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第25話

「これで全部、終わったんだな?」


 誰もいない虚空に向かい、俺は問いかけた

 その声に答えるように、どこからともなく声が聞こえてくる。


『もちろんだ。さっきも言ったけど、君はすでにラスボスを倒している。このゲームは終了したんだよ』


「……その理屈なら、もっと早くにゲームは終わってるだろ」


『RPGに裏ボスは定番だろ? その役を君が担ってくれたらまだゲームは続けられたんだ』


 つまり、あの時の俺の選択がすべてを決定したということだ。

 もしもボスになっていたら、クリスたちを見殺しにして他のプレイヤーを救っていた。

 だがボスにならなかったから、全てのプレイヤーを救うことが出来た。

 どっちにしろアースにとってほぼ益のない選択肢だったわけだ。本当に、ただ単に面白がって俺をおちょくっていただけ。

 心底反吐が出る……が、満足してしまっている俺は、不思議と怒りが沸いてこない。


「それで、俺をログアウトしなかったってことは、教えてくれるんだろ? このゲームが催された理由を」


『もちろんさ。クリアに報酬はあって然るべきものだ。元々、最終課題のエンペラー・オーガ討伐に最も尽力したプレイヤーには、出来る限りの報酬を与えるつもりだったからね。っと、こんな音声だけじゃ味気ないよね? そっちに行くよ』


 カルセドニーはそう言い、俺の前に姿を現した。

 別に音声だけでも問題なかったが、こいつの言うことにとやかく言うことはやめておこう。機嫌を損ねて嘘を言われでもしたら元も子もない。


「さて、このゲームを開催した理由だね? でもいいのかい? もし君が望むなら、莫大な富も、名誉も、ある程度はあげられるよ?」


「国家規模の犯罪者にそんなことできるのかよ。仮にできたとしても、汚い金なんか受け取るわけがない」


「汚いなんて心外だな。僕らの生み出した今までの利益は、紛れもなく多くの人を笑顔にして得た利益なんだよ?」


「ああそうだな、俺も笑顔にしてもらった一人だよ。けど……許さねえからな。俺はもちろん、数多くの人間はお前たちを許さない。それだけのことをしてきた自覚はあるだろ?」


「……まあね。それじゃ、前置きはこれぐらいにして話すとするか。手短に言うよ、他の奴に知れたら僕が怒られるし」


 やっと……やっと語られる。

 俺がこんなデスゲームに巻き込まれた理由が。

 数多くの人間が死んだ理由が。

 別に求めていたわけではない。ただ、納得したかった。

 ほんの少しであっても俺の心に納得感を与えてくれるのなら、それだけで良かった。

 そして語られる真相、アースの目的は……


「僕たちはね……もう一つの地球を作ろうとしてるんだ」


「……もうひとつの、地球?」


 あまりにも予想外な答えは、俺を困惑させた。

 地球? それを作ろうとしている?

 まったくもって、想像できない。


「もちろん僕たちの住む世界に物理的にもう一つの地球を作りだそうとしているわけじゃない。この電脳空間上に、全人類が住める地球を作るってことだ」


「……壮大だな」


「ああそうさ。けどね、地球を作ること自体はそう難しい話じゃない。技術が進歩した今、何十億っていう膨大な人間のデータを収納させることは可能なんだ、理論上はね。でも、今の技術でも出来ないことはある。それを可能にさせるために僕らはデータが欲しかった」


「出来ないこと?」


 俺が聞くと、カルセドニーは大きく息を吸い、満面の笑顔で高らかに宣言した。


「意識と肉体の分断さ!」


 まるで、子供が手に入れたおもちゃを自慢するかのような仕草だ。

 俺にはそれが、どれだけ難しい技術なのかはわからない。

 しかしこいつから迸る熱量が、いかに難解かを俺に悟らせる。


「肉体から意識を完全に抽出し、電脳空間上に一個の命として成り立たせる。それが出来れば、人間の不老不死が実現するんだ!」


「……人類のためか?」


「もちろんだ。この技術が実用化すれば、だれも死ぬことはない世界の出来上がりだ。しかも電脳空間の命、飢餓はなく病気もない、何物にも犯されない理想的な世界だろう?」


 ……ああ、確かに理想的な世界だ。

 きっとそこは、争いもなく、諍いもない、平和で優しい世界なんだろう。

 こいつらは、誰もが笑って暮らせる世界を作ろうとしている。


「なら、ここに俺たちを集めた理由は?」


「システムは理論的にはうまくいくはずだった。だからチュートリアルで死なせ、意識と肉体が分断されているという結果が欲しかった」


「それで失敗した、か。そもそもの話、一気に五万人も殺す必要があったのか? 一人殺せばそれで実験が成功かどうかわかるだろ」 


「いくらプログラムで構成されたシステムでも、どこかしこに欠陥が存在する可能性はあるんだよ。バグってやつだね。5万人を殺して、何人かは生き残ってくれたらなと期待したんだよ」


「最低だな。なら五万人を殺した後、どうして俺たちをこのゲームに捕らえ続けた?」


「死の瞬間の意識と肉体のつながり、それを観測したかった。今後の実験のためのデータを集めたかったのさ。肉体と意識の繋がりが隔たれる瞬間、そのデータが十分にそろえば今後のためになるからね」


「お前らにとって、俺らは実験台だったってわけか」


「まあ……そうなるね」


 なぜだろう、怒りが沸いてこない。

 俺たちの命を弄んだ張本人なのに、モルモットとして扱ったクズなのに。

 どうしても怒りは沸いてくれない。


「……悪いとは思ってるよ」


 一瞬だが悲し気な表情をしたカルセドニーを見て、俺は気付いた。怒りが沸いてこない理由を。

 こいつらは非道だが、外道ではない。人という存在を、最も慈しみ、尊んでいる。

 実験のための犠牲ならば、命を奪うことを躊躇いなく実行するだろう。

 だけど、それ以外ならば人にやさしくできる存在だ。

 その答えが正しいかどうかを確かめるため、俺はある質問をする。


「エンペラー・オーガ、待ってくれただろ?」


「……!」


 カルセドニーの驚きの顔を見て、分かった。

 俺はあの時の戦いの最中、スキルを習得する賭けに出た。結果は俺の勝ち、無事にスキルを獲得できた。しかし、あれは運が良すぎた。

 途中からは攻撃を見ながらだったし、正真正銘、覚悟を決めたことにより動きに精彩を欠くことはなかった。


 だが最初の、スキル獲得のためにボスから視線を外し走り回ってからの最初の攻撃は、不正確な物であった。俺の走りの速さで狙いが狂い足元に鞭を打ち込んでしまったかのように見えたが、あれは違う。

 わざと外したんだ。それ以降の正確無比な攻撃と、そしてカルセドニーのこの表情が、俺に確信させる。


「ほんのわずかな、1%にも満たない勝機。お前は賭けたんだろ?」


「……あはっ、君はやっぱりすごいね、ゲームに関しては天才的だ。その通り、僕は君たちが全員、生き残れる大義名分が欲しかった。あの段階ならエンペラー・オーガにほんの少しの調整を加えることも仲間から不審がられることもないし、なにより君ならもしかしてって思ったんだ。ボスを倒してくれたら、もう終わりにできる」


「……死のデータが、欲しかったんじゃないか?」


「欲しいさ。もう一つの地球作り、そこを人類の居住先にすること、これはアース職員全員の悲願だからね。そのための犠牲なら、いくらでも払う覚悟はあったつもりだった」


 つもり、か。

 いざ実行に移せば、自分たちのやっていることの大きさに気づき、罪悪感が肥大化してしてしまったと。


「いやぁ、なんとか耐えようと、おちゃらけた態度で臨んだけど……やっぱり堪えるね」


「分かった、もう十分だ」


「……納得、してくれたかい?」


「しねえよ。しないけど……理解はしてやる。お前たちは人を、好きだってことを」


「そうか……」


「これからどうするんだ? 警察は黙っちゃいないぞ?」


「そこは問題ない。姿を変えればやりようはある。それにVRはゲーム以外にも医療や建築、スポーツにも応用できる。引く手数多さ」


 ……確かに、こいつらの技術は世界一と言っても過言ではない。どの分野で一から始めたとしても、トップクラスに入り込むことは容易だろう。

 こいつらの心が壊れるまでは。


「……まあ、頑張れ」


「うん、頑張る」


 それで、俺たちの会話は終わった。

 理由を知り、それを理解した。

 納得など完全には出来ていないが、怒りは無い。

 だからもう、俺が言うことは何もない。

 それがどれだけ狂い、イカレタ理想であるかは理解しても、そこで終わりだ。


 俺の心はただ一つ、もう関わりたくない。

 ただ平穏に、静かに、過ごしたい。

 それだけが俺の唯一の望み。

 俺は光に包まれログアウトしていく最中、カルセドニーの顔を見る。

 そして、動かされる口を見て、なんと言おうとしているかを理解する。

 それは、ただ一言。


『ごめんね』


 憂いに満ちた表情の謝罪が、俺の心に刻み込まれた。

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