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第19話

「ボス部屋か。まさか本当に入ることになるとは思わなかったぜ」


 軽い説明を読み飛ばし、俺はボスの部屋に入るか否かの選択肢に、もちろんイエスと答える。するとウインドウに文字が表示する。

 かいつまんで説明すると、一定以上離れたパーティメンバーは戦闘に参加できない、しかし獲得報酬はパーティメンバーの数分だけ支払われるということだ。

 俺にとっては好都合だ。足手まといが強制的にボス部屋に移動されれば、それだけで死ぬ確率が上がってしまう。

 俺は呼吸を整え、ボスの待つ部屋へと足を踏み入れる。


 ボスの名前はメイルキング、このダンジョンに存在するメイルソルジャーの親玉という設定だ。

 簡単に言えば、メイルソルジャーがデカくなった存在がメイルキング、であるはずだ。100人いれば100人そう考え、仮に違う部分があるにせよ、それは武器やスキルなどの部分であり、姿かたちがまるっきり違うなど考えられない。

 そのはずなんだ。


「これのどこが……メイルキングなんだよ」


 目の前に存在する巨大なモンスターは、明らかにメイルキングのそれとは異なる。

 メイルソルジャーの鎧は西洋風、しかしボスの鎧は完全な和風、それだけでもかなりの違いだ。

 しかしそんなことがまるで些末なことのような、決定的な違いがある。

 ボスには……3つの顔と、6つの腕がある。

 名をつけるのならそう……


「阿修羅」


 三面六腕の鬼人が、悠然と待ち構えていたのだ。

 どうみても、メイルキングなんて名前じゃない。どんなネーミングセンスだとモンスターを睨みつけたが、そのときに目に映る文字は、俺に驚愕の二文字を与えた。


「エンペラー……オーガ……」


 おそらくこのボスの名前だろう。メイルキングではなく、エンペラー・オーガという名前が、刻み込まれている。


「なんだよこれ……いじめかよ……」


 想定とは違い過ぎる、圧倒的な威圧感を誇る敵を前に、恨み言を口にする。

 バグか何かとも思ったが、出現するモンスターが違うバグなど、アースが見落とすはずがない。つまりこれは、意図的な配置。

 ここに来た奴はメイルソルジャーの上位版なら倒せるだろうと高を括る。しかし実際は、完全初見の異形の存在だ。それだけですでに、心が折られる絶望的な仕様だ。

 ……それでも、俺には諦める選択はとうにできない。


「勝つしか……ないんだ!」


 俺に残された唯一の武器、一本のナイフを握りしめ、エンペラー・オーガに刃を向ける。

 矮小な存在である俺の、ごく小の武器などに居も返さず、ボスはゆっくりと6つの腕を動かす。

 するとどこからともなく、6つの手のひらに6つの多種多様な武器が出現した。

 剣に槍にこん棒に鞭に、そして真ん中の二つの腕にはガントレットが装備された。

 完全武装の腕が、6つ同時に襲ってくるのか。


「かかってこいや!」


 その言葉を皮切りに、俺とエンペラー・オーガの戦いは始まった。


 最初の攻撃は、敵の剣による薙ぎ払いだった。俺の体を両断するための、明確な殺意を持った一撃。これを受け切るなど不可能だ。

 ならばとるべき行動は一択。

 その場で軽く跳躍し、ボスの一撃を躱す。図体が大きいせいだろう、攻撃の予備動作が大きく、初見の攻撃であっても避けることは難しくない。

 俺は攻撃を次々に躱しながら、どう攻撃するかをブツブツとつぶやきながら気を窺う。


「図体が大きい。顔面への攻撃は全力で跳べば可能だが無防備になる。空中での回避は難易度が高いから、決定打を浴びせることが可能でも無理にやるべきではない。なら足元の攻撃中心になるが敵は思った以上に俊敏だ。かなりの時間を要する。効果的な攻撃は……」


 出来る行動ならばかなりの選択肢がある。しかしそのどれも、決定的な攻撃につながることはないだろう。だとしても、少量ながらダメージを与えることは可能なはずだ。

 ……果たして、10時間以内に倒すことが可能か。


「フンッ!」


 ボスの攻撃が止むことは一切ない。俺がどれだけ躱そうと、躊躇もなければ焦りが出ることもない。まあ意思のないモンスターなのだから、それも当然のことだが。


「……単調すぎる」


 簡単に避けれている。敵の動きを注意深く観察する必要があるものの、少しでも腕に覚えのあるプレイヤーなら、俺でなくても容易い行動だ。

 これが続いてくれるのならば話は楽なんだがな。


「デアッ!」


 繰り返される単調な攻撃、俺は避けながら近づき、攻撃の射程圏内へ突入した。


「喰らえ!」


 渾身の力を込めた一撃を、ボスの脛へと叩きこむ。


「…………」


 ボスのHPバーが、ほんの少しだけ減った。本当に少しの、総HPの10000分の1ぐらいだ。これを繰り返していったとしても、どれだけの時間がかかることか。


「やはり急所を見つけるしかないか。だけど俺が攻撃できる範囲は限られている。制限時間があることだしある程度リスキーな攻撃をしなければ勝てないのは事実だが、リスクの代償が俺の死では釣り合わない。クリスという回復役がいない今、たった一度の被撃が命取り……ゲームオーバーになる。安全に確実な急所を探さないと」


 しかし、そんなところはエンペラー・オーガの足元には存在しなかった。

 脛やふくらはぎ、少しの危険を冒して太ももにまで攻撃を伸ばしたが、そのどれもが微小なダメージしか出せない。

 そうこうして1時間、ついにエンペラー・オーガの攻撃パターンに変化が見られる。


「フンヌッ!」


 足元でうろちょろする俺に、真ん中の腕による殴打が、幾度となく繰り返される。

 めちゃくちゃなその動きに法則性を見いだせず、俺は反射神経のみでその攻撃を避け続け、ボスの足元から逃げるように足を動かす。

 しかし距離を取った俺に対し、鞭による攻撃を延々と繰り返す。不規則な攻撃は確実に俺を追い詰め、辛うじて避け続けるも、時間の問題であると俺は悟る。


「……15秒だな。その間、避けきれるか」


 俺は覚悟を決める。この強大な敵を倒すために、15秒の間だけ、意識を別の場所に移動する覚悟を。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は走る。全速力で走る。

 敵の動きなど一切見ずに、運よく逃げ切れることを信じて。


「オープン!」


 ウインドウを開き、スキルメニューを開く。

 そこには、攻撃系や支援系、ありとあらゆるスキルが表示されている。

 色々あるが、俺は頭に入れておいた武器スキルを、ためらいなく習得する。


「うぉっ!」


 画面を操作する俺の足元に、ボスの鞭が直撃する。あと少しずれていたら俺に直撃、死んでいた。

 だが、攻撃のためのスキルは身につけた。あとは溜めに溜めたスキルポイントを、ある特定のスキルの習得、レベルアップのために集中させる。


「うおおおおおおおおお!」


 画面を連打し、スキルのレベルアップに全力を注ぐ。

 怖い。敵の攻撃を全く見ないことが怖い。

 世界王者になった俺が、まさかこんな博打をするなんてな。

 動いて動いて動きまくって、敵が攻撃を外しまくることを祈り続ける。

 こうしなければ勝てないと分かっているが、怖くて涙が零れそうだ。

 暗闇の中、地雷原の中を走り回るようなモノ。

 だけどこれをやれば……勝利に近づくはずなんだ、


「くそ!」


 時間が想定以上にかかっている。本来なら15秒もすればすべての工程が完了するというのに、まだ半分も済んでいない。それどころか、敵の攻撃が視界に入った時から、俺の指は一向に進んでいない。

 ……チラチラと敵の動きを見て、ウインドウに集中できていないことが原因だ。だけど、敵の行動を見ているから攻撃を避けれているんだ。だからどうしても、ボスから意識を逸らすことが出来ない。命がかかっているのだから当然の話なのだが、一度でも命を捨てる覚悟をしなければ生き残れないのもまた事実。


 こんな時、カイヤの支援魔法があればもっとうまく……いや、気が散ってどうせロクに戦えない。いない方がいいんだ。

 けど、クリスの回復を当てにできれば、多少の攻撃を喰らう覚悟を持てて……違う、そんなことを考えている場合じゃない!

 回復があったって死ぬほどの痛みに対して覚悟ができるはずがない。

 あの2人は、いなくてよかったんだ。


「俺が……俺の力であいつらを助けるんだ!」


 死を覚悟などできはしない。人間だれしも死にたくはない。

 痛いのはいやなんだ。

 けど、死の覚悟が出来なければ俺は死ぬ。クリスとカイヤも死ぬ。

 死にたくないともがく、ゆえに死を覚悟しなければいけない。

 矛盾した考えと行動、それを実践しなければみんな死ぬんんだ。

 だから俺は……この時だけ命を捨てる。


「うおおおおおおおお!」


 ボスを中心に円を描くように走り回っていたが、俺はそれをやめる。そして、ボスに向かって一直線に全力で走る。

 敵の攻撃を視認しながら、なおもウインドウも視認できる位置取り。しかしこれは自殺行為にも等しい。高速で迫りくる攻撃に、高速で向かっていく。

 向かう速度と向かってくる速度、単純に2倍の速度で攻撃が迫ってくる。

 しかし足を止めることは論外だ。停止した状態からの急発進では、ウインドウも操作しなければいけないこの状態では喰らうことは必至、死は免れない。

 敵の攻撃を避けながら、かつウインドウを操作するには、こうするしかない。


 ……怖い。怖すぎる。

 剣が俺に近づくのが早い。目の前で急に出現する槍が怖い。

 ギリギリのところで避けられているのが奇跡と思えるほど、今の俺は極限状態にある。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 いくらそう思っても、一度走り出してしまったのだから止まることは出来ない。

 こんな状況で足を止めれば、それこそ殺してくださいと言っているようなものだ。

 こうなることは分かっていた。一度走り出せば止まれないなどということは、やらなくても分かってたことだ。

 だから走ったんだ。死にたくないから、自ら退路を断った。


「くっ!」


 剣が頬を掠める。槍が横っ腹を掠める。

 決定打は浴びず、ほんの少しの傷が出来る程度には収まっている。

 だが痛みは確かに感じる。斬られた箇所は熱く、鋭い痛みが走る。

 それでもなお、走り続ける。走ってウインドウの操作を続ける。

 あと……あと少し……!


「フンッ!」


 すべての工程が終わる直前、エンペラー・オーガの剣が俺を襲う。

 眼前にまで迫った剣には俺を抹殺する威力があることは、容易に想像できる。

 何が何でも生きようとする俺の意思をへし折るに足る、強力すぎる一撃だった。

 死を彷彿とさせる一撃がまさに直撃する瞬間…………間に合った。


「ナイフスキル・瞬殺」


 俺の腕は、体は、全速力で走るよりも早く移動した。

 まるで瞬間移動したかのように、動いた俺でさえ認識することが困難な速度の攻撃を、エンペラー・オーガの剣を避けながら足元に食らわせた。

 ボスのHPは、さきほどよりも少し多めの減少を見せる。


「想定以上の速さだ」


 今のはナイフスキルの一つ『瞬殺』

 自身の敏捷値を倍にして攻撃を放つスキルだ。元々が敏捷型の俺が使えば、たとえボスの攻撃速度をもってしても捉えることは不可能。後出しであっても俺の攻撃が先に届く。

 うまくいくかどうかは、賭けだったがな。


「手札は揃った。あとは勝つだけだ」


 今のスキル以外にも、他に手に入れたスキルがある。

 それらをうまく活用さえできれば、俺に勝機はある。

 か細く、吹けば飛ぶような極小の勝機、だが確かに見えたのだ。恐怖におびえる俺のナイフが、奴の喉元に届くイメージが。


 勝利という二文字が!


「くらいな」


 再びナイフスキルを発動させる。本来ならスキルの使用にはクールタイムがあって多少のラグがある。だがナイフスキルは素早く攻撃できることが利点であり、またクールタイム短縮のパッシブスキルも獲得した。

 獲得したナイフスキルは3つ、それらを組み合わせれば、俺は1秒のタイムラグも無しにスキルを発動できるのだ。

 そのために手持のスキルポイントを全て注ぎ込んだが、後悔は無い。

 仮にこの先、特定のスキルが必要になったとしても、またレベルを上げればいいだけだ。


「死に晒せ!」


 必死に、懸命に、スキルを発動してエンペラー・オーガのHPを削りまくる。

 システム上の動きとはいえ、動いている体は俺の体、スキル使用後の疲労感は確実に襲ってくる。

 繰り返すこと2時間、息は上がり、両腕は鉛のように重くなっている。


「ゲームのくせに、こんなとこまで再現すんなよ」


 愚痴を言いながらも、俺の心は余裕を生み出しつつあった。

 すでにボスのHPは半分を超え、4分の3に届こうかとしている。この行動を繰り返し行い続ければ、俺の勝利は揺るぎないものだと自覚している。


 疲れを忘れろ。機械のように無情に腕だけを動かし続けろ。

 そうすれば、俺は生き残れる。

 そう思った直後だった。


「ガアアアアアアア!」


 突然、雄たけびを上げるエンペラー・オーガ。

 すると、装備されていた武器にある変化が起きる。

 剣は炎をまとい、槍は雷をまとう。

 鞭は冷気を発し、こん棒は黒くなり硬度が増したように見える。

 なにより真ん中の、ガントレットを装備した腕が……伸びた。


 通常の状態であっても人間台をはるかに上回る大きさを持つ腕が、さらに倍近くの長さを誇る。見た目上は正直かなり気持ち悪い仕様だが、そんなことを言っている場合ではない。

 鞭などの不規則な攻撃ではなく、俺を追尾することが可能な腕による攻撃の射程拡大。

 俺に絶望を抱かせるには、十分だった。


「もう……逃げ回ることは絶対に許さないってか」


 これでもう、距離を取って戦うことはほぼ不可能だ。息を突きたいときも、体勢を整えたいときも、俺は敵の足元を離れるわけにはいかない。

 まったく、このゲームを作った奴は良い性格してるよ。


「やるしかないんだったらやってやるよ! 見てるかカルセドニー! てめえに教えてやる! 現実ならともかく、ゲームで俺にできないことはねえ!」


 無理のあるゲーマーの暴論をゲーム制作者に吐き散らし、俺は意思を固めた。

 死ぬ覚悟も、クリスとカイヤを守る決意も、自身が生き残ることも……。

 いいや、決意を固めたなんて大層な物じゃない。

 俺はただ、自棄になってるだけだ!


 もはや、これからさきのことは記憶があまりない。

 こんな感覚、初めてだ。

 ただ本能の赴くままに、反射神経にあかせたアホみたいなプレイ。


「誇れやクソ野郎! このアナザー様をここまで追い詰めやがったんだ!」

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