第20話
「……ざまあみやがれ」
眼前で膝をつき、光の粒子へと変わるエンペラー・オーガを見て呟く。
表示されるウインドウには、獲得した経験値に素材、武器の数々、そして獲得金額が記されている。
300000ギルを獲得し、俺の所持金欄には100000ギルが記載される。なるほど、パーティメンバーに均等に振り分けてくれているのか。
……どんな顔をして、あいつらに会おうか。遠ざけるためとはいえ、ひどいことを言ってしまった。3人全員のクリアという贈り物があっても、面と向かって会うのが怖い。
俺はあいつらの心を傷つけてしまった。生きる活力を奪い、死の感情を与えてしまったのだ。
許してくれと言って、許されるものではない。
「けどその前に、やることがあるな」
ボス部屋を後にし、俺はダンジョンの最奥部に足をつける。
周囲を見回し、視認できるところには誰もいない。だが、俺は確かに感じている。探知スキルにより脳内に流れる情報の中に、52名のプレイヤーがいる。
「いるんだろ! 出て来いよ!」
「なんだ、つまらない。驚かせようと思ったのに」
不満を言いながら、だが顔は笑いながら俺の視界に現れるプレイヤー。
俺を、クリスたちを絶望に追い込んだモルガが、仲間を引き連れ現れた。
「何しに来たんだよ?」
「つれねえな。また会おうぜって言ったじゃないか」
確かに言ったな。しかし、また搾取しに来る、という意味合いの言葉とはな。
薄々感づいてはいたがな。
「さ、早く金を寄越してもらおうか」
「渡すと思っているのか? これをお前らに渡したら、死ぬんだ」
「何言ってるんだ。ここにいないあの美人さんとお坊ちゃんは、もうクリアが確定しているんだろ? お前ひとりなら、あと100000ぐらい稼げると思うがな」
美人と、お坊ちゃんね。カイヤが聞いたらまた怒りそうな話だ。
……しかし、お金が均等に分配されていることを知っているのか。
「……お前、ボスを倒したのか?」
「ああ、撤退可能な戦闘だし、少し相手して安全を確信してから倒したんだ。メイルキングはどんくさくて、集団で戦えば雑魚だったからな」
「……撤退可能……メイルキングか。そうか、お前たちはメイルキングを倒したんだな」
「ああ、そう言ってるだろ?」
「そうか」
このゲームは、俺をいじめるために存在しているのか。俺を、他のプレイヤーを殺そうとしたモルガ達は弱っちいボスを倒して大金を得て、真っ当に金を稼いでいた俺はアホみたいな強敵と戦う羽目になる。
なぜ、どうして俺だけが、こんなにつらい目に合わなくてはいけない。
「さて、そろそろ時間だし、痛い目にあいたくなければ金を渡してもらおうか。さっさと渡せば、またボスに挑む時間があるかもだぜ?」
モルガの言葉で、俺を取り囲むプレイヤーたちはけたけたと笑いとばす。
こいつら、心底狂っていやがる。自分の命を守るために、やむを得ず危害を加えるのなら、許すことは出来なくても理解も納得も出来る。
だけどこいつらは、楽しんでやがる。自分たちの命を守るという名目を掲げ、その実、俺を絶望に叩き落とすことそのものを楽しんでいる。
ここで何とかしなければ、俺はもちろんクリスとカイヤのゲームクリアすら危うくなる。
だから俺は……鬼になる。
「お前ら、こんな言葉を知ってるか?」
「なんだ?」
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!」
そう言い放ち、俺は走る。
「ふん、50人相手に特攻か、まあそうするしかないよな。お前ら、いくらなんでも殺すなよ?」
「分かってるって、3回ぐらい切り刻めば、大抵の奴らはおとなしくなるさ」
その口ぶり、経験済みか。
すでに人に危害を加え、絶望を叩きこんでいたと。
それを聞けて良かった。おかげで、ナイフを持つ手に力が入る。
「死ね————は?」
俺めがけて剣を振るったプレイヤーの、間抜けな声だけが残る。
「あ……あぁ……」
徐々に、自分がどういう状況にあるかを認識するプレイヤー。喉元には赤い線が走り、まるで血が流れているかのような演出を醸し出している。
「ああああ!」
かすれ声はついに絶叫に変わり、この場にいるすべての人間に緊張が走る。
「来いよ。俺から金をむしり取るんだろ?」
「……ハッ! おいお前ら、エグに回復薬、そんであいつを取り囲め! 一斉に攻撃すれば、あいつなんかどうってことない!」
「け、けど、そんな一度に攻撃したら、死ぬんじゃ……」
「言ってる場合か! あいつマジだ! マジで反抗するつもりだ! 手を抜いてたら殺されるぞ!」
失礼な、殺すなどするはずもない。ただ、死の恐怖は感じてもらうがな。
「一度にかかってくるなら3人ぐらいの方がいいぞ。じゃなきゃ仲間内で攻撃することになるからな」
俺の忠告を聞き、敵は3人同時にかかってきた。
これなら楽に対応できる。
「もっとレベルを上げてから、出直して来な」
迫りくるプレイヤー全てに、ナイフの一振りを浴びせる。ほんの一筋、赤い線が出現しただけだが、尋常ではない苦しみを見せている。
「あ……たす……!」
「黙ってろ」
「ぐえ!」
助けを求めるプレイヤーの顔を踏みつぶし、周囲を一瞥する。
感じているな、死の恐怖を。
だがまだ足りない。この程度の恐怖じゃ、こいつらは同じ過ちをまた繰り返す。
全員に同じ死の恐怖を……俺やクリス、カイヤが感じた以上の恐怖を、こいつらに与えなければいけない。
俺はナイフの切っ先を、モルガへと向ける。
「ひっ……そ、そうだ、オープン!」
モルガと、その他のプレイヤーたちがウインドウを表示させた。おそらく休息の街へと移動しようという魂胆だろう。そんなこと、この俺が許すはずがない。
「ナイフスキル。瞬殺」
距離にして10mを、一瞬にして詰めモルガの心臓を狙う。
「うわっ!」
及び腰になったモルガは腰を抜かし、その場に尻餅をつく。
怪我の功名か、そのおかげで俺の一撃を避けることに成功した。
「てめえら、逃げようなんてしようものなら、今の攻撃を叩きこむ。分かるだろ? お前らにはもう、俺に立ち向かって死ぬか、黙って死ぬか、2つに1つだ」
「ふ、ふざけるな! 今のは面喰ってビビったけど、どうみてもお前の方が不利だろうが! お前ら、死にたくなかったらこいつを殺せ!」
「お、おお!」
明確な殺せと言う指示、もはやこいつらは正気ではない。焦りに焦り、当初の目的すらも忘れている。今はただ、死にたくないというただ1点にのみ心が集中されている。
そうだ、それが俺たちの味わった気持ちだ。
お前たちが絶望に落としてきた奴らの気持ちなんだ。
あとは、圧倒的実力差を見せ、屈服させるだけ。
「死ねえええええええ!」
「当たるわけねえだろ!」
大振りのテレフォンアタックだ、そんなものに当たる俺ではない。
世界王者である俺に一矢報いたければ、冷静さだけでも損なってはいけない。
VRゲームには、敵に行動を予測させないガチャプレイなどないのだから。
「……とりあえず、20人てとこか」
地面に伏すプレイヤーを見て、静かにつぶやく。
避けては斬りつけ、避けては斬りつけを繰り返し、1分もしないうちにモルガ達の希望は瞬く間に消えうせた。
「モルガ、今後のためにお前に、教えてやらなきゃいけないことがある」
スタスタと静かに歩み、モルガに近づく。
もはや俺の歩みを止める者はいない。何人かは動き出そうとする者の、俺の人睨みで動きを止める。
「お、俺に何を教えようってんだよ? 人の命の尊さか? 説教なんか、聞きたかねえよ!」
「あーだこーだ言うつもりはない。ただ一言だけだ」
「な、なんだ?」
「痛みを知れ」
宣告とともに、ナイフをモルガの腹部につき刺した。
「ぎゃあああああああ!」
悲鳴がダンジョン内に鳴り響く。
もう、これで誰も傷つけないだろう。俺に関わろうなんてしないだろう。
「さて、死にたくなかったら……分かるな?」
「ひっ!」
俺を見る目が、人間を見る目ではなくなっている。まるで化け物を見るかのような目。
あの時の映像を見れれば分かるんだろうが、きっとこいつら、エンペラー・オーガを見た時の俺と同じ目をしているんだろう。
心の底から怯えたこいつらは、即座に休息の街への移動を開始した。
俺から搾取した物を奪い返してやろうとも思ったが、それはやめておこう。
別にこいつらのためじゃない。奪われた物がなんであるか、それをクリスたちに聞かれたら面倒だからだ。
「行ったか」
すべてのプレイヤーがこの場所にいなくなったのを確認する。
視界にもいず、探知スキルにもかからない。
この場にいる人間が俺一人であることを確認してから……俺は泣いた。
「なんでこんなことが出来るんだ!」
大粒の涙を流し、手に持つナイフも投げ捨て、俺は叫んだ。
喉が張り裂けそうになるほどの大声をあげ、地面を殴りつける。
「俺を殺そうとした奴らだ! クリスたちを悲しませた奴らだ! 恨んでも恨みきれない、最低の奴らなんだ! なのに、傷つけるだけで、胸が苦しい……」
俺には正当な理由があった。やられそうになったからやり返した、正当防衛という理由があったんだ。それでも、人を傷つけるという行為がたまらなく苦しい。
何で奴らは、こんなに苦しいことを平気で出来るんだ。
なんで笑えるんだ。
分からない、分からないよ。
俺が異常で、あいつらが正常なのか。
何もかもが、分からない。
「くそがああああああああああ!」
俺の心に再び、癒えることのない罪悪感が増えた。




