第22話
「……クソダンジョンだな」
ダンジョンの最深部、俺はそこで不満を漏らした。
いや、別にいいことではあるんだ。クソダンジョン、それはあまりにもレベルが低いということ。出現するモンスターも弱く、罠も稚拙。正直、レベル1でもクリアできそうだ。
極め付きはこのボス、ワイバーンだ。
ナイフスキル5発、それでノックアウト。あまりにもあっけなさすぎる結末に、拍子抜けもいいところだ。
ただ、クリスとカイヤでもこのレベルならクリアできるだろうという安心感はある。
……普通なら、な。
エンペラー・オーガという前例がある以上、通常のボスが待ち構えているとは限らない。
「なんとか、あの赤い壁を壊せればいいんだが……」
待つしかない俺は、前後左右とあっちこっちに歩き回る。
口に手を当て、ブツブツとつぶやきながら頭をフル回転させるが、画期的なアイデアなど思い浮かぶはずもなく、1時間が過ぎたころ、変化が訪れる。
「また……転送でもするのか」
俺を包み込む膨大な光、これが転送させるものだということはすぐにわかった。
休息の街にでも転送してくれるのか、クリスたちの元に転送させてくれるのか。
どちらにせよ、俺にとって苦しいものではないと高を括っていた。俺の心を揺さぶるほどの出来事など、起きうるはずもないと思っていた。
しかし、目の前に広がる光景と、そこに立つ男は俺を驚愕させる。
「ようこそ、マスタールームへ」
そこに立つのはカルセドニーを縮小させた存在、背後に広がる光景はこのゲームのプレイヤーたちの動向が映し出されていた。
「ん? どうしたのかな、目をまん丸くさせて。僕だよ、カルセドニー。君たちプレイヤーの、最大級に憎らしいこのゲームの最高責任者」
茶化すような言葉が、俺に冷静さを取り戻させる。
わけのわからない状況、こんな場所は一般プレイヤーである俺にとっては無縁の場所のはず。そこに連れてきたことの意図は一体何か。
「そう警戒しなくてもいいよ。今回は君に、とっておきの提案をしに来てあげたんだ」
「……提案?」
「そう。君さ、このゲームのラスボスになってくれない?」
「バカじゃねえのか?」
いきなりの馬鹿な提案に、俺は思わずバカと言ってしまった。しかしその反応が予想通りだったのか、カルセドニーは大して気にかけもせずに言葉を続ける。
「いや実はさ、結構困ってるんだよ。次の課題をどうしようかってさ」
「困ってる? 冗談いうなよ、天才ゲームクリエイター集団が」
「お褒めの言葉ありがとう。けどね、不測の事態は常に起こりうるものなんだよ。今回は君のせいで大変なことになったんだ」
「俺のせい?」
「君が倒したエンペラー・オーガ、あれね、このゲームのラスボスだったんだよ」
「……クソが」
衝撃の事実、俺は呆気にとられるよりも、怒りで胸が満ち溢れた。
「俺に、たった一人でラスボスと戦わせたってことか。本当ならメイルキングと戦うはずだったってのに、てめえのクソくだらないイジメで俺を苦しめたってことか!」
「そう怒らないでよ。死にそうになったら死にそうになったで、助けてあげるつもりだったんだから」
「知るか! 何で俺に対してこんな嫌がらせをする!? 俺はお前らに対して被害を被ったとしても、害を与えたことはないぞ!」
「別に、何となくだよ。君が一番面白い波長をしてたし、実力も申し分ないからラスボスになってくれたら面白いなあって」
「……ちょっと待て。今の口ぶりだと、俺をラスボスにするのは、エンペラー・オーガを倒す前から決まっていたってことか?」
「そうだよ? 死にたくなかったら僕の言うことを聞け、って脅そうと思ってさ。もし断られても君を解放してエンペラー・オーガをラスボスに設定する、それだけのつもりだったのさ」
「それを、俺が倒したってわけか」
「本当に驚いたよ。あれはね、システムを理解しているアース職員が何度も挑戦を繰り返してようやく倒せたボスなんだ。しかも10人ほどでね。たった一人の初見プレイで倒せるなんて、予想もしてなかったよ」
自分でも倒せたことは驚きがあった。負けるつもりはなかったが、勝てると思っていたかと聞かれたら答えはノーだ。あの時の俺は、死ぬんだなぁ、と思ったぐらいだ。
実際、命を投げ出すような覚悟をもって、ようやく倒した敵だ。もう一度やれと言われても、倒せるかどうか……いや、倒せるな。一度攻略したボスなら、いくらでも倒せる。
「とまあ、君がラスボスを倒したせいで次の課題をどうするか迷ってるんだ。君がラスボスを引き受けてくれたら話は早いんだけど」
「ほざくな。何で俺がお前たちに協力しなきゃいけない。しかもラスボスになるってことは、プレイヤーたちを殺すってことだろ? それにいくら俺が強い存在だとしても、生き残っているプレイヤー全てに勝つなんて不可能だ」
「君ならそう言うと思ってたよ。大丈夫、君にもメリットはあるよ」
「メリット?」
「まず第一に、君の命は保障しよう。ペインフィーラー設定を正常なものにし、HPを設定する。これで君は決して死なない、従来のゲームと同じ感覚でプレイできるということだ。たとえHPをすべてなくしても、ログアウトされるだけ」
俺の心が、少し揺らいだ。
確実に生き残る道を示されたら誰だって心が揺れる。さらに、俺がラスボスで現実では死なないというのなら、全てのプレイヤーを救える。
俺が痛いのを少し我慢すれば、生き残っているプレイヤーの命がすべて、救われるんだ。
「君の考えてること、分かるよ。他のプレイヤーを生き残らせるために自分が死ぬ、そう考えているんだろ? こちらとしては興ざめだけど、それもアリにしといたよ。ボスである君が何をしようと、なんの文句も言わないつもりだ」
カルセドニーの言葉は、どこまでも俺にとって都合の良いものだ。
俺を生き残らせる、やり方次第で他の奴らも生き残らせる。
そんなことをするのなら、すぐにゲームを中断しろと言いたくなるレベルだ。
「……お前らの目的は、なんなんだ?」
ずっと気になっていた、このゲームが行われている理由。
ただ単純に人を殺したかった? なら今の提案そのものに矛盾が生じる。
特定の誰かを殺したかった? こんな大掛かりで、犯人を特定されるやり方で?
どれだけ考えても答えの出なかった疑問だ。
「そんなことを聞いて、どうするつもりかな?」
「お前の提案に乗るにしても、納得のいく理由が欲しいだけだ」
「なるほどね。けど、僕たちの目的と君をラスボスにすることは別のことだ。単純に、エンペラー・オーガの代わりを用意したいのと、君がラスボスになったら面白そうっていう理由だけだ」
「そんなことで……!」
「ああでも、もちろん君にもデメリットを被ってもらうよ」
「デメリット?」
「といっても、君自身の体をどうこうするつもりはない。単純に、クリスちゃんとカイヤちゃん、2人を見捨ててほしいんだ」
……2人を、見捨てる?
「死ね!」
反射的に、俺はナイフを振りぬいていた。
カルセドニーはその攻撃を難なく避けるが、俺は構わず攻撃を続ける。
「この外道が!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。君にとって彼女たちは、足手まといだろ?」
「そういうことじゃねえんだよ! あいつらは、俺が助けた2人なんだ! 殺した俺の心を唯一癒してくれる大切な仲間なんだ! たとえ生き残るとしても、あいつらを見捨てるなら話は別だ!」
「予想通りの返答、ありがとう。けどさあ、君にとってあの2人はそんなに大事な存在?」
「当たり前だ! じゃなきゃ、1人っきりでボスに挑むわけがないだろ!」
「そうだね、全く持ってその通りだ。けど、彼女たちは君にとって、ちょっと複雑な人間なんだよ?」
「なにがだ!?」
怒りで気がどうにかなってしまいそうだ。1人の人間に、ここまでの憎悪を感じたことはない。ここまで、明確に殺意を持ったことは初めてだ。
だけど俺の怒りは、カルセドニーの見せた2つの映像で、陰りを見せる。
「見てくれよ。これは2人の、チュートリアルの時の映像だ」
2つのモニターに映し出された映像は、変哲もない戦闘風景だった。
いやむしろ、強者が弱者をいたぶる、たちの悪いプレイヤーの蹂躙にしか、俺の目には映らなかった。
弱者はクリスとカイヤ、お世辞にもうまいと言えないプレイで、必死に逃げ惑っている。
ゲームとは言えナイフで突き刺されるのはいやなものだ、必死で逃げるのも頷ける。
「これが何だって言うんだ? 普通のプレイ風景じゃねえか」
「問題はこの後さ。よく見てごらん」
カルセドニーの言葉通り、俺は映像を見続ける。
2分ほどしたとき、意を決したのかクリスとカイヤはナイフを握りしめ、いざ戦おうと決意を固めた様子だ。しかし、実力差は歴然だ
どれだけ意思を固めようとも、埋めることが出来ないのが実力だ。
一体どうやって打ち倒したのかと興味深く見てみると、目を見張る光景が映し出される。
「……は?」
クリスとカイヤの対戦相手が、いきなり串刺しになった。
あれは、初日に見たログアウトした奴らの末路と同じだ。ログアウトという選択肢をしたがために死を迎えた哀れなプレイヤーと、全く同じだ。
「分かったかな? 君と彼女たちは違うんだよ。人一倍罪悪感に苛まれる君と、誰一人として殺さず罪悪感なんか微塵もない。どう、なんか思うところない?」
促すように、カルセドニーは俺に視線を落とす。
あの2人は、俺の苦しみとはまるで正反対のところにいる。
無実の奴を殺した罪悪感を感じていない。別に、あいつらに俺と同じ苦しみを感じてほしいなんて思ったことはない。むしろ、幸せならそれでいいとさえ思っており。
なのになぜだ?
この心のモヤモヤは、一体なんなんだ?
良い事じゃないか、あいつらが苦しんでないなら、それに越したことはない。
大体、俺はあいつらが苦しまないように守ってやってたんだ。
だから、何も問題はない。俺があいつらを見捨てる選択肢を取る理由にはなりえない。
「とか何とか思っているのかな?」
俺の心を読んでいるのか、カルセドニーの口角がつり上がっている。
「理不尽だとは思わないのかい? 必死に頑張っている君が誰よりも苦しんで、何もしていない2人がのうのうと、一切の苦しみも感じずに生きている。そんなことを君は許せるのかい?」
「あいつらだって……この世界で、苦しんでいる。死ぬかもしれない恐怖に、苦しんでるんだ。俺とあいつらは同じく苦しんでるんだ!」
「そんなものは君の感じている苦しみの比じゃないだろ!?」
「どれもこれも、てめえらのせいで苦しんでるんじゃないか!」
「関係ないね! 君と彼女たちは全く同じ立場のはずだ! にもかかわらず君だけが苦しんでいる。その場を提供したのは僕たちだが、全く同じ立場であるはずの仲間であるのに君だけが苦しんでいる! 仲間たちに何か思うところはあるんじゃないのかい!?」
「うるせえ! 黙れよ!」
「黙らないさ! 苦しんでいる君のために逃げ道を用意してあげたんだ! 理不尽に苦しむ君に、脳内お花畑の無能たちを見捨てさせてあげようと思ったのさ! これはすべて、君のためなんだ!」
「黙れ!」
「よく考えなよ! 君には彼女たちを傷つける権利がある! 彼女たちも、今まで楽をした報いを受ける必要がある! 君が彼女たちを見殺しにしたとしても、それは必然だ! 誰に責められるものでもない!」
「黙れっつってんだよ! てめえに、てめえらに何が分かる!」
「何もわからないさ! だから君によーく考えてもらってるんだよ! 後悔のない選択をするために、紛れもない事実を君に教えてあげてるんだ! さあ考えろ! そして吐き出すんだ! 君の言葉に対し僕は一切の偽りもなく返答してあげるさ! その果てに、君の本当の願いを叶えさせてあげる!」
こんな物は、カルセドニーの甘言に過ぎない。俺の言うことに対して屁理屈を並べ、あたかも俺の心に憎悪があるように演出しているだけだ。
クリスとカイヤを殺すことを誘導しているに過ぎない。
分かっているのに、どうしてこの心はざわつくんだ!
「さあ、決めるんだ。ボスになってくれるのなら君を専用のステージに招待しよう。けど、もしも断るのなら、今まさに戦っている最中の2人の元へ、送り届けてあげよう」
その時のカルセドニーの笑みが、とても暖かなものに見えた。
錯覚だっただろう。本当は歪に満ちた笑みだったのだろう。
だけど、俺には確かに見えた。カルセドニーに、救いを。
「俺は……」
すべてを決めた。俺がすべきことを。
俺がしたいことを。
この選択が間違っていようと俺は、後悔はしない。
これが俺の本当に、したいことなのだから。




