセーターを堪能しているアルク…側からは仲のいい姉妹に見えるだろう
僕達は四人席に座ったがアルクは雪の膝に座ってしまった
「今日のアルクちゃんは甘えん坊さんですね」雪は嬉しそうにアルクの頭を撫でる
「だって久々に人間の世界で過ごしているんですよ?」そんな様子を微笑ましく見ていると海堂がこっそり聞いてきた
「あの子が昨日言ってた神様…だよね?」
「そうだよ。ぱっと見じゃわからないでしょ?」見た目はただの少女なのだから信じられなくても仕方ない
「私は信じますよ?先輩方が嘘をつくとは思っていませんし」
「凄い信頼されてるね。僕達」
「先輩方は…その…命の恩人だから」
「結果的にみればね。それで昨日は大丈夫だった?」僕のその言葉に雪も改めて海堂に向き直る。アルクは雪のポテトをパクパク食べていた
「その事で今日呼んだのでした!先ずは私が虐められていた事はもうご存知ですよね?」僕と雪は頷く
「それで学校側はその事を問題視して虐めに加担していた人達には反省文を書かせ、主犯格には転校してもらう流れになりました」その結果に僕は驚く
「転校?」
「それがですね!主犯格も加担してた人達も精神的に異常で…その…神隠しにあった…とか言ってまして…学校側も対処に困ってるらしくて…」海堂が言うには六人共に虐めを行っていた事を認めたらしい。虐めに対しては反省文で対応する。だが六人共、神隠しにあったなど鉈で斬られたなど意味不明な事を言い出した事で学校側は精神の異常さに薬物を疑って今、検査を行なっているみたいだ
主犯格の父親にも当然連絡はいったみたいで大手会社の社長と言う事もあり大事にはしたくない。だから娘を転校させる…と言う結果になった、との事
僕はコーヒーで喉を潤し、しばし考える…
つまりは海堂にとっては最高の形で終わったのか?そんな考えをしているとポテトを食べていたアルクが笑顔で
「海堂夏希さんは今、幸せですか?」などと言った。海堂は予想外の質問にしばらく黙ってしまったがやがて笑顔で
「はい!」と答えたのだった。その笑顔を見て僕と雪は一人の少女を虐めから救えたんだ…と心の底から喜んだ
だからだろうか?海堂がこんな事を言ってきたのは…
「私、中学卒業したら先輩達と同じ高校に行きます!」
「私達と同じ学校て…通信制の高校に?」
「はい!」
「海堂、もう少し考えてからでも…」海堂は興奮気味らしく、僕の言葉を遮った
「これはもう決めた事!絶対に覆りません!」
「いい事じゃないですか?私としては駒が増えるので大いに結構です」
「こら!アルクちゃん!」雪に怒られても尚、ニコニコしているアルク
「私、神様の僕になれるんですか!?」そんなアルクの言葉に一層興奮する海堂…流石はゲーマー…やれやれ…こうなっては誰も止められまい。だったら仲間は多い方がいい
「海堂…もし君が僕達と同じ高校に来たのなら全てを話すよ」だから僕は海堂のやる気に更に火を付ける…いや油を注ぐと言った方が正確か
「本当!」
「雪、いいよね?」
「はい!私は大歓迎ですよ」
「そう言えば先輩方の通う高校の名前、何でしたっけ?」
「明星館高等学校だよ」僕はそう答えた