ある日突然、彼が消えた。
「零大・・・?」
ある朝、目を覚ますと最愛の彼の姿が見えなかった。
あぁ、もう会社に出たのか、と1人で納得して大学へ向かう準備をする。
ただ、壁にはいつも着ているはずのスーツが掛けてあって、彼の靴も玄関にある。携帯も財布も全て置いていて、この部屋から出た形跡はなかった。
不思議に思いつつも、大学の授業に遅刻してしまいそうで、急いで家を出た。夜になったら家にいるでしょ、となんとなく気楽に考えていたことが、後になって考えると「馬鹿だ」と自分を叱責したくなる。
私、天海 弥生は一般的な大学生で、彼氏である久瀬 零大は私の3つ年上の社会人だ。高校の時、部活のOBだった零大と知り合い、大学時代のサークルも同じになって付き合いが始まった。零大が社会人になって2年目、私は大学3年になって同棲生活が始まり1年が経つ。
幸せな毎日だった。
けれど、夜になっても彼は帰ってこなくて、心配になって色々な人に連絡を取ったけれど、誰も彼の所在を知らなかった。
勿論、捜索届けも出したし自分も思い当たる場所は探したけれど、見つけることは出来なかった。
彼がいなくなってから死んだような毎日を送った。
大学に行って単位を取らなければ親に迷惑をかける。アルバイトをしないとお金が無い。
だから、最低限学校に行きバイトだけはしていた。
それだけだ。
夜は彼を思って泣いた。
友人もそんな私に気を使って遊びに誘ってくれたりしたが、どうにもそんな気分にはならなかった。
休みの日は、ふらふらと彼に関わる場所を探して回った。その中で私との思い出の場所に来ると、ツラくて仕方なかった。
「一体どこに行っちゃったの?」
部屋にある2人の写真を見て、1人呟く。
写真には仲睦まじく笑っている私たちが写っている。何故だか、もうこんな時間は訪れないような気がした。
ある日、目が覚めると知らない場所にいた。
先程までコンビニで買い物をして居て帰り道を歩いていた。急にふっと気を失い、目が覚めたら白いだけの神殿だった。
なんだここは、一体どこなんだ。
「ここは・・・?」
私の周りで知らない人が起き上がり呟いた。
ゾロゾロと前方から大勢の人が歩いてくる。
「ようこそ、救世主の皆様!」
・・・一体なんの話?
聞いた話だと、この世界は「ランドロルフ」という名前で私たちの居た地球とは違う世界らしい。
そして、魔王が現れてしまいそれを倒すために異世界から召喚したとのことだ。
召喚されたのは勇者である神白 秀輝と魔法の才を持つらしい姫臣 莉々華、そして精霊に愛されている私の3人だ。
正直、精霊とか言われても特にパッとしなかったけれど、そこらへんにふわふわいる子たちが精霊で他の人がそれを見ることが出来ないと言われた時にはなるほどと思った。
まあ、そもそも魔王とかなんだそれって感じだし夢なのではと最初は思っていたが、そうとは思えない現実感に逃避はやめた。
「弥生さん、明日の戦いは厳しくなるよ。休んだ方がいい。」
「そうね・・・わざわざありがとう。」
1人で夜空を見ている私に、秀輝くんが声をかけた。
初めの1,2ヶ月は召喚した国「アルメージュ王国」で鍛錬を積み、それから私たちは旅にでた。私たちに加えて、国の姫で聖女であるルシア・アルメージュと騎士団長のエルジオ・サバスの5人でもう数ヶ月は魔王討伐の旅をしている。
そうして様々な敵を倒しながら、それなりに進んできた。
私は、毎日夜に急に居なくなった彼のことを考える。昼はどうしても戦いなどで忙しく考える時間がないので、夜にみんなと離れて1人になるのだ。
そして、もしかしたら私のようにこの世界に来ていないかと考える。毎日、精霊に彼のことを聞いては「知らない」と言われて希望を失う。
だけれど、何故か彼を失って毎日義務感で学校とバイトに行く日々よりは希望を持てた。
「ようやくここまで来たね。」
遂に私たちは魔王の城までやってきた。
それはそれは長い道のりだった。
「秀輝、ここからが本番なんだから気を抜かないでよね。」
「わかってるよ。」
莉々華の言葉に、秀輝はニコリと笑う。
「皆さま、ランドロルフのためにありがとうございます。魔王を倒したあかつきには、必ずや私が皆さまを元の世界にお返し致します。エルジオも、最後まで頼みますよ。」
「はい、このエルジオ、最後まで先陣を切り道を開きましょう。」
ルシアとエルジオも決意を述べる。
その光景を見て、誰一人失いたくないと思った。
これまで誰一人死なずにここまで来たことは凄いことだ。そして、その時間を過ごす中でみんなのことを大切に思えるようになっていた。
また、大切な人を失う苦しみは味わいたくない。
遂に魔王の部屋の前に辿り着く。
既にみんなそれなりの傷を負ってしまっていた。
「ぐ、うぅ・・・。」
「エルジオ、これ以上無理をするな。」
エルジオに関しては、深い傷を負ってしまいこれ以上戦えそうにない。
「ルシア、エルジオの側にいてくれ。魔王は僕たち3人で倒す。」
「大丈夫だ、俺はまだ戦える!」
「誰にも死んでほしくないんだ!誰にも・・・大丈夫、僕たちは死なない。」
私と秀輝と莉々華が魔王の部屋の扉を開ける。
後ろから、ルシアの声が聞こえた。
「必ずや、生きて帰って下さい。」
「良くここまで辿り着いたな、勇者よ。」
魔王と対面する。
仮面を被っているため顔は見えず、ドスの聞いた声をしている。
しかし何故だろう、懐かしい感じがするのは。
魔王がチラリとこちらを見て固まっている。
「魔王!これまでの悪事、僕は許さない!」
秀輝の言葉にハッとして、魔王は改めて勇者である秀輝の方を向く。
「悪事?先に我々を攻撃したのは人間だろう!」
魔王は敵対心を剥き出しにして私たちに攻撃を仕掛ける。それを合図に私たちと魔王の戦いが始まった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
莉々華は死んではいないようだが気絶している。
秀輝も私もボロボロで、しかし魔王も同じようにダメージを負っていた。
「弥生さん、次で決めます。」
秀輝が私にサポートを促す。
魔王を仕留めるための最後の力を出すのだろう。
私は、精霊の力を借りて秀輝に力を与える。
「はぁああああ!!これで最後だぁああああ!!!」
秀輝の攻撃に、魔王も最大の力を持ってして受け止める。
どんっ!と周囲に衝撃がはしる。
秀輝が飛ばされ、魔王も飛ばされる。
「ぐ、うぅ。」
秀輝はもう動けなそうだ。
煙が晴れて、魔王の様子が見える。
未だ魔王は立っていた。
「その程度か、勇者とは。」
そう言う彼にも、もう幾らも力は残っていないようだった。
「もう降参してくれないか、君にはもう何も出来ないだろう。」
私は、常にサポートする役回りだった。
けれど、誰もいないなら私がやるしかない。
私は、元の世界に帰らなければ。
だって、いつか彼が帰ってくるかもしれない。その時に私が居なかったら、彼はどれだけ悲しむだろう。
どこ行ってたのって叱って、それでまた幸せな日常を送りたい。
「諦めないというのか・・・。」
私は、秀輝の使っていた剣を手に取る。
勇者の剣でなければ、魔王を倒すことは出来ないのだ。
「ああああああああ!」
精霊の力も借りて、私は魔王に向かう。
魔王は私に手をかざし、何か魔法を打とうとする。
ここまで来たら、相討ちになってしまっても・・・。
そう思ったが、魔王は私に何もしてこなかった。
ぐさり、と剣が魔王に突き刺さる。
精霊魔法も込めていたため、衝撃でパキリと魔王の仮面にヒビが入った。
「は、」
仮面の下に現れた顔に、私は絶望しか感じない。
「どうして、零太・・・。」
私は、私の最愛の人を殺してしまった。
「あ、ああ」
涙が溢れる、溢れて止まらない。
零太は私の頰に手を添えて、涙を拭う。
「弥生、ごめんね。」
零太が光に包まれる。
私の頰に触れる零太の手を私はぎゅっと掴んだ。
私は何のためにこの世界で生きてきたのか。
彼のいない世界でこれからどうすればいいのか。
もう何も、希望がない。
「零太、零太、どうしてよ。貴方のいない世界なんて生きて行く意味がないの。貴方を見つけることが希望だったのに。」
私に貴方を殺させるなんて、残酷じゃない。
「俺だって、君のことを殺せるわけないじゃないか。」
ずるい、ずるい、ずるい。
握った手の感触が消えていく。
零太は私の腕の中で消えてしまった。
私が消してしまった。
世界は平和になったけれど、私の世界にはもう平和なんて訪れない。
あぁ、死んでしまいたい。
私たちは誰一人死ぬことなくアルメージュ王国に帰ってきた。
人々の歓声は、それはそれは凄くて、でも私は少しも喜びや嬉しさを感じなかった。
当たり前だ、何よりも大切な人をこの手で殺してしまったのだから。
幸い、他の仲間は何も気づいていない。
勇者である秀輝が魔王を倒したことにした。
私は彼の技で魔王が倒され消滅したのだと伝えた。
私たちを元の世界に返す儀式の準備が整うまで、この国で生活することになった。
何不自由ない暮らしで、正直元の世界に戻るよりこの世界で暮らした方が良いと思える。
いや、きっとそう思えるようにしているに違いない。
特に勇者は、聖女と結婚させるためかとりわけ待遇が良い。聖女も勇者に対してアプローチが凄い、元々だけれど。
莉々華もこのファンタジーの世界に未だに興味津々で、何度か莉々華についている従者(イケメン揃い)を連れて色々なところに出かけている。
私はというと、何にも希望がないので特になんだって良い。帰れなくても良いし帰っても良い。
いっそ、死んでしまってもいい。
ただ、やはり彼との思い出は元の世界にしかないから、死ぬなら元の世界が良い。
そうやって日々を過ごし、儀式の準備が整ったとの連絡がきた。
案の定、秀輝も莉々華もこちらに留まるらしい。
私は帰れるなら帰ろうと別れの挨拶を済ました。
旅の仲間たちは大切な人たちに変わりはないが、だからと言ってこの世界に留まる気にもなれない。
「さよなら、みんな。」
願わくば、全てが夢であってほしい。
ぱちり、と目が覚める。
「天海さんが目を覚ましました!」
なんだか騒がしい。
目を動かすと、そこは病室だということがわかった。
やはり、夢なのか?
いや、しかし体験したことは全てはっきり覚えているし、痛みも味も何もかも感じていた。
「弥生。」
その声に横を向く。
「あ、あぁ、」
私の手をぎゅっと握る人。
私の愛しい愛しい人がそこには居た。
「帰ってきてくれて、ありがとう。」
もう二度と掴まないと思っていた手を再び握ることが出来た。
あの時失くしてしまった感触を取り戻すように、私もぎゅっと強く手を握り返した。
久しぶりに短編を書きました。
連載の案を考えていると何故か短編の案が出てきます、不思議ですね〜。
また気が向いた頃に、零太視点の話を書きたいと思います。
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