第6話
クリスと出会ってから早30分、俺は周囲の状況を探っていた。
「……あの」
「どうした?」
「宝を探さないんですか?」
クリアの条件である宝を一向に探す素振りを見せない俺に、クリスが不安そうに聞いてきた。その反応も無理はないだろう。俺もさっきまで、1分1秒と時間が経っていく度に心を締め付けられていたのだから。
「心配しなくてもいい。ちゃんと目的があって散策してることだ」
「目的……ですか?」
「ああ。今の俺たちは何の情報も持ってないからな。宝がどんなものなのか、どこにどんな風に隠されているのか、とかな。それを知るために、宝よりもまず、宝を探している人間を観察してるんだ」
「な、なるほど。それで、なにか分かったんですか?」
「それが何も。どうやら、このゲームはただの宝探しじゃないらしい。あれを見てみ」
俺は制限時間と残りの宝の数が表示されているウインドウを見るようクリスに促す。
「……何か、変なことでもありますか?」
「まだ1個も宝が見つかってないんだ。これはおかしい」
「おかしい、ですか? 別に、難易度が高いんだなとしか思いませんが……」
「おかしいさ。確かにこの街は広大だ。そこから宝を見つけるのは難しいだろうな。けど、生き残ったプレイヤーは50,000人、そのうちの10,000人がいるんだ。なのにまだ1個も宝が見つかってないのは明らかに不自然だ。いくら何でも10個20個は見つかってもいい。そうじゃなきゃ、このステージでほとんどが死ぬことになる」
「はぁ……確かにそうかもしれませんね」
「だから、このゲームには何か攻略法があるはずなんだ。このままじゃこのゲームはただの運否天賦のクソゲーだ」
忌々しいが、アースのゲームクリエイターは天才だ。どのゲーム会社以上の技術、発想力を持っている。今までのゲームのクオリティは他の追随を許さず、決して運否天賦で勝敗が決まるようなゲームを作るような集団ではない。
ゆえに、この宝探しにも攻略法があるはず。いや、無くてはならない。
宝探しというゲームの特徴から、おそらくは気付いてしまえば速攻でゲームクリアできてしまうような、そんな攻略法が。
「クリス、不安かもしれないが、今はその攻略法を探すことが先決だ。ギリギリまで宝は探すべきじゃない」
「……理屈は分かりました。けど、ただ見てるだけじゃ……」
「分かってる。だからプレイヤーの挙動を見るだけじゃなく、隠してありそうなところに目星もつけてる」
「そんなところがあったんですか!?」
「といっても、それも他のプレイヤーあってこそだ。すでに探された場所を排除し、なおかつ目につきにくい場所、そこをピックアップしている。あくまでも、普通の宝探しで隠し場所になりそうなとこだが」
このゲームが簡単でないことはすでに確定だ。約2500個の宝が今だ一つも見つかっていないことがそれを証明している。
ならば、普通の隠し場所にはない。俺が目星をつけた場所にはおそらく、一つたりとも宝はないだろう。
だがまあ、そのことはクリスには伏せておこう。めぼしい場所があるという希望が、押し寄せる不安を緩和させることにもなるだろう。
「アクアさん、やっぱりすごいですね。普通そんなに冷静でいられませんよ。周りの人みたいに、躍起になって宝を探すはずです」
「……俺だって、さっきまでああだったさ」
周りにいるプレイヤーは路地裏を回り、民家を回り、時にゴミ捨て場を漁り、死に怯える顔で宝を探す。その中には、ゲームを楽しむ輩など皆無だ。
「本当に、どう楽しめってんだ」
「アクアさん?」
「いや、カルセドニーの言葉を思い出してな。あの野郎、再三にわたってゲームを楽しめとか言ってただろ? こんな状況じゃ、どんなゲームでも楽しめないだろ」
「そう……ですね。もしかしたら24時間後には死ぬかもしれない。そんな状況じゃ、どんなに楽観的な人でも楽しむことなんかできませんよね。こんな世界、楽しめるはずないのに」
「……だよな。楽しめるはず、ないよな?」
今のクリスの言葉が、妙に引っかかった。こんなゲーム、常識的に考えて楽しめるはずもない。なのにカルセドニーはこのゲームを楽しめと宣った。
作った側からすれば当然の発言とも取れなくもない。高みの見物をしているゆえの余裕、そうともとれる。
だけど、何かが引っ掛かるんだ。
それが何か、もしかしたらヒントのようなモノなんじゃ……
「あ、アクアさん、上の表示が!」
クリスの慌てた声を聞き、俺は上を見上げた。
見ると、宝の数が一つ減っている。
「……あれは、どういう類のクリアなんだろうな」
「どういう類、とは?」
「たまたまラッキーで宝を見つけたのか、もしくは攻略法を見つけてクリアしたのか。もしも前者なら、悠長に構えてられないかもしれないな」
「そうですか? 1時間に1個なら、何の問題もないんじゃ……」
「1個でも何個でも、運で見つかるんならこれからさき、もう何人かクリア者が増えることになる。そうなると……厄介だ」
「そうですかね? 運だけのクリアなら、私たちのクリアには何の関係もない気がしますけど」
「……そうだな」
確かに、俺たちのクリアする確率には何の支障もないだろう。普通のゲームならな。だがこのゲームは違う。クリアする人間が限られており、その人数が常に表示されるシステム、下手をしなくてもこれからさき、最悪の状況が作りだされる。
普通のオンラインプレイならただのマナー違反、しかしこの世界においては絶対にやってはいけない最大の禁忌、プレイヤーキルが。
クリアできる人数が限られているなら、プレイヤーを減らしてしまえばいい。自分がクリアできなくとも、他の人間がクリアできなければ、少なくともゲーム終了まで希望を抱いて生きていける。
その最悪の行為は、時間が減れば減るほど誘発される。
しかしそのことをクリスに言えば、余計に不安を煽るだけ。
「まあ気にすることはないか。たった一人のクリアぐらい」
そう話を切って、俺たちは再び散策を開始した。
今度はクリスの不安を消すために、プレイヤーの動向だけでなく宝を探しながら。
どっちつかずの行動は質を落とすものとあまり行いたくはないが、不安になるよりもマシだ。この手のゲームで最も重要なのは、冷静さを失わないこと。
冷静さを欠けば、簡単なことすらも見落としかねないのだから。
……けど、見落としたかどうかなんて、結果が出るまで分からないよね。
「なにもありませんね」
クリスの言葉が俺の胸にチクリと刺さる。彼女に俺を貶める気などないだろうが、それでも俺を頼ってくれた子に対して何もできないというこの状況が、どうしようもなく申し訳ない。
「宝が1個見つかってから30分……まだ2個目は見つかってない。焦る時間帯でもないだろ?」
「確かに……まだまだ余裕はありますけど……それでも、やっぱり不安です」
「つっても、どうすればいいか……」
情報が無い、だから情報を探そうとする。けれどその情報も全く手に入らない。手がかりすら何もだ。NPCに声をかけてもテンプレ通りの反応。隠してありそうな場所を探しても何もなく、あったとしてもゴミだけ。
宝のタの字もありゃしない。
他と違い2人で探しているというのに。
「……2人いるってアドバンテージ……全く活かせてないな」
何気なくつぶやいた言葉、それがクリスの胸に刺さったのか、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません……私、なにもできなくて……」
「あ、いや……そんなつもりで言ったわけじゃ……!」
今の状況に焦り、言ってしまったに過ぎない。俺は本当に、クリスが役立たずなんて思ってはいない。むしろ冷静さを取り戻してくれたことに、深い感謝をしている。
「いいんです。アクアさんは必死で頭を働かせているのに、私はそれにおんぶにだっこで、何も案を出していないわけですし。何を言われても、仕方ありません」
「だから、今のはそういう意味じゃないっての」
「でも……他の人は1人で探して宝を見つけることが出来たのに、私たちは2人で見つけられないって言うのは、私が足手まといってことに……」
「ならねえよ! 大体、2人いたって状況はあまり変わらない。探す場所が増えてるわけでもないんだから」
「それでも、一つの場所をより精査して探索することが可能です。他の人より一つの場所にかかる時間も少ないですし」
「……まあ、利点があることは認める。けどな、その利点もうまく活用できてるだろ? 一つの場所にかかる時間は1人よりも大幅に短縮できてるんだから。お前は十分に役立ってるよ」
なんか随分と上から目線な言葉な気がするが……まあ立場上、クリスが俺に頼ってきたみたいなものだから、多少は仕方ない。
不安を解消するためには俺が彼女よりも完全に上の存在であると理解させ、守ってやると公言すること。役に立っていることと明言することこそが重要なのだ。
上から目線はある種の宿命というもの。
それでもクリスは申し訳なさを解消できないからか、言い返そうとする。
「でも……!」
その時、ある音が鳴り響く。
『きゅぅ~』
思わず和んでしまいそうなほどに可愛らしいお腹の音。
クリスのお腹から、空腹のサインが俺の耳にしっかりと届いた。
「そういや、俺はゲームのことばっか考えてて、昼飯も食ってなかったんだ。どこかでメシ食うか」
俺の言葉をクリスは顔を真っ赤にしながら聞き、頷いた。
恥ずかしいだろう。申し訳ないだろう。クリスはたぶん心根が優しい女性だ。こんな状況で腹の音が鳴ったことに耐え難い感情を宿しているはずだ。
そして俺のクリスに気を遣ったとも取れる発言。実際は本当にお腹が空いたからなのだが、彼女はそう思わないだろう。
……その反応を見て、ちょっとおもしろがってしまう俺はドSなのだろう。
「あの店でいいか?」
俺は適当に飲食店と思しきものを探し、その中でまあまあオシャレな外観の店をクリスに提案する。彼女は思考した素振りも見せず、俺の提案に頷く。
「そんじゃ、ちょい遅めの昼食と行くか」
緊迫した状況の中の、一時の安寧。
心には不安が渦巻いている。こんなことをしている状況でないと叫ぶ俺がいる。
だがそれでも、2つの理由からここで休むことに意味を見出し、不安を押しつぶす。
一つは単純にクリスのため。俺が彼女のために行動をするという様を見せ、無いとは思うが、信頼させ裏切らないようにするための行動。
俺がいい人だと思い込ませ、絶対にこちらから裏切るような人間ではないと分からせる。
そしてもう一つは、単純に俺自身のため。
見れば、他のプレイヤーは俺たちのように飲食店に入ってランチタイムなんて考えていない。自らの生死がかかっているのだから当然と言えば当然だが、俺に言わせれば休むことも非常に重要だ。
ここにいる人間は電脳空間に存在する意識の集合体に過ぎない。つまり、脳の疲労は俺たち自身のパフォーマンスに多大な影響を及ぼすのだ。
ゆえに、常に万全の状態でいるために休むことは必要不可欠。あらゆるゲームをプレイしてきた俺が言うのだ、間違いない。
「あまり長居はしないけど、まあ楽しめ。今後の行動に支障をきたさないために、常にリラックスしておくんだ」
「楽しめって……そんな無茶ですよ。今のアクアさんの言葉、カルセドニーの言ってることと同じくらいの無茶ぶりですよ?」
「分かってるさ。だけど、時には必要なことだぜ? 特に今回みたいな……ときに……」
……やはり引っかかる。
今の俺とクリスの言葉に、引っ掛かりを感じる。
俺は必要なことだから楽しめと、リラックスしろと言った。脳の疲労や意識の違いが俺たちの動きの精度に関わるのだから、それは必要なことだ。
その必要なことが無茶ぶりだというクリスの言葉も、自然なもの。カルセドニーと一緒にされるのは心底心外だが、理解できる。
「あの……アクアさん?」
気に障ることでも言ってしまったのかと、クリスは不安そうな表情で俺を見つめる。
だが俺は「ちょっと待ってくれ」とだけ言い、思考を加速させる。
そうだ、さっきも気になったんだ。クリア者に気を取られて思考を中断させてしまったが、何かヒントのようなモノかも、そう考えたんだ。
整理しよう、俺の気になっていることを。
カルセドニーの楽しめという言葉。生き死にが係っているこの状況でそんなことは不可能だ。どんな楽観的な者でも必死になって宝を探すのだから、楽しむ余裕はない。
そして今の俺たちの会話、楽しむということが必要なことであり、それをクリスに無茶ぶりだと言われた。
つまり、カルセドニーの楽しめということは、必要なことを提示していた?
あれはゲームマスターとしての高みの見物などではなく、純粋に俺たちプレイヤーに送られたメッセージだったのではないか?
だとすれば、どういうことなのか。
考えろ、考えるんだ。これは何かの突破口になるのかもしれない。
楽しめという言葉は俺たちに対するヒント、アドバイスなのだとしたら……
「……アドバイス?」
「ど、どうしましたか?」
「カルセドニーのやつ……確かアドバイスって言ってたよな?」
「は、はい、言っていました。自分達にできることを考え、実践すること、でしたっけ?」
「そうだ。カルセドニーはそれをアドバイスって言ったんだ」
「それが……どうかしたんですか?」
「このゲームを楽しむこと、そして自分に出来ることを考え実践すること、それが宝探しの攻略法……かもしれない。となると……………………そうか! オープン!」
俺は即座にウィンドウを開き、画面を凝視する。そして、左端にあるメニュー一覧の、上から4番目を開く。スキルメニューと書かれた欄を。
「俺の予想が正しければここに…………あった!」
「あったって、何がです?」
「これだよこれ! このスキル!」
俺は自分でもおかしいと自覚するぐらいおかしなテンションで、見つけたそれをはしゃぎながらクリスに見せる。
それを見て、彼女は驚愕の表情を見せる。
「そ、それって……」
「ああ、探知スキルだ! 説明を見る限り、敵の位置、ダンジョンでのトラップが見破れさらに! 隠されたアイテムを見つけることが出来る! これを使えば、この宝探しゲームをクリアできるってことだ!」
こういうことだったんだ。カルセドニーが何度もゲームを楽しめと言ったのは、それこそがこのゲームをクリアするために必要なことだったから。
ゲームを楽しむにはいくつかの道がある。オンラインではコミュニケーションを楽しんだり、キャラクターを自分好みに着飾りファッション方面で楽しんだり。
そしてなにより、自分が強くなることを楽しむものだ。
他プレイヤーよりも強くなり優越感に浸り、強大なボスキャラを打ち倒して達成感に酔いしれる。
自分を高めることこそ、RPGを楽しむという行為なんだ。
「じゃあこのゲームは、普通にプレイしていたらクリアできる、ということなんですか?」
「一概にそうは言えないけどな、クリア人数に制限がある以上。だけど一番の近道であることは確かだ。メシ食ったらすぐに街を出て、モンスターを狩るぞ」
「いえ、食事なんかしてる暇はありません! すぐにレベルアップに行きましょう!」
「そうだな!」
確実にクリアできる状況にして、それから休息を取ればいい。
俺とクリスは何も食べずにこの店を出て、街の外へと向かった。




