第5話
暗転した視界が徐々に明るさを取り戻し、俺にこの場所を認識させる。
目の前には噴水があり、周囲にはレトロな建物が並んでいる。
「ここで……宝探しをしろってか」
デスゲームが現実である物と理解した俺は、置かれている状況に頭を抱える。
あれだけ楽しみにしていたデスティニー・オンライン、それが命を危ぶませる最悪の物だった。クソゲーなんて言葉では言い表せない。地獄そのものだ。
だが、悲観している場合ではない。ここで頭を抱えていても意味はなく、ただ命を捨てるだけ。絶望に染まった心を無理矢理に正し、前を向く。
すると、視界の上の方、ある表示に気付いた。
「あれは……」
見ると、そこには二種類の数字が刻まれている。上には23:59、下には2412という数字。
言われずとも分かった。それが制限時間と残りの宝の数だということに。
「制限時間は一日……脳の休息を考えれば、実質18時間ってとこか」
長いのか、短いのか、まるで分らない。どこにどんな風にどんな宝が隠されているのか何もわからない状況では、不安が募るばかりだ。
俺は心を落ち着かせようと、目の前の噴水の水を顔に思いっきりぶっかけた。
「……つめてえ」
ゲームでありながらこの感覚、忌々しいがかなりのクオリティだ。
本当なら、こんな動作だけでも感動したはずなのに……。
「ん?」
顔を洗っていると、水面に見慣れた顔が映っているのに気づいた。
毎朝見ていた、写真として何枚も記録に残され見てきた……俺の顔だった。
「は……? は? は!?」
俺は何度も自分の顔をペタペタ触りながら、水面に映る顔を何度も見る。
しかしそこには俺の設定したアバターの顔ではなく、自分自身の顔がはっきりと映っている。見間違いなどではない。確かに俺の顔だ。
心なしか、身長も設定時より縮んでいる。実際の俺と同じくらいの身長まで。
「こういうことか……」
最後のカルセドニーの言葉を思い出す。
『この世界では君たちを完全に再現している。過激な行動は控えることだね』
あれは、そのままの意味だったんだ。俺たちの顔、体をそのままこの世界に投影している。だからこそ、生き残った時のために過激な行動を慎めと。
最悪の場合、現実でトラブルの可能性になるから。
「だけどどうやって…………いや、データを流用すれば簡単か」
どのように俺の顔を再現したのか、その疑問は一瞬にして解決した。
別のゲームに俺の身体情報は完全にセーブされている。それを使えば再現は容易い。もしも自分の体を使わないタイプのプレイヤーがいても、フルダイブゲームには最初に、VRチュートリアルが存在する。そこで自分の身体情報を入力しているのだから、俺たちの情報は筒抜けということになる。
「……正直、ゲーム感0だ」
実際に死ぬ設定に加え、さらには自分自身の顔。この世界が電脳空間だという意識が薄れつつある。
見れば自分たちの異変に気付いたプレイヤーたちは、みな驚愕している。誰もかれも自分の姿に驚き、頭を抱える。
だがそれは数分のこと、自分たちの状況を理解している者は動揺する心を押さえつけ、宝探しへと向かった。
「……どうするか」
宝を探すプレイヤーとは対照的に、俺の動き出しは遅かった。
まだ何の情報もない段階、むやみに動くときではない。この異常事態に飲み込まれ、冷静とは言えない。だがそれでも、生き残るために使う頭ぐらいは残っている。
どれだけ現実に近くとも、ここはゲームの世界なんだ。だとしたら、運否天賦などありえない。アースの作るゲームはリアリティもさることながら、ゲームシステムも高い評価を得ている。なのに、命を懸けるゲーム内容がただの宝探しゲームなど、ありえない。
確かに探索には相応の技術がいるかもしれない。だが初見の俺たちでは差などたかが知れている。運勝負になることは避けられない。
だからこそ、何か攻略法のようなモノがあると思うのだが……。
「考えても始まらねえ。動くか」
何も手元に情報がない状況、これではどれだけ考えても答えが出るはずもない。
どうすればいいか分からない手探りな状況だが、何もしないよりはマシ。
俺は宝を探すというよりも、情報を得ることを目的に辺りを散策する。
しかし、30分ほど歩きまわったが、めぼしい情報など全く得られない。得た情報と言えば、NPCに話しかければ決まった答えが返ってくるというもの。
それだけでただ無為に時間が過ぎていく。
「くそ! やっぱり、宝を探すしかないのか?」
宝はまだ一つも見つかっていない。焦る時間ではない。
そんなことはわかっているのだが、俺の命がかかっているこの状況、どうしても意識が宝に移動してしまう。情報を得る重要性を理解しつつも、死の恐怖に逆らえない。
この状況、打破したい。何でもいい、何でもいいから、心の平穏が欲しい。
できるのなら、この恐怖を分かち合う仲間が……。
しかしそれこそ不可能だろう。生き残るのは4分の1、仲間を作ることのメリットを理解しつつも、生存競争という今の状況でその仲間を完全に信用するのは難しい。
目の前で安全という道を示されたら、背中を刺される可能性すらあるのだ。
だから、このゲームで仲間など、そう簡単に作れるものでは……。
「あの……」
突如、俺に向かって一人の少女が話しかけてきた。
年齢は俺と同じぐらいだろうか。端正な顔立ちに肩にかかるぐらいの長さの銀髪の女の子が、俺に話しかけてきたのだ。
「君は?」
反射的に声を出し、俺は疑いの目を向けてしまった。
仲間を作ることの難しさ、それを考えていた直後の人からの声かけ。疑うなという方が無理な話だ。
「その……」
疑いの目を持っていることに気づいたのか、少女はたじろぐ。口をパクパクと動かし、声を発することはしない。だが何度か深呼吸を繰り返し、意を決して俺の目をまっすぐと見据え、こう言った。
「ありがとうございました!」
「……なにが?」
突然の感謝に、俺は疑惑の目を解き、呆気にとられた。
リアルでこの少女に見覚えは無い。かといってこのゲーム内で誰かと交流したことが無い。あるとすればチュートリアルのときのヘマというプレイヤー。彼はもう……。
「あのあの、私クリスって言います! さきほどはあなたに命を救ってもらって……」
「命? 待て待て、何の話だ? 俺とあんた、初対面だろ?」
何を言ってるんだこの子は?
俺には誰かの命を救ったなんて記憶はない。そんなものがあれば、多分一生忘れない。
だが次に発したクリスという少女の言葉に、俺は納得する。
「あの時、ログアウトするなって叫んだ方ですよね? あなたのおかげで、私は死なずに済んだんです」
……ああ、なるほど。だから命を救ったか。
俺の反射的行動、助けるというよりは誰かが死ぬという悲劇が見たくなかった、それだけのことだが、誰かの命を救っていたのか。
「確かに叫んだけど……」
「やっぱりあなただったんですね! 本当にありがとうございました! あの時はあと一秒も経たずにログアウトボタンを押しそうだったんです。あなたが、私の命を救ってくださったんです!」
「……それはまあ、どういたしまして」
正直、助けた気など毛頭ないから実感がわかないし、感謝されてうれしいという気持ちもない。あるのはただ一つ、不安に押しつぶされそうな気持を少しだが緩和させてもらったことによる、微量の感謝だった。
「じゃあ俺はもう行くよ。時間制限があるからな。君も頑張れよ」
それっきり、俺は関わるつもりはなかった。しかし少女はそうでないのか、背を向けた俺に言葉をかける。
「ま、待ってください!」
「ん? まだ何かあるのか?」
「はい、もしよろしければなんですけど……私と一緒に行動しませんか?」
「……え?」
想定外の提案に、俺は自分の耳を疑った。今のこの状況で、誰かを信じることが最も難しいのに仲間を得るという行為を、クリスは提案した。
いや、ありえる話か。クリスからすれば俺は命を救った恩人、信用はあるのだろう。反射的とはいえ人の命を救った俺に対する信用は、きっと高い。俺が誰かを裏切る、貶めるという思考には至らないのだ。
だが、俺の方は微妙だ。クリスがどれだけ俺を信じていても、俺はこの少女を知らない。
わざわざお礼を言いに来たのだから悪い人ではないことはわかる。むしろいい奴だろう。律儀で人を貶めることはないと思う。それでも不安はある。
人が命の危機に瀕した時、果たして元々持つ善性を貫くことが出来るだろうか?
出来ないと思う。
出来ないと思うが……仲間は欲しい。俺自身の生存確率を上げるために。
「なあ、一つ聞いていいか?」
俺はクリスが信用に足る人間かどうか確かめるため、質問する。
「は、はい。もちろんです」
クリスは断られる可能性を考えていなかったのか、不安が広がっていくのが見て取れる。
その顔を見て多少の罪悪感を抱くものの、構わず質問する。
「何で俺と行動したいと思ったんだ?」
「それは……」
一瞬、躊躇しているように見えた。やましい気持ちでもあるのかと疑う。
そしてそれは、ある意味では正解だった。クリスは息を整えてから、俺の質問に答える。
「あなたが……強くて優しい人だから……です」
「強くて……優しい?」
「はい。実は私、あなたにお礼を言いたくてあちこち探しまわっていたんですが、その時にこんなことを言うプレイヤーがいたんです。ゲームのうまい奴は、とっととログアウトしちまえばいい、って」
「……まあ、そういうやつもいるだろうな」
「私もその考えは、賛同はしませんが理解は出来ます。こんな状況になったら、仕方ないかなって。けど、あなたはあの時、ログアウトをしないように……みんなの命を救おうとしたんです! チュートリアルの時のように誰かと戦うことになるかもしれない、そんな可能性があるのに、あなたは皆を救おうとした」
「そこまで考えが至らない奴だったかもしれないだろ?」
「大勢が冷静さを欠いた中、あなたはログアウトの仕組みに気付いたんですから、それはないと思いました。それにもし考えつかなかったのだとしても、そういう発想がそもそも出来ない、良い人だって感じたんです」
「……かもな。でも強いってのは?」
チュートリアルの光景を見ていない彼女は、俺の実力など知らないはずだ。格ゲーの世界大会でも顔を隠していたから、俺とは知らないはず。強いという判断などできない。
が、クリスの言う俺の強さとは、俺の想像とは全く持って違うものだった。
「あなたはログアウト表示を押して串刺しになった人の手を、握ってあげましたよね?」
それは、咄嗟に出た行動だった。
目の前で傷つき、死にそうになった男の差し出した手を、俺はわけもわからず握った。
特に考えもない行動を、クリスは見ていた。それを、強さだと言う。
「私は怖くて腰を抜かして、ただ震えるだけでした。他の人たちも同じ、誰もログアウトした人たちの手を握るなんて出来ませんでした。けどあなただけは、差し出された手を握ったんです。あなたの心は、きっとあの場にいた誰よりも強いんです」
少女の真摯な目は、それが真実だと俺に感じさせた。電脳空間、クリスの姿は現実とほぼ同じとはいえ、あくまでもアバターに過ぎない。にもかかわらず、俺は少女の姿に、本当を見た気がした。
「それで、強くて優しい俺と、仲間になりたいと?」
確認のつもりで言った言葉、それに対してクリスは、言わなくてもいい……むしろ言うべきでない事実を赤裸々に語る。
「……あなたみたいに強くて優しい人なら、心強いと思ったんです。私を守ってくれると思ったんです。……私が生き残りたいから、一緒にいたいんです」
クリスの行動理由は、打算だった。俺にゲームクリアの可能性を見出し、さらに自身も助けれくれるかもという自分本位な感情こそが、本心だった。
一人だと心細い。
優しいあなたなら裏切らない。
そんな、感情だけのことを言えばいいだけなのに、クリスは馬鹿正直に自分を守ってくれるからと語った。
バカな行動だ。
バカすぎて……笑えてくる。
「フフッ……」
「あ、あの……私、何かおかしなことを言いましたか?」
「いや、何でもない。俺で良ければ一緒に行動するよ。俺もちょうど、仲間が欲しいと思っていたところだし」
こんな場所では得られるはずがないと思っていた、少しでも信頼できる仲間。
想像以上の前進だ。このゲームをクリアできる確率が上がったことは言わずもがな。それ以上に、隣に人がいる、それだけでこれほど気持ちが変わる物か。
わずか30分という短い時間で焦りが募り、冷静さを失いかけた心が落ち着いて行く。
「それじゃ行こうか。クリスさん……だったよな?」
「呼び捨てでいいですよ。これからは仲間なんですから」
「そうか。じゃあ俺も、アクアって呼び捨てでいいから」
「はい、アクアさん!」
……まあいいや。




