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掌編小説

女の部屋

作者: タマネギ

衣替えの片付けをしていると、

見慣れない手紙が出てきた。

女の文字だ。夫への宛名が書かれている。

えっ……あの女からのものだ。


消印を見ると、ちょうど結婚する

一月前の日付だった。

私は、その手紙を夫に断りなく、

処分することにした。


……腹がたった。

結婚する前の日付だとしとも、

あの女のものだと思うと、

何の迷いも生まれなかった。

このまま捨ててしまおう。


一度そう決めるともう迷わなかった……

それに、怖かった。


あの人が大事にしていたであろう手紙は、

この家にはあってはならないもの。

そう思うと、指先はすでに手紙を破いていた。


人の心などは、

どんなに年月を重ねてもわかりようはない。

信じているとか信じていないとか、

そんなことではなくて、

夫の心の中に、自分には入れない

部屋があることを知った。

その部屋の中に、あの女と……


手紙があった場所からして、

夫がしょっちゅう見ているとは思えない。

もしかしたら、置いたことすら、

もう忘れてしまっているかもしれない。

それなら、無くなっても、誰も困らないだろう。


都合のいい理屈が、流れるように生まれてきて、

押し殺した心の中の息が、苦い味になった。。


そうだ……

珍しく、夫が旅行に行こうと言っていた。

何か魂胆があるのだろうと、乗り気ではなかったが、

やっぱり、旅行に行こう。

旅先で、夫にあの頃の話をさり気なくしてみようか。

知らない土地で、

淡々と思い出話をすることがあっても、

さほど、おかしなことでもないだろう。


そんなことができるかどうか。

上手く切り出せる自信などないけれど、

どの道、夫は、私の話など、聞いていないことが、

多いのだから、独り言でいい。


いつもとは違う、夫との会話を想像して

破ってしまった手紙を目の前に出してみた。


薄い、滑らかな文字が散らばっている。

自分にはない、か弱そうな流れだ。

指の細い女だったことを思い出した。


自分の指は、あの女のように細くはない。

だから、こうなったのか。

ばがばかしい。関係ない、関係ないことだろう。


手紙に書かれた文字が、私の中で、

女の声に変わった。


……私は、もう、生きている意味がありません…


あの女は、あれからどうしたんだろう。

細い指で、いつもお茶を入れていた。

私は意識して、そのお茶を飲んだことはない。


夫は、いつも飲んでいた。

嬉しそうに、大事そうに飲んでいた。

あの日、夫が、お茶が美味しいと言ったのだ。


あの女の湯飲み、淡い桜色の湯飲みが、

女の指に包まれていた。

女も、夫の言葉につられたように、

お茶を飲んでいだ。


私は、あの時、確かに女を憎んだ。


私が夫と結婚することは、

まだ、上司しかしらない頃だった。


お茶のことが、女を憎む理由になど、

なるはずもないのに、

確かに、私は、あの瞬間、

女に心で罵声を浴びせていた。

自分の身の振り方を棚にあげて、

嫉妬していた。


ほんとうに、死んでしまったのだろうか。

桜色の湯飲みで、美味しそうにお茶を飲む女、

夫に、手紙を渡した女、私の文字じゃない文字、

滑らかな文字。それはここにある。

だけど、女のことを、耳にすることはない。


破れ目を合わせて、文字を繋いでみる。

聞こえた声の言葉が、綴られていた。


……もう、生きている意味がありません…

実は、敏恵さんをずっと愛していました。

そうなんです。

私たち、愛しあっていた……はずなんです。

男のあなたを、憎むことができない以上、

敏恵への思いをあなたに告げて……


夫は、女とのことを知りながら、

私と結婚して暮らしてきた……

夫の心の中の部屋で、私とあの女は、

今でも、抱き合っているというのだろうか。

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