第15話
「アクアさん、お加減はどうですか?」
「ああ、とても気持ちがいいぞ。焼けるように熱く痛かったのに、もう治っちまった」
地面に寝っ転がりながら、クリスの篭手による回復を受けている。
傍らには、正座しているカイヤの姿がある。
「正直、被ダメ=死のイメージでやってたから、回復なんて必要ないと思っていたけど、こうして実際に回復してもらって初めて分かるな、このありがたみ」
もしも回復がなければ、俺はこの傷を癒すのに数日を要していたことだろう。そう考えれば、回復の重要性を教えてくれたカイヤの働きも、怪我の功名と……
言えねえな。
「カイヤ、もう魔法は打つな。特に俺が戦っている最中は、絶対だ」
再三にわたる注意、念には念を押して、口を酸っぱくしてカイヤの魔法を禁止する。もちろん今後覚えるであろう支援魔法の類はバンバン使用してもらいたいが、攻撃魔法は絶対に禁止だ。
冗談抜きで死にかねない。
「……自分のこと、許してくれるっすか?」
「今回だけだ。次に同じことをしたら、いくら何でも許さないからな」
「ありがとうっす! めっちゃ感謝っす!」
涙を流しながらカイヤは礼を言い、頭をこれでもかと地面に叩きつける。
十回ほど頭を叩き続け、ようやくカイヤはその動きを止めた。ああいや、これは痛みで悶絶しているだけだ。
まったく、馬鹿な奴だ。
「さて、そろそろ先に進むぞ。敵は思ったよりも強くないし、どんどん進んでいくぞ」
「はい!」
「はいっす!」
2人は意気揚々と歩き始める。もはやその足取りに恐怖な微塵もない。俺という存在はクリスたちに多大な安心感を与え、死を予感させることはない。
時折、申し訳なさそうな顔を見せはするものの、それ以外ではほとんどの時間を笑顔で過ごしている。クリスとカイヤは雑談を続けて俺の後ろをついてくるので、デスゲームに参加しているなど思えないほどだ。
そして、ダンジョンを進み始めて3時間ほどが経過したころ、ついにダンジョンの最深部まで到着した。
「ここまでの道のりで稼いだ金は30000ちょい、素材を考えればもう少し上、ってところか。ここを拠点にしてモンスターを狩れば、課題クリアは固いな」
「それもこれも、アクアさんのおかげです。クリア方法を瞬時に見抜く鋭い洞察力、そしてあの強さ、まさに無敵です」
「ホント凄いっす。今までいろんなプレイヤーを見てきたっすけど、アクアさんはその中でもトップクラスっす。あのアナザーを彷彿とさせる強さっす」
「……!」
カイヤの口から出たアナザーという言葉に、俺は思わず反応してしまった。
いや、見る専のカイヤがアナザーの名前を知っているのは当然のことだ。かつて格闘ゲームの世界大会を制した時の、俺のプレイヤーネーム、ゲーマーなら一度は耳にしたことがある名だ。
きっと、カイヤにとってアナザーの名前を出すことはありえぬほどの称賛なのだ。
しかし、クリスだけはアナザーという名前にピンと来ていない。
「アナザー……って、誰ですか?」
「知らないんすかクリスさん!? ゲーマーの間じゃ、神って言われる御人ですよ!?」
大げさすぎる表現に、俺の中で変な感情が生まれる。褒められた照れ、とは違う。なんかこう……恥ずかしい。
「去年の剛拳世界大会にて、見事優勝を果たしたあのアナザーですよ。剛拳はさすがに知ってるっすよね?」
「確か、世界で一番有名な格闘ゲームですよね? それの世界大会ですか、すごいですね」
「すごいなんてもんじゃないっす! アナザーはただ優勝しただけでなく、一度もHPを半分にまで減らしたことが無い最強のプレイヤーっす! この世界じゃ、アナザーに攻撃を一度でも与えられれば一流、二度で超一流、追い詰めるようなことが出来ればそいつは世界でナンバーツーっす!」
「へぇ、そんなにすごい人なんですか」
そうだな、確かにすごい。俺を殺しかけたカイヤは世界ナンバーツーってことだな。
「回避のみで一度もガードをしない戦いぶりは、守らずのアナザーと呼ばれるほどなんです。あぁ、このパーティにアナザーがいれば、アクアさんと並んで、まさに敵なしになったんでしょうね」
ありえぬ妄想だ。アクアとアナザー、それは同一人物なのだから。
目を輝かせるカイヤを見て、自分の正体について教えてあげようかなと思いもしたが、直後のクリスの言葉で俺は躊躇する。
「でもアナザーって名前、ちょっと中二ですね」
「……そ、そうか? 普通じゃないか?」
静観を続けていた俺だったが、思いがけぬ言葉で思わず口を開いた。
「そうっすよ、かっこいいじゃないっすか! 中二なんて失礼っす!」
そうだろうそうだろう。ゲーム業界にあまり詳しくないクリスはそう思うだけで、俺の名前は普通、見る人から見ればカッコいいものだ。
「カイヤ君、今中学生?」
「今年で中二っす」
味方が現役の中二かよ!
「まあ、名前は人それぞれですし。別にいいんですけどね。それでもやっぱり、ゲーマーなんだなと思う名前です」
グサグサッと俺の心臓に何かが刺さる錯覚に陥った。
……大丈夫、この程度じゃショック死しない。
「なあ、その会話はもうやめよう。それより見てみろ、何かある」
いたたまれなくなり、俺は会話を無理矢理に中断させる。
「なにかって……なんですか?」
俺が指さした方向には、傍目には何もない。しかし探知スキルを持つ俺には見えている。扉型の赤い何かが。
きっとあれに触れれば何かが起きるだろうと、俺は軽率にその扉に手を振れる。名前を中二と呼ばれ、少し気が動転していたのだろう。
「あっ、何か出ましたね」
手を触れたか所から、ウインドウが表示される。
そこには、こう書かれている。
『BOSSバトル』
この青の迷宮に蔓延る鎧の騎士たちの主、メイルキングがこの先に待ち受けていると。
そして説明欄を見てみると、目を見張ることが書かれていた。
「報酬は100000ギル、パーティが一人増えるごとに100000ギルが追加される、か」
これは、おそらく本当に最後の手段、究極の救済処置だ。ダンジョンを見つける時期が遅れた者、そいつらのために用意された正真正銘最後の手段が、このBOSSバトルなのだ。
倒せばその瞬間にゲームクリア、やる価値はある。
が、今の俺たちには関係ない。安定してお金を稼ぐことが出来、今のペースを維持すれば確実なクリアが約束されている。わざわざBOSSに挑む危険を冒すなど、する必要がないにもほどがある。
「これは無視していい。俺たちはメイルソルジャーを狩れるだけ狩って金を稼ぐ」
「了解っす。というか、ボスなんかと戦いたくないっす。MMORPGのボスって、基本的には大人数で倒す奴じゃないっすか。いくらアクアさんでも……あのアナザーでも、1人じゃ不可能っす」
「……アクアさんでもですか?」
「当たり前だ。敵の強さがどんなものか分かっていないが、普通なら倒せない。このダンジョンで普通に金を稼げばクリアできる、にもかかわらずこんな物が用意されているってことは、これは本当に最後の手段ってことだ。どうしても時間がない奴が、最後に縋る一本の細い糸、それがボスバトルだ。おそらく、生半可な難易度じゃない。もしも簡単に倒せる類の物なら、ダンジョンでこうも簡単に稼げていないはずだ」
「な、なるほど……」
「というわけで、これは無視。忘れていい」
ウインドウの表示を消し、俺たちは再びお金稼ぎに精を出す。何度も何度もメイルソルジャーと戦い、お金を稼ぎ、時にレベルアップをしてステータスも上昇し、より効率的に敵を倒し続けた。




