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1-3 世界の片隅にて

かつて、私の支配していた世界は崩壊してしまったらしい。クソみたいな男と次元の狭間で漂い、死ぬ事も抜け出す事もできないと思っていた。ひょんな事から舞い戻った世界には私の居場所を見いだすことができなかった。

かつて女神として君臨していた天空城への道を開く事もできず、かつての配下にも私の声は届かない。消し去りたいと思っていたゴミ虫悪魔どもの気配を感じないことが救いなのだろうか。いや、私の力が、能力が、権能が、既にないことの証明なのだろうか。


「少しはお前も人間と向き合ってみたらどうだ?」


そんな言葉を吐いていたクソみたいな男。そいつはどうやら私たちを次元の狭間から掬い上げた人間とともに学園で授業に参加しているようだった。別にあいつに言われなくても私は人間達と向き合ってきたつもりだった。遥か昔から、この世界に人間達が生まれた時から。それはもう、祝福してきた。

目にかけてきたつもりだった。それなのにゴミ虫どもの誘惑や甘言に唆され、人間達は堕落していく。勿論、堕落していく人間達だけではないと言うのもわかっている。わかってはいたのだが、一部でもそんな人間がいると言うことが我慢できなくて滅ぼすことを決めた。だって、そうでもしないと守護者たり得ない。

この世界は裏側。表とは違う進化を遂げてきた世界。神秘の世界。表という現実を汚されぬよう、裏の住人達は排除できる強さを持たねばならない。それを理解しろと、押し付け、自分の理想と違うと判断したら切り捨てると言う行為はいけないことだったのだろうか?


既に終わったことだ、力を失った私には関係がない。癪ではあるがあの男の言う通り人間と向き合ってみるのも一興だろう。まずは、どこか守りたくもなる契約主の少女から。


「今日は、天魔大戦が終わり数百年が経過した頃から始めようか。女神と7魔の一人が姿を消し、天使達と人間達は休戦状態になった」


クルトール・エリスマンは教壇から身を乗り出し、教科書を読み上げる。私があのクソ男と次元の狭間で漂っていた間、この世界では実に5000年の月日が流れていたようだ。私の配下には寿命なんてものは存在しない。老いる事もない、そんな彼らの存在が密かにしか感じられないのは、彼らから見放され、私はもう神ではないと突きつけられているようで、少し落ち込む。


「天使達と残りの7魔達の間で条約を結び、人類は新たな一歩を踏み出し始めた」


「クルトールせんせー、天使と人間の間でだけだったのですか?その条約は」


「いい質問だクロムウェル」


クルトール・エリスマンに質問したのは、確かルディアと呼ばれるアリスフィアの友人だったはずだ。興味津々といった具合にクルトール・エリスマンの話に耳を傾けている。隣を覗き込むと契約主であるアリスフィアも同じような表情を浮かべていた。


「以前授業で行なった通り、我々人類が巻き込まれた戦争には神が率いる天使の軍勢、それに敵対している悪魔の軍勢がいた。彼らからすれば我々人類などは脅威のカケラもない蛆虫くらいの認識だっただろう」


そこで一旦言葉をきるクルトール・エリスマン。彼女が言う通り、人間は吹けば消える、そう考えていた。神である私に祈りを捧げさせ、逆らうものは潰した。不本意ではあるが、あのゴミ虫どもも同じように考えていた事だろう。


「しかしだ、7魔が現れるとともに悪魔の軍勢の戦力は急激に衰えていったと伝えられている。最終決戦時には、既に悪魔の軍勢は壊滅状態に陥っていたそうだ。」


詳しいことはわからないがな。そうクルトール・エリスマンは続けながら微笑みを浮かべる。


「要は、悪魔と人間の間に条約を結ぶ必要がなくなったのだ」


確かに、名のある悪魔はあの当時、クソ男とその仲間に致命的なまでに破壊され、魔界へと逃げ帰ったと記憶している。裏の世界は三つの階層に分かれており、一番下にゴミ虫どもが巣食う『魔界』。人間達が住む『地界』。そして私が支配し、天使達が住んでいた『天界』に分けられていた。ゴミ虫どもが魔界へと引き上げ、その門を封印したのがクソ男と愉快な仲間達である。


「一説には、7魔たちが封じた、と言う伝承も残っているらしいぞ?……条約を結んだ天使と人間はそれから数百年の間平和のために奔走する、が」


ゆっくりと生徒全員を見渡すクルトール・エリスマン。彼女の間の取り方はなかなかうまい、いつの間にか彼女の話に引き込まれていくのを何人の生徒が理解しているのだろうか。現に、私の契約主であるアリスフィアに至っては、クルトール・エリスマンの話に引き込まれて息をするのを忘れている。しっかりと呼吸をしなさい。


「人類に新たな脅威が襲いかかる。それが今現在なお猛威を振るう『魔物』の出現だ」


『魔物』。私がいたかつての時代にはそんな存在はいなかった。いつ、どこで、どんな因果で生まれてきたのか、私にはその理由が検討もつかない。


「天使達と協力しながら魔物達の脅威を退けているなか、頼みの綱であった天使達が姿を消した。何の前触れもなく忽然と姿を消したことから、天界に逃げたと疑う人間も少なからずいたらしい」


「でも、人間達には英雄が6人いたんですよね?」


「あぁ。7魔の残り6人も必死に魔物達の被害を抑えるために各地を飛び回っていたそうなのだが…こちらもある時を境に忽然と姿をくらますんだ」

クルトール・エリスマンは瞳をふせ、悲壮感を感じさせる声音で言葉を紡ぐ。言い切ったと同時に授業の終了の鐘が構内に鳴り響いた。


今日はここまで、クルトール・エリスマンはそう言うと教室から姿を消す。なかなか興味深い内容ではあった。私の眷属であり配下の天使達が一斉に姿を消す、それに続くようにクソ男の仲間達も姿を消す。いったい何が当時起きていたのかは知る由もない。

加えて、魔物の存在。これが今一番の謎である。5000年経過した現在でも魔物の詳しい生態は何一つとして判明していないといっても過言ではない。唯一判明しているとすれば、魔物の体内には魔力を帯びた石のような核が存在しているらしい、と言うのと、魔物達は人間達を襲うといった二点だけであろう。


「珍しいですねハーフさんが授業に参加するなんて…」


「そうかしら?まぁ、ただの気まぐれよ」


教科書をしまいながらアリスフィアは私に話しかけてきた。最初の頃は様付けで呼ばせていた私だが、クソ男と仲良くしているこの子を見ていると何故か寂しさのような、距離を感じてしまい許可したのだ。その時のあのクソ男のにやけヅラは今思い出しても腹がたつ。部屋に戻ったらとりあえず殴る。


「気まぐれでもハーフさんと一緒に授業受けれて嬉しいです!」


なにこの子、満面の笑みを私に向けるんじゃないわよ、やだ、直視できないじゃない。


「あー、ハーフさんがアリスとイチャイチャしてるーずるーいわたしもいーれーて」


そんなことを言いながら私とアリスフィアに飛びついてきたのはルディア・クロムウェル。アリスフィアはどこか恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだ。まだ出会って数ヶ月程度の関係ではあるが、彼女が幸せそうにしているのを目撃すると、こちらの胸の奥がほっこりする。私も随分とほだされたものだ。

「少しは人間のいいところ理解できたか?」あいつはそんな風に私を見透かしたように言う。なんだかんだ付き合いが長いせいで無駄に私のことを理解しているのがムカつく。だが、まぁ、悪くはないのかもしれない。


「そういえばもう少ししたら実習が始まっちゃうね」

「もう、そんな時期なんですね…不安です…」


「実習?なにをするのよ」


思い出したように話すルディア・クロムウェル。その言葉を聞いて憂鬱げに呟いたアリスフィアの金色の頭髪を撫で付けながら私は問いかけた。なにこの子、髪の毛糸みたいに細い、枝毛もないし撫でがいがあるわね…


「現地での魔物の討伐訓練があるんです。冒険者組合との合同実施訓練が」


どこか緊張した面持ちでアリスフィアは言った。各地に転々と拠点を持つ冒険者組合なる組織、アリスフィアから聞いた話であれば様々な依頼が掲載されており、その依頼を達成すると報酬がもらえる。国に仕えているわけではないため、世界各地で旅をして魔物達の討伐や、雑事など様々な依頼をこなすと言う仕事らしい。冒険者には腕っ節を求められるため、荒くれ者が多いとも言われているようだ。


「そういえば、今日はクロッちは?」


「クロッち?……あぁ、クソ男か、あいつなら多分街じゃないの?」


魔法学園の近くには街がある。あのクソ男はどうせいつもの所で呑んだくれているのだろう。視界の隅で苦笑する二人の少女の姿を捉えながら、小さな溜息をこぼすのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 街が燃えていた。木が、花が、虫が、犬が、猫が、人が燃えていた。周囲に充満する血と肉の焼け付く匂い。暗闇の中燃え上がるその焔は残酷なまでに命を人の営みを破壊していく。破壊し尽くされる。


この世のものとは思えない異形、蠢き、蹂躙しながら、数分前まで笑いあっていた男女を貪る。そこはすでに


ーーー地獄だった。


「また、守れないのか」


異形達は肉を臓物をまるでおもちゃのように振り回し、スナック感覚で食らう。そんな姿を憎々しげに見ることしかできない。この、身のうちに渦巻く例えようのないものはなんなのだろうか。何も成し遂げることができない、力なんて持ってもいない、守ると約束した己の手のうちにいる少女は虚空を見つめ二度と瞳に光を宿すことはない。


ーーーこれは怒りだ。


平和を蹂躙した異形達への怒り?ーーー違う。


救いを与えない女神への怒り?ーーー違う。


何もできない自分への怒り


ぐるぐると自身の体内、血管、細胞の一つ一つまでも埋め尽くす



なぜ動かない、何故、立ち上がらない、なんで、目の前のクソ悪魔どもを、高みの見物を決め込んでいる天使どもを、なんで殺せない!!!


ーーー俺が弱いからだ。


「おきろクロ坊、飲みすぎだぞ」


「あ?ちょっと、おやじ、眩しい、ライト向けないで…っておやじのハゲ頭かよ紛らわしい」


「ぶっ殺すぞ」


懐かしい夢を見た。懐かしいと言えるのかはなんともいえないが、目の前にはつるりと禿げ上がった肌色の頭部。潔いくらいに毛根全てが死滅したのだろう。カウンターの上には数十本もの空き瓶、まだ昼間だと言うのにこれだけの数の酒を空にするとは相当なダメ人間であると言える。どんな顔をしているのか拝んでみたいものだ。俺だった。


「珍しくきたと思ったらアホほど飲んで寝落ちって、お前何してくれてんだ」

「うっさいぞハゲ、どうせこんなボロ酒場客なんてこねーだろ」


「ハゲじゃねぇ!ぶっ殺すぞ………言っとくけどお前、きた時から結構な時間経ってるからな?それと周りを見ろ周りを」


ハゲ親父の言う通りに周囲を見回すと、数席テーブルが埋まっている。窓から差し込んでいた暖かな日差しはとうの昔に失せ、今では静かな闇があたりを包み込んでいるようだった。

「こんな時間から飲みに来るとかダメ人間しかいねーのかこの街は」


「クロ坊もそのダメ人間の一人だけどな、むしろ筆頭だけどな」


ハゲ親父は溜息を零しながら肩を竦める。何そのイラっとする動作。煽りレベル高いから後で俺も使うね。


「学園を中心とした三ヶ国の文化が入り混じった街なんだ、いろんな特色も出てくるだろうよ」


もっとも、真昼間から酒飲むような特色持ってるやつは三ヶ国見てもお前だけだろうがな、そんなことを言いながらハゲは洗っていたグラスの水滴を布巾で拭う。多分一発ぶん殴っても俺は怒られないと思うくらいディスられた。殴ってもいいかな?


「にしても、今日はどうしたんだ?いつもは学園の授業の方に出てるんじゃなかったか?」

「あー?今回はアホに譲ったんだよ。たまには女同士でいろんな経験しとかないとまた意味わからんこと考えてアホなことされたらたまらん」


「ハーフの嬢ちゃんか?あの子もたまに飲みにきてくれるけど後処理が大変なんだよなぁ……」


……後処理?と言うかあの駄女神このハゲの店に飲みにきたりするの?


「あのアホ、ハゲ親父に迷惑かけてないか?」


「ハゲじゃねぇ殺すぞクソガキ…まあ、なんだ酒には合う合わないがあるからな…暴れまわって店中ゲロまみれにされるのは馴れた」


「本当うちの連れがすみませんでした」


全力の謝罪。罪悪感が胸中を占める。申し訳程度にグラスに注がれた酒を一息に飲み干してお代わりを注文する。


「その点お前は無駄に酒強いよなクロ坊。飲んでも暴れたりしないし、強いて言うなら寝落ちすることくらいか?」


「あのアホとは違って人間できてるから、ほら、俺って真面目だし」


とりあえずその何言ってんだこの勘違い野郎はって目をやめろよ。ボロい酒場ではあるが徐々に人が入ってきて酒場も賑わいを見せてきている。飲んでる大半の人間は組合の人間だろう。各々がそれぞれの獲物を装備し、軽装ではあるが皮の鎧などを身につけている。5000年前と比べるのであれば人間たちの戦闘能力ははるかに低い。悪魔や天使などと言った脅威なんてレベルでは済まない外敵がいないからなのだろうか。


「そういえばハゲ、魔物ってーのはどっから湧いて出てくんの?」


「お前…って、そういえばお前は使い魔として呼ばれたからそこら辺の常識は知らないんだったな。魔物ってーのは基本的に各地に点在するダンジョンから現れる。」


「ダンジョン?」


「あぁ、魔物がうじゃうじゃ蔓延っているが挑戦するだけの価値はある、リターンがでかいんだ、金銀財宝、強力な装備、今じゃ国を挙げてダンジョン攻略に乗り出してるって噂だ」

ま、ダンジョンがどうやってできているのか謎に包まれているがな


おやじはそれを言うと注文のために呼ばれてそちらの方に向かった。5000年の時の流れは俺を置き去りにして足早に駆け抜けていってしまったようだ。かつての仲間たちの痕跡なんてものはあるはずもなく、さらにはよくわからない存在が人類の脅威として存在する。プラスでダンジョンなんてものまで出てきた。

女神であったハーフが俺とともに次元の狭間に囚われてから、何があったのか、ただ……


「どうも臭うんだよな…」


何か、言葉にできないような悪意の匂いを密かにだが感じるのだった。


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