第23話
「カイヤちゃん、そこに罠があるよ!」
「え、どこっすか!?」
「その足元だよ! 止まって!」
慌ただしく、無駄に声を張り上げながら私たちはダンジョン内を突き進む。
突き進むと言っても、ゆっくりと少しずつ、細心の注意を払いながらの移動だからまだまだ全然進めてはいない。それに、モンスターを確認したらわき道にそれてやり過ごそうとしているから、もう1時間は経っているのにクリアできる気が全くしない。
……アクアさんはいつも、この恐怖に立ち向かっていたんだ。
「クリスさん、どうかしたっすか?」
アクアさんのつらさを感じて項垂れた私を見て、カイヤちゃんが心配そうに見つめる。
いけない、今は私がしっかりしなくちゃ。
アクアさんがいない今、年上の私がこの子を守ってあげなきゃいけない。
……けど、モンスターを探知スキルで感じる度に、足の震えが止まってくれない。
どれだけ気をしっかり持とうとしても、死ぬかもしれない怖さのせいで踏み出すことが出来ない。アクアさんに私が前に出て戦うようにって言われたのに、出来ない。
「クリスさん、このままのペースじゃ多分、ゴールまで行けないっす。怖いっすけど、モンスターと戦うしかないっす」
「う、うん……そうだね。戦わなきゃ」
これは、私への罰なんだ。いままでアクアさん一人に重荷を背負わせて、楽して生きていた。苦しいことを全部押し付けてきた。
……一番最初、この人なら私を助けてくれると思って、アクアさんのやさしさにつけこんで、私は自分が頑張らなきゃいけないのに、他人に縋って押し付けてきた。
自分でもひどい女だと思う。最低最悪の悪女だ。
いや、女とかじゃなくて、人としてあさましい。
カイヤちゃんは今はアクアさんに頼ってるけど、最初の宝探しは自分一人で頑張っていた。1人っきりの不安を抱えて、それでもあきらめずに走り回っていた。
結果はアクアさんの出現させた宝をゲットっていう、漁夫の利を得た感じだったけど、私なんかよりも全然頑張っている。
私だって頑張らないといけない。
じゃないと私は、アクアさんの隣に立つ資格がない。
「聞いてるっすかクリスさん?」
「あ、うん、聞いてるよ」
「しっかししてくださいっす。ほら、モンスターがいるっすよ」
カイヤちゃんに言われてモンスターを見る。見た目は可愛らしい感じの小型のドラゴン、思わず撫でてあげたくなる。けどあれはモンスター、私たちを殺す存在。
一時の油断も出来ない。
「自分がまず魔法を撃つっす。そのあとは、お願いするっす」
「う、うん。大丈夫、私に任せて」
作られた強気の顔、それをカイヤちゃんに見せて私は装備した篭手を触る。
この腕で受ければ、痛みは感じないはず。最強の防具が守ってくれている。
カイヤちゃんの支援魔法もあるし、怖がることなんて一つもない。
「行くっす! サンダー!」
唱えた直後、目を覆うほどの閃光がドラゴンに向かう。
あれが直撃したら、私が戦う。このナイフで切って、とどめを刺す。
大丈夫、私にもできる。
アクアさんのように、勇気を持てる人に、私も……!
「ピキャッ!」
ドラゴンが悲鳴を上げた。砂煙が上がってよく見えないけど、探知スキルで大体の場所は分かっている。私は止めを刺しに行こうと踏み込む。
けど……足が、地面から離れない。
走り出そうと、攻撃しようと意思を固めたはずなのに、私の足はどうしても動いてくれない。体を前のめりにしても、どれだけ足に力を入れても、足が動いてくれない。
そうこうしているうちに、砂煙が上がっていく。
「……やったっすか?」
視認できるようになったころ、ドラゴンのHPバーが見えてきた。徐々に減って行って、そのHPは一気に0まで消えて行った。
「やったっす魔法で一発っす!」
はしゃぐカイヤちゃんを見て、私は安心する。
足手まといにならないとかそういうことじゃなくて、自分が戦わなくてもいいんだと思えたことが、心の底から安心できる。と同時に、自己嫌悪に陥る。
罰なんだと、頑張らなければいけないと自覚したはずなのに、それでも戦わなくてもいいのなら戦わないという自分の性根の悪さが、心底気持ち悪い。
「さぁ、どんどんいくっすよ!」
カイヤちゃんは調子に乗って、どんどん前に進んでく。
敵が出てきても魔法を放って一蹴、序盤のスローペースが嘘のように進んでいって、1時間もしないうちにダンジョンの最深部に来てしまった。
「これでゴールっすかね?」
辺りを見回しても、何も出はしない。探知スキルを用いても何も見えないし、周囲にモンスターの影も見えない。
本当にこれで終わったのだとほっとするのもつかの間、私の視界は急に暗転する。
「きゃっ!」
「うわっ!」
短い悲鳴を上げて驚くのも一瞬のこと、私たちの眼前には、巨大なモンスターがそびえたっていた。
今までのドラゴンとは比べようもないほどの禍々しさを持った、赤い鱗の巨大な竜。
さっきまで意気揚々と魔法を放っていたカイヤちゃんも、心がへし折れているように見えた。
「な、なんすかあれ……いきなり難易度上がり過ぎっす!」
涙目になりながら、この状況に不平不満を募らせる。私も同感だ。こんな敵、私たちの手に負えるはずがない。きっとアクアさんでも、躊躇する敵のはずだ。
……けど、アクアさんはボスに立ち向かった。
私たちが第二の地域を生き抜くことが出来たのは、アクアさんがボスを倒したからのはず。だがら、こうして立っていられる。
なら私たちも、立ち向かわなくちゃいけない。アクアさんと同じ場所に立つためには、これは必要な儀式なんだ。
「勝たないと……!」
私は、アクアさんのようになりたい。
強い相手にも立ち向かえる、勇気を持った人間になりたい。
アクアさんは私が見てきた人の中で、一番勇敢な人だ。強い敵に恐怖して、足を震わせて、目に涙をためて、それでも立ち向かえる強い人だ。
本当の勇気は、恐怖を感じないことなんかじゃない。
本当の勇気は、震えた足で踏み出すことを言うんだ。
私も、ああなりたい。この震えを止めず、それでも立ち向かえる強い人間に、私はなりたい。そして、アクアさんと一緒に戦いたい。
だって私は……気付いたから……。
アクアさんの強さを知って、考えて、気付いたから。
私は…………
アクアさんが好きだから!
「勝つの……! 勝って、またアクアさんと会うの!」
「く、クリスさん……けど、あんな相手……」
「それでも勝つの! 私はアクアさんのようになる! たとえ実力は無くても、心だけはあの人のように強くなりたい! 私は……私は……絶対に死なない!」
無謀とも思える特攻、私は握りしめたナイフを振りかぶって、巨大なドラゴンに向かって走り出す。
この時の私は、恐怖よりもまず、喜びがあった。
やっと……走れた。
小さなドラゴン相手にもすくんで動けなかった足は、アクアさんへの恋心を自覚して、動き出してくれた。
ああ、どうしてだろう。目に涙があふれる。
ううん、分かる。好きな人に近づけた気がするから、嬉しくて泣いてるんだ。
視界が暗い。目の前で何が起こっているか分からない。
あ、カイヤちゃんの叫び声が聞こえた気がする。
……きっと、どうしようもないほどの攻撃が迫ってきてるんだろうな。
アクアさんに、謝りたかったなぁ。
死ぬことを覚悟した私の最後の眼前には、アクアさんの姿が見えた。
錯覚だってわかってる。死ぬ寸前に私の意識が見せた幻だと分かってる。
それでも、嬉しかった。
「……?」
いつまでたっても訪れない死に私は疑問を持つ。
生きているのならそれは良い。けど、不思議で仕方ない。
不思議で不思議で……けど走りを止めない私は、すぐに何かにぶつかった。
「いつっ!」
顔面を何か、固いのか柔らかいのか、どっちとも取れない物にぶつけてよろめいた。
顔が痛くて、お尻を打って、けど私は何があったのかとまず涙を拭いて、前を見た。
そうしたら、さっきよりもいっぱいの涙が私の目を覆った。
「特攻は感心しないけど、頑張ったな。クリス」
「……アクアさん」
もう会えないと思っていた好きな人が、私の前に現れた。




